裁判から数週間が過ぎた、ある朝。
カイザーが、エリアナを呼んだ。
「エリアナ、今日は出かけるぞ」
カイザーの声が、明るい。
エリアナが、顔を上げた。
「どこへですか」
「辺境だ」
カイザーが、微笑む。
「お前の村へ」
エリアナの目が、輝いた。
「本当ですか」
「ああ」
カイザーが、エリアナの手を取った。
「お前の幸福は、そこにある」
カイザーの声が、優しい。
「王宮ではない。お前の本当の居場所は、あの村だ」
エリアナの目から、涙が溢れそうになった。
「ありがとうございます」
二人は、馬車に乗り込んだ。
銀狼も、一緒に。
王都を出発する。
石畳の道を抜け、森を通り、草原を越える。
馬車が進むにつれ、エリアナの心が軽くなっていく。
窓の外を見る。
緑の草原。青い空。流れる雲。
全てが、美しい。
「懐かしいです」
エリアナが、呟く。
カイザーが、エリアナの肩を抱いた。
「ここが、お前の家だ」
数時間後、馬車が村に到着した。
遠くから、村の家々が見える。
畑が広がり、煙突から煙が上がっている。
平和な光景。
馬車が村の入口に止まった。
エリアナが降りると、村人たちが駆け寄ってきた。
「皇妃様!」
「お帰りなさい!」
老村長が、杖をついて近づいてくる。
「エリアナ様、よくぞお戻りになられました」
老村長の目から、涙が溢れている。
エリアナは、老村長の手を取った。
「ただいま戻りました」
子供たちが、エリアナの周りに集まってくる。
「エリアナ様!」
「会いたかった!」
子供たちが、エリアナに抱きつく。
エリアナは、膝をついて子供たちを抱きしめた。
「私も、会いたかったわ」
エリアナの声が、優しい。
若い男たちが、カイザーに頭を下げる。
「陛下、ようこそお越しくださいました」
カイザーが、微笑んだ。
「久しぶりだな」
村人たちが、笑顔で迎える。
エリアナは、立ち上がった。
村を見回す。
家々。畑。そして、薬草園。
薬草園は、以前よりもはるかに美しくなっていた。
広い敷地に、整然と薬草が植えられている。
ラベンダーの紫。カモミールの白。セージの緑。
それぞれが、太陽の光を浴びて輝いている。
エリアナは、薬草園へ駆け出した。
畑の間を走る。
薬草の香りが、鼻をつく。
優しい香り。
懐かしい香り。
エリアナは、薬草園の中央で立ち止まった。
周囲を見回す。
全てが、美しい。
涙が、頬を伝った。
止められない。
「私の、居場所」
エリアナは、呟いた。
カイザーが、エリアナの後ろに立った。
エリアナの肩を、抱く。
「ここが、お前の本当の家だ」
カイザーの声が、優しく響く。
エリアナは、カイザーを見上げた。
「はい。ここが、私の家です」
村人たちが、薬草園の周りに集まってくる。
皆、笑顔。
「エリアナ様、薬草園は大きくなりました」
若い男が、誇らしげに言う。
「皆で、毎日手入れをしています」
老村長が、続ける。
「エリアナ様が教えてくださったことを、忘れずに」
エリアナは、村人たちを見回した。
一人一人の顔。
温かい目。
優しい微笑み。
「ありがとうございます、皆さん」
エリアナの声が、震える。
「私は、皆さんがいてくれて幸せです」
村人たちが、拍手した。
子供たちが、笑う。
銀狼が、遠吠えをした。
カイザーが、エリアナの手を握った。
「ここで、しばらく過ごそう」
エリアナは、頷いた。
「はい」
数日後、エリアナとカイザーは村での生活を始めていた。
領主館は、修繕されて綺麗になっていた。
壁は塗り直され、屋根の穴も塞がれている。
窓ガラスも新しく、扉も頑丈。
だが、質素な佇まいは変わらない。
エリアナは、それが好きだった。
朝、エリアナは薬草園で働いた。
鍬を手に、畑を耕す。
薬草の種を蒔く。
水をやる。
カイザーが、その隣で一緒に働いている。
皇帝が、畑仕事。
村人たちは、最初驚いていた。
だが、カイザーは気にしない。
