翌日から、エリアナは毎日野営地に通った。
朝日が昇る前に領主館を出る。銀狼が、その後をついてくる。森を抜け、川を渡り、野営地へ。
侍従たちが、エリアナを迎える。
もう、剣を抜くことはない。
エリアナは、テントの中へ入った。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、まだ悪い。だが、少しずつ良くなっている。
エリアナは、籠から薬を取り出した。
淡い黄色の液体。
「陛下、お薬の時間です」
カイザーは、無言で体を起こす。
エリアナが差し出す杯を、黙って受け取る。
一気に飲み干す。
「苦いな」
カイザーの声は、相変わらず冷たい。
「我慢してください」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、エリアナを見る。
その目には、感情が読めない。
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
熱を測る。
「まだ高いですね。でも、昨日より下がっています」
エリアナは、新しい湿布を用意した。
カイザーのリンパ節に当てる。
カイザーは、じっとしている。
エリアナの手が、丁寧に包帯を巻く。
「痛くありませんか」
「別に」
カイザーの返事は、素っ気ない。
だが、エリアナを拒絶することはない。
エリアナは、カイザーの体を診察する。
脈を測る。呼吸を聞く。リンパ節の腫れを確認する。
全て、前世の知識に基づいて。
カイザーは、終始無言だった。
だが、エリアナの看護を、黙って受けている。
エリアナが包帯を巻き終えると、カイザーは横になった。
「もういいのか」
「はい。今日の治療は終わりです」
エリアナは、籠を片付けた。
「また明日、来ます」
カイザーは、目を閉じた。
返事はない。
だが、拒絶もない。
エリアナは、テントを出た。
侍従の一人が、近づいてきた。
「領主様、ありがとうございます」
侍従の声は、感謝に満ちている。
「陛下が、人を近づけるとは珍しいことです」
エリアナは、侍従を見た。
「珍しい……?」
「はい」
侍従が、頷く。
「陛下は、病に倒れてから、誰も近づけませんでした。医師も、看護師も、皆拒絶されました」
侍従の目が、エリアナを見つめる。
「ですが、貴女だけは受け入れています。それがどれほど異例なことか」
エリアナは、テントを振り返った。
カイザーが、中で休んでいる。
冷たく、無愛想な皇帝。
だが、エリアナの治療は受けている。
「陛下は……どんな方なのですか」
エリアナは、侍従に尋ねた。
侍従は、しばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「冷酷で、厳格な方です。だが、それには理由があります」
侍従の声が、低くなる。
「いつか、お話しする機会があるかもしれません」
侍従は、それ以上語らなかった。
エリアナは、頷いた。
そして、森を抜けて領主館へ戻った。
毎日、同じことを繰り返す。
朝、野営地へ向かう。
カイザーに薬を投与する。
体を診察する。
経過を記録する。
カイザーは、いつも無言だった。
冷たく、感情を見せない。
だが、エリアナの治療は拒まない。
少しずつ、カイザーの顔色が良くなっていく。
熱が、下がっていく。
リンパ節の腫れが、小さくなっていく。
エリアナは、それを確認するたびに安堵した。
治療は、順調だった。
治療を始めて3週間が過ぎた夜。
エリアナは、いつものように野営地を訪れた。
だが、様子がおかしかった。
侍従たちが、慌てた様子で動いている。
「どうされたのですか」
エリアナが尋ねると、侍従が振り返った。
「陛下が……熱にうなされています」
エリアナは、急いでテントに入った。
カイザーが、苦しそうに体を捻っている。
汗が、額を覆っている。呼吸が、荒い。
「父上……」
カイザーが、呟いた。
「許せ……俺は……」
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
高熱。だが、これは病気によるものではない。
悪夢。
カイザーが、悪夢にうなされている。
「父上……戦場で……俺は……」
カイザーの声が、苦しげに続く。
「看取れなかった……許してくれ……」
エリアナは、カイザーの手を握った。
冷たい手。汗で濡れている。
「陛下、大丈夫です」
エリアナは、優しく囁いた。
だが、カイザーは目を覚まさない。
侍従が、エリアナの隣に膝をついた。
「陛下は……先帝陛下を戦場で看取れなかったことを、後悔されています」
侍従の声が、震えている。
「先帝陛下は、敵国との戦争で重傷を負われました。陛下は、別の戦線におられました」
侍従が、目を伏せる。
「急報を受けて駆けつけましたが……間に合いませんでした。先帝陛下は、既に息を引き取られていました」
エリアナは、カイザーの手を握りしめた。
「それから、陛下は変わられました」
侍従が、続ける。
「人を遠ざけるようになりました。誰も信じず、誰にも心を開かず。冷酷な皇帝と呼ばれるようになりました」
侍従の目が、涙で潤んでいる。
「ですが、本当は……陛下は、ただ恐れているのです。また、大切な人を失うことを」
エリアナは、カイザーの顔を見つめた。
苦しそうに、眉をひそめている。
冷酷な皇帝。
だが、その内側には、深い傷がある。
エリアナは、カイザーの手を両手で包んだ。
「陛下……」
エリアナは、静かに囁いた。
「あなたは、一人じゃない」
カイザーの体が、一瞬震えた。
「もう、一人で戦わなくていい。私がいます」
エリアナは、カイザーの手を握りしめた。
温もりを、伝える。
カイザーの目が、微かに開いた。
エリアナを、見つめる。
その目には、驚きと、何か別の感情。
「お前……」
カイザーの声は、掠れている。
「大丈夫です。私がここにいます」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、再び目を閉じた。
だが、その表情は穏やかになっていた。
呼吸が、落ち着いていく。
エリアナは、カイザーの手を離さなかった。
夜が明けるまで、その手を握り続けた。
治療を始めて1ヶ月が過ぎた。
カイザーの容態は、順調に回復していた。
熱は下がり、リンパ節の腫れも小さくなっていた。
エリアナは、安堵していた。
だが、その日の朝。
野営地に到着すると、侍従たちが慌てていた。
「領主様! 陛下が!」
エリアナは、急いでテントに入った。
カイザーが、苦しそうに呼吸している。
顔色は、再び蒼白。額には、大量の汗。
「陛下!」
侍従が、カイザーを支えている。
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
高熱。
昨日より、はるかに高い。
呼吸が、苦しそう。
「どうして……」
エリアナは、戸惑った。
治療は順調だったはず。なのに、なぜ急変したのか。
前世の知識が、頭の中で分析する。
薬の耐性。
細菌が、薬に対して耐性を持ち始めた。
抗生物質を使い続けると、細菌が適応し、効果が薄れる。
「そうか……」
エリアナは、立ち上