「俺は、エリアナの夫だ。一緒に働くのは当然だ」
カイザーの声が、朗らかだった。
村人たちも、次第に慣れていった。
そして、カイザーを「陛下」ではなく、「カイザー様」と呼ぶようになった。
親しみを込めて。
昼、エリアナは村人たちと料理を作った。
村の広場に、大きな鍋。
野菜を切り、肉を煮込み、スープを作る。
「エリアナ様、この味付けはどうでしょう」
一人の女性が、尋ねる。
エリアナが、スープを味見する。
「少し、塩を足してみましょう」
女性が、塩を加える。
「ああ、美味しくなりました」
皆が、笑顔になる。
カイザーも、料理を手伝っている。
野菜を切り、薪を運ぶ。
「陛下が、こんなことを」
老村長が、感嘆する。
カイザーが、笑った。
「俺も、昔は戦場で自分の飯を作っていた。料理くらいできる」
村人たちが、笑う。
温かい雰囲気。
出来上がった料理を、皆で食べる。
長いテーブルに、皆が座る。
子供たちも、大人たちも。
エリアナとカイザーも、村人たちと同じテーブルに。
「いただきます」
皆で、声を合わせる。
スープが、喉を通る。
温かい。
美味しい。
「美味しいですね」
エリアナが、微笑む。
カイザーが、頷く。
「ああ。皆で作った料理は、特別だ」
子供たちが、笑いながら食べている。
老人たちが、穏やかに談笑している。
幸福な時間。
夜、エリアナとカイザーは領主館の前で星を眺めた。
草の上に、毛布を敷いて横になる。
銀狼も、その隣に。
夜空には、無数の星。
天の川が、空を横切っている。
「綺麗ですね」
エリアナが、囁く。
「ああ」
カイザーが、エリアナの手を握る。
「こんなに星が見えるのは、久しぶりだ」
エリアナは、カイザーを見た。
「王宮では、こんなに見えませんものね」
カイザーが、微笑む。
「ここが、俺たちの本当の家だ」
カイザーの声が、静かに響く。
「王宮は、仕事の場所だ。だが、ここは心が休まる」
エリアナは、頷いた。
「私も、そう思います」
エリアナが、カイザーの肩に頭を載せた。
「ずっと、ここにいたいです」
カイザーが、エリアナを抱き寄せた。
「いつか、ここに永住しよう」
カイザーの声が、優しい。
「皇帝を引退したら、この村で暮らす」
エリアナの目が、輝いた。
「本当ですか」
「ああ」
カイザーが、頷く。
「お前と、この村で、静かに老いていく。それが、俺の夢だ」
エリアナは、涙が溢れそうになった。
「私も、それが夢です」
二人は、抱き合った。
星が、二人を見守っている。
銀狼が、小さく鳴いた。
まるで、祝福しているかのように。
風が、吹く。
優しい風。
草の香り。
薬草の香り。
全てが、穏やかだった。
数週間が過ぎた、ある朝。
エリアナは、体調の異変に気づいた。
少し、吐き気がする。
めまいも。
エリアナは、ベッドから起き上がろうとして、ふらついた。
カイザーが、急いで支えた。
「エリアナ、どうした」
カイザーの声が、心配そうだった。
「少し、気分が……」
エリアナが、額に手を当てる。
カイザーが、エリアナを抱きかかえた。
「医師を呼ぶ」
「いいえ」
エリアナが、首を横に振った。
「大丈夫です。少し、休めば」
だが、エリアナの頭の中で、前世の知識が囁いていた。
この症状。
吐き気。めまい。倦怠感。
そして、生理が来ていない。
エリアナの心臓が、跳ね上がった。
まさか。
エリアナは、自分の体を確認した。
胸の張り。
下腹部の微かな痛み。
全てが、一致する。
妊娠。
エリアナは、妊娠していた。
「カイザー」
エリアナの声が、震える。
カイザーが、エリアナを見つめた。
「どうした」
エリアナは、カイザーの目を見つめた。
そして、囁いた。
「私……赤ちゃんが」
カイザーの目が、見開かれた。
「赤ちゃん……?」
「はい」
エリアナが、頷く。
「妊娠、しています」
しばらくの沈黙。
カイザーの顔が、驚愕から歓喜へ変わった。
「本当か!」
カイザーが、エリアナを抱き上げた。
「本当に!」
エリアナが、笑った。
「はい、本当です」
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
強く。
「俺たちの、子供が」
カイザーの声が、震えている。
「お前が、俺の子を」
カイザーの目から、涙が溢れた。
エリアナは、カイザーの涙を拭った。
「泣いているのですか」
カイザーが、笑った。
「嬉しくて、仕方ない」
カイザーが、エリアナの額にキスをした。
「ありがとう、エリアナ」
カイザーの声が、囁く。
「お前が、俺に最高の贈り物をくれた」
エリアナは、カイザーを抱きしめた。
「私も、嬉しいです」
二人は、しばらく抱き合っていた。
幸福に満たされて。
その日の午後、村人たちが集められた。
村の広場。
皆が、不思議そうに集まってくる。
カイザーとエリアナが、前に立った。
カイザーが、宣言した。
「皆、聞いてくれ」
カイザーの声が、広場に響く。
「エリアナが、子を授かった」
村人たちが、一瞬静まり返った。
そして、歓声が上がった。
「本当ですか!」
「お世継ぎだ!」
「おめでとうございます!」
村人たちが、次々と近づいてくる。
老村長が、涙を流している。
「これは、めでたい。本当に、めでたい」
若い女性たちが、エリアナを囲む。
「皇妃様、おめでとうございます」
「お体、大切になさってください」
子供たちが、エリアナの周りで踊る。
「赤ちゃんだ!」
「楽しみ!」
エリアナは、笑顔で皆に応えた。
「ありがとうございます、皆さん」
カイザーが、村人たちに言った。
「今夜は、祝宴だ」
村人たちが、再び歓声を上げた。
夜、村の広場で盛大な祝宴が開かれた。
焚き火が燃え、料理が並べられている。
音楽が流れ、人々が踊っている。
エリアナとカイザーは、上座に座っていた。
村人たちが、次々と祝福の言葉を述べる。
「皇妃様、お幸せに」
「陛下、おめでとうございます」
カイザーは、エリアナの隣に座り、その手を握り続けていた。
離さない。
まるで、エリアナが消えてしまうことを恐れているかのように。
「大丈夫ですか、カイザー」
エリアナが、小さく笑う。
カイザーが、エリアナを見た。
「お前が、愛おしくて仕方ない」
カイザーの声が、囁く。
「もっと、大切にしなければ」
エリアナは、カイザーの手を握り返した。
「もう十分、大切にしてくださっています」
カイザーが、微笑んだ。
「いや、まだ足りない」
祝宴が続く。
歌が歌われ、踊りが踊られ、笑い声が響く。
エリアナは、その全てを見つめていた。
幸福。
これが、幸福。
父が生きていたら、どんなに喜んだだろう。
エリアナの目から、涙が溢れた。
カイザーが、その涙を拭った。
「どうした」
「嬉しくて」
エリアナの声が、震える。
「こんなに幸せでいいのかと」
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
「いいんだ。お前は、幸せになる資格がある」
カイザーの声が、優しい。
「誰よりも」
翌朝から、カイザーの溺愛は最高潮に達した。
エリアナが少しでも動こうとすると、カイザーが止める。
「動くな。俺がやる」
カイザーが、エリアナの靴を履かせる。
外套を着せる。
髪を梳かす。
全てを、カイザーがやる。
「カイザー、自分でできます」
エリアナが、困ったように笑う。
「いや、俺がやる」
カイザーが、真剣な顔で言う。
「お前は、体を大切にしろ」
エリアナは、溜息をついた。
だが、内心では嬉しかった。
カイザーの愛情を、全身で感じる。
毎朝、カイザーはエリアナの腹に話しかけた。
「おはよう、俺の子よ」
カイザーが、エリアナの腹に手を当てる。
「パパだぞ。元気にしているか」
エリアナが、笑った。
「まだ、聞こえないと思いますよ」
「いや、聞こえている」
カイザーが、真剣に言う。
「俺の子だ。賢いはずだ」
カイザーが、腹に耳を当てる。
「大きくなれよ。強くなれよ。そして、母さんを大切にしろよ」
エリアナは、カイザーの頭を撫でた。
「優しいですね」
カイザーが、顔を上げた。
「お前と、この子が、俺の全てだ」
カイザーの目が、真剣だった。
「他に何もいらない」
エリアナは、カイザーを抱きしめた。
「ありがとうございます」
村での生活は、穏やかだった。
エリアナは、無理をせず、ゆっくりと過ごした。
カイザーが、常に傍にいる。
村人たちも、エリアナを気遣ってくれる。
子供たちは、エリアナの腹に話しかける。
「赤ちゃん、早く出ておいで」
「一緒に遊ぼうね」
銀狼も、いつもエリアナの隣にいた。
エリアナが座れば、銀狼が寄り添う。
エリアナが歩けば、銀狼がついてくる。
まるで、守護者のように。
ある夜、エリアナとカイザーと銀狼は、領主館の前で星を眺めていた。
毛布の上に、三人。
いや、四人。
エリアナの腹の中に、新しい命。
「これが、私の求めていたもの」
エリアナが、呟いた。
カイザーが、エリアナを見た。
「求めていたもの?」
「はい」
エリアナが、頷く。
「家族です。本当の家族」
エリアナが、カイザーの手を握る。
「貴方と、この子と、銀狼と、村人たち。皆が、私の家族です」
エリアナの目から、涙が溢れた。
「こんなに幸せでいいのかと、時々思います」
カイザーが、エリアナの涙を拭った。
「いいんだ」
カイザーの声が、優しい。
「お前は、幸せになる権利がある」
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
「俺が、お前を幸せにする。ずっと」
エリアナは、カイザーの胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます」
銀狼が、小さく鳴いた。
三人は、星を見上げた。
無数の星。
それぞれが、輝いている。
まるで、エリアナたちを祝福しているかのように。
「これから、もっと幸せになろう」
カイザーが、囁く。
エリアナは、頷いた。
「はい。もっと」
風が、吹く。
優しい風。
草の香り。
薬草の香り。
そして、幸福の香り。
エリアナの心は、満たされていた。
過去の痛み。
虐げられた日々。
毒を盛られた夜。
地下牢の暗闇。
全てが、遠い過去。
今は、幸福だけがある。
カイザーがいる。
子供が来る。
銀狼がいる。
村人たちがいる。
そして、父の思い出がある。
全てが、エリアナを支えている。
「お父様、見ていてくださいますか」
エリアナは、心の中で呟いた。
「私は、幸せです」
「本当に、幸せです」
星が、一つ輝いた。
まるで、父が答えているかのように。
エリアナは、微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様」
カイザーが、エリアナの腹に手を当てた。
「元気にしているか、俺の子よ」
エリアナが、笑った。
「きっと、元気ですよ」
「そうだな」
カイザーが、微笑む。
「お前の子だ。強いはずだ」
三人は、抱き合った。
星空の下で。
幸福に満たされて。
新しい家族。
新しい未来。
全てが、ここにある。
エリアナは、そう確信していた。
これが、本当の勝利。
復讐ではない。
裁判ではない。
この幸福こそが、本当の勝利。
エリアナは、深く息を吸った。
「これからも、ずっと一緒です」
エリアナの声が、優しく響く。
カイザーが、頷いた。
「ああ。ずっと」
銀狼が、遠吠えをした。
祝福の遠吠え。
村の人々も、それを聞いた。
そして、微笑んだ。
「皇妃様と陛下が、幸せそうだ」
「良かった」
「本当に、良かった」
村全体が、温かい気持ちに包まれていた。
夜は、更けていく。
だが、エリアナたちの幸福は、終わらない。
これからも、ずっと続く。
永遠に。
カイザーが、エリアナを呼んだ。
「エリアナ、今日は出かけるぞ」
カイザーの声が、明るい。
エリアナが、顔を上げた。
「どこへですか」
「辺境だ」
カイザーが、微笑む。
「お前の村へ」
エリアナの目が、輝いた。
「本当ですか」
「ああ」
カイザーが、エリアナの手を取った。
「お前の幸福は、そこにある」
カイザーの声が、優しい。
「王宮ではない。お前の本当の居場所は、あの村だ」
エリアナの目から、涙が溢れそうになった。
「ありがとうございます」
二人は、馬車に乗り込んだ。
銀狼も、一緒に。
王都を出発する。
石畳の道を抜け、森を通り、草原を越える。
馬車が進むにつれ、エリアナの心が軽くなっていく。
窓の外を見る。
緑の草原。青い空。流れる雲。
全てが、美しい。
「懐かしいです」
エリアナが、呟く。
カイザーが、エリアナの肩を抱いた。
「ここが、お前の家だ」
数時間後、馬車が村に到着した。
遠くから、村の家々が見える。
畑が広がり、煙突から煙が上がっている。
平和な光景。
馬車が村の入口に止まった。
エリアナが降りると、村人たちが駆け寄ってきた。
「皇妃様!」
「お帰りなさい!」
老村長が、杖をついて近づいてくる。
「エリアナ様、よくぞお戻りになられました」
老村長の目から、涙が溢れている。
エリアナは、老村長の手を取った。
「ただいま戻りました」
子供たちが、エリアナの周りに集まってくる。
「エリアナ様!」
「会いたかった!」
子供たちが、エリアナに抱きつく。
エリアナは、膝をついて子供たちを抱きしめた。
「私も、会いたかったわ」
エリアナの声が、優しい。
若い男たちが、カイザーに頭を下げる。
「陛下、ようこそお越しくださいました」
カイザーが、微笑んだ。
「久しぶりだな」
村人たちが、笑顔で迎える。
エリアナは、立ち上がった。
村を見回す。
家々。畑。そして、薬草園。
薬草園は、以前よりもはるかに美しくなっていた。
広い敷地に、整然と薬草が植えられている。
ラベンダーの紫。カモミールの白。セージの緑。
それぞれが、太陽の光を浴びて輝いている。
エリアナは、薬草園へ駆け出した。
畑の間を走る。
薬草の香りが、鼻をつく。
優しい香り。
懐かしい香り。
エリアナは、薬草園の中央で立ち止まった。
周囲を見回す。
全てが、美しい。
涙が、頬を伝った。
止められない。
「私の、居場所」
エリアナは、呟いた。
カイザーが、エリアナの後ろに立った。
エリアナの肩を、抱く。
「ここが、お前の本当の家だ」
カイザーの声が、優しく響く。
エリアナは、カイザーを見上げた。
「はい。ここが、私の家です」
村人たちが、薬草園の周りに集まってくる。
皆、笑顔。
「エリアナ様、薬草園は大きくなりました」
若い男が、誇らしげに言う。
「皆で、毎日手入れをしています」
老村長が、続ける。
「エリアナ様が教えてくださったことを、忘れずに」
エリアナは、村人たちを見回した。
一人一人の顔。
温かい目。
優しい微笑み。
「ありがとうございます、皆さん」
エリアナの声が、震える。
「私は、皆さんがいてくれて幸せです」
村人たちが、拍手した。
子供たちが、笑う。
銀狼が、遠吠えをした。
カイザーが、エリアナの手を握った。
「ここで、しばらく過ごそう」
エリアナは、頷いた。
「はい」
数日後、エリアナとカイザーは村での生活を始めていた。
領主館は、修繕されて綺麗になっていた。
壁は塗り直され、屋根の穴も塞がれている。
窓ガラスも新しく、扉も頑丈。
だが、質素な佇まいは変わらない。
エリアナは、それが好きだった。
朝、エリアナは薬草園で働いた。
鍬を手に、畑を耕す。
薬草の種を蒔く。
水をやる。
カイザーが、その隣で一緒に働いている。
皇帝が、畑仕事。
村人たちは、最初驚いていた。
だが、カイザーは気にしない。
「俺は、エリアナの夫だ。一緒に働くのは当然だ」
カイザーの声が、朗らかだった。
村人たちも、次第に慣れていった。
そして、カイザーを「陛下」ではなく、「カイザー様」と呼ぶようになった。
親しみを込めて。
昼、エリアナは村人たちと料理を作った。
村の広場に、大きな鍋。
野菜を切り、肉を煮込み、スープを作る。
「エリアナ様、この味付けはどうでしょう」
一人の女性が、尋ねる。
エリアナが、スープを味見する。
「少し、塩を足してみましょう」
女性が、塩を加える。
「ああ、美味しくなりました」
皆が、笑顔になる。
カイザーも、料理を手伝っている。
野菜を切り、薪を運ぶ。
「陛下が、こんなことを」
老村長が、感嘆する。
カイザーが、笑った。
「俺も、昔は戦場で自分の飯を作っていた。料理くらいできる」
村人たちが、笑う。
温かい雰囲気。
出来上がった料理を、皆で食べる。
長いテーブルに、皆が座る。
子供たちも、大人たちも。
エリアナとカイザーも、村人たちと同じテーブルに。
「いただきます」
皆で、声を合わせる。
スープが、喉を通る。
温かい。
美味しい。
「美味しいですね」
エリアナが、微笑む。
カイザーが、頷く。
「ああ。皆で作った料理は、特別だ」
子供たちが、笑いながら食べている。
老人たちが、穏やかに談笑している。
幸福な時間。
夜、エリアナとカイザーは領主館の前で星を眺めた。
草の上に、毛布を敷いて横になる。
銀狼も、その隣に。
夜空には、無数の星。
天の川が、空を横切っている。
「綺麗ですね」
エリアナが、囁く。
「ああ」
カイザーが、エリアナの手を握る。
「こんなに星が見えるのは、久しぶりだ」
エリアナは、カイザーを見た。
「王宮では、こんなに見えませんものね」
カイザーが、微笑む。
「ここが、俺たちの本当の家だ」
カイザーの声が、静かに響く。
「王宮は、仕事の場所だ。だが、ここは心が休まる」
エリアナは、頷いた。
「私も、そう思います」
エリアナが、カイザーの肩に頭を載せた。
「ずっと、ここにいたいです」
カイザーが、エリアナを抱き寄せた。
「いつか、ここに永住しよう」
カイザーの声が、優しい。
「皇帝を引退したら、この村で暮らす」
エリアナの目が、輝いた。
「本当ですか」
「ああ」
カイザーが、頷く。
「お前と、この村で、静かに老いていく。それが、俺の夢だ」
エリアナは、涙が溢れそうになった。
「私も、それが夢です」
二人は、抱き合った。
星が、二人を見守っている。
銀狼が、小さく鳴いた。
まるで、祝福しているかのように。
風が、吹く。
優しい風。
草の香り。
薬草の香り。
全てが、穏やかだった。
数週間が過ぎた、ある朝。
エリアナは、体調の異変に気づいた。
少し、吐き気がする。
めまいも。
エリアナは、ベッドから起き上がろうとして、ふらついた。
カイザーが、急いで支えた。
「エリアナ、どうした」
カイザーの声が、心配そうだった。
「少し、気分が……」
エリアナが、額に手を当てる。
カイザーが、エリアナを抱きかかえた。
「医師を呼ぶ」
「いいえ」
エリアナが、首を横に振った。
「大丈夫です。少し、休めば」
だが、エリアナの頭の中で、前世の知識が囁いていた。
この症状。
吐き気。めまい。倦怠感。
そして、生理が来ていない。
エリアナの心臓が、跳ね上がった。
まさか。
エリアナは、自分の体を確認した。
胸の張り。
下腹部の微かな痛み。
全てが、一致する。
妊娠。
エリアナは、妊娠していた。
「カイザー」
エリアナの声が、震える。
カイザーが、エリアナを見つめた。
「どうした」
エリアナは、カイザーの目を見つめた。
そして、囁いた。
「私……赤ちゃんが」
カイザーの目が、見開かれた。
「赤ちゃん……?」
「はい」
エリアナが、頷く。
「妊娠、しています」
しばらくの沈黙。
カイザーの顔が、驚愕から歓喜へ変わった。
「本当か!」
カイザーが、エリアナを抱き上げた。
「本当に!」
エリアナが、笑った。
「はい、本当です」
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
強く。
「俺たちの、子供が」
カイザーの声が、震えている。
「お前が、俺の子を」
カイザーの目から、涙が溢れた。
エリアナは、カイザーの涙を拭った。
「泣いているのですか」
カイザーが、笑った。
「嬉しくて、仕方ない」
カイザーが、エリアナの額にキスをした。
「ありがとう、エリアナ」
カイザーの声が、囁く。
「お前が、俺に最高の贈り物をくれた」
エリアナは、カイザーを抱きしめた。
「私も、嬉しいです」
二人は、しばらく抱き合っていた。
幸福に満たされて。
その日の午後、村人たちが集められた。
村の広場。
皆が、不思議そうに集まってくる。
カイザーとエリアナが、前に立った。
カイザーが、宣言した。
「皆、聞いてくれ」
カイザーの声が、広場に響く。
「エリアナが、子を授かった」
村人たちが、一瞬静まり返った。
そして、歓声が上がった。
「本当ですか!」
「お世継ぎだ!」
「おめでとうございます!」
村人たちが、次々と近づいてくる。
老村長が、涙を流している。
「これは、めでたい。本当に、めでたい」
若い女性たちが、エリアナを囲む。
「皇妃様、おめでとうございます」
「お体、大切になさってください」
子供たちが、エリアナの周りで踊る。
「赤ちゃんだ!」
「楽しみ!」
エリアナは、笑顔で皆に応えた。
「ありがとうございます、皆さん」
カイザーが、村人たちに言った。
「今夜は、祝宴だ」
村人たちが、再び歓声を上げた。
夜、村の広場で盛大な祝宴が開かれた。
焚き火が燃え、料理が並べられている。
音楽が流れ、人々が踊っている。
エリアナとカイザーは、上座に座っていた。
村人たちが、次々と祝福の言葉を述べる。
「皇妃様、お幸せに」
「陛下、おめでとうございます」
カイザーは、エリアナの隣に座り、その手を握り続けていた。
離さない。
まるで、エリアナが消えてしまうことを恐れているかのように。
「大丈夫ですか、カイザー」
エリアナが、小さく笑う。
カイザーが、エリアナを見た。
「お前が、愛おしくて仕方ない」
カイザーの声が、囁く。
「もっと、大切にしなければ」
エリアナは、カイザーの手を握り返した。
「もう十分、大切にしてくださっています」
カイザーが、微笑んだ。
「いや、まだ足りない」
祝宴が続く。
歌が歌われ、踊りが踊られ、笑い声が響く。
エリアナは、その全てを見つめていた。
幸福。
これが、幸福。
父が生きていたら、どんなに喜んだだろう。
エリアナの目から、涙が溢れた。
カイザーが、その涙を拭った。
「どうした」
「嬉しくて」
エリアナの声が、震える。
「こんなに幸せでいいのかと」
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
「いいんだ。お前は、幸せになる資格がある」
カイザーの声が、優しい。
「誰よりも」
翌朝から、カイザーの溺愛は最高潮に達した。
エリアナが少しでも動こうとすると、カイザーが止める。
「動くな。俺がやる」
カイザーが、エリアナの靴を履かせる。
外套を着せる。
髪を梳かす。
全てを、カイザーがやる。
「カイザー、自分でできます」
エリアナが、困ったように笑う。
「いや、俺がやる」
カイザーが、真剣な顔で言う。
「お前は、体を大切にしろ」
エリアナは、溜息をついた。
だが、内心では嬉しかった。
カイザーの愛情を、全身で感じる。
毎朝、カイザーはエリアナの腹に話しかけた。
「おはよう、俺の子よ」
カイザーが、エリアナの腹に手を当てる。
「パパだぞ。元気にしているか」
エリアナが、笑った。
「まだ、聞こえないと思いますよ」
「いや、聞こえている」
カイザーが、真剣に言う。
「俺の子だ。賢いはずだ」
カイザーが、腹に耳を当てる。
「大きくなれよ。強くなれよ。そして、母さんを大切にしろよ」
エリアナは、カイザーの頭を撫でた。
「優しいですね」
カイザーが、顔を上げた。
「お前と、この子が、俺の全てだ」
カイザーの目が、真剣だった。
「他に何もいらない」
エリアナは、カイザーを抱きしめた。
「ありがとうございます」
村での生活は、穏やかだった。
エリアナは、無理をせず、ゆっくりと過ごした。
カイザーが、常に傍にいる。
村人たちも、エリアナを気遣ってくれる。
子供たちは、エリアナの腹に話しかける。
「赤ちゃん、早く出ておいで」
「一緒に遊ぼうね」
銀狼も、いつもエリアナの隣にいた。
エリアナが座れば、銀狼が寄り添う。
エリアナが歩けば、銀狼がついてくる。
まるで、守護者のように。
ある夜、エリアナとカイザーと銀狼は、領主館の前で星を眺めていた。
毛布の上に、三人。
いや、四人。
エリアナの腹の中に、新しい命。
「これが、私の求めていたもの」
エリアナが、呟いた。
カイザーが、エリアナを見た。
「求めていたもの?」
「はい」
エリアナが、頷く。
「家族です。本当の家族」
エリアナが、カイザーの手を握る。
「貴方と、この子と、銀狼と、村人たち。皆が、私の家族です」
エリアナの目から、涙が溢れた。
「こんなに幸せでいいのかと、時々思います」
カイザーが、エリアナの涙を拭った。
「いいんだ」
カイザーの声が、優しい。
「お前は、幸せになる権利がある」
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
「俺が、お前を幸せにする。ずっと」
エリアナは、カイザーの胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます」
銀狼が、小さく鳴いた。
三人は、星を見上げた。
無数の星。
それぞれが、輝いている。
まるで、エリアナたちを祝福しているかのように。
「これから、もっと幸せになろう」
カイザーが、囁く。
エリアナは、頷いた。
「はい。もっと」
風が、吹く。
優しい風。
草の香り。
薬草の香り。
そして、幸福の香り。
エリアナの心は、満たされていた。
過去の痛み。
虐げられた日々。
毒を盛られた夜。
地下牢の暗闇。
全てが、遠い過去。
今は、幸福だけがある。
カイザーがいる。
子供が来る。
銀狼がいる。
村人たちがいる。
そして、父の思い出がある。
全てが、エリアナを支えている。
「お父様、見ていてくださいますか」
エリアナは、心の中で呟いた。
「私は、幸せです」
「本当に、幸せです」
星が、一つ輝いた。
まるで、父が答えているかのように。
エリアナは、微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様」
カイザーが、エリアナの腹に手を当てた。
「元気にしているか、俺の子よ」
エリアナが、笑った。
「きっと、元気ですよ」
「そうだな」
カイザーが、微笑む。
「お前の子だ。強いはずだ」
三人は、抱き合った。
星空の下で。
幸福に満たされて。
新しい家族。
新しい未来。
全てが、ここにある。
エリアナは、そう確信していた。
これが、本当の勝利。
復讐ではない。
裁判ではない。
この幸福こそが、本当の勝利。
エリアナは、深く息を吸った。
「これからも、ずっと一緒です」
エリアナの声が、優しく響く。
カイザーが、頷いた。
「ああ。ずっと」
銀狼が、遠吠えをした。
祝福の遠吠え。
村の人々も、それを聞いた。
そして、微笑んだ。
「皇妃様と陛下が、幸せそうだ」
「良かった」
「本当に、良かった」
村全体が、温かい気持ちに包まれていた。
夜は、更けていく。
だが、エリアナたちの幸福は、終わらない。
これからも、ずっと続く。
永遠に。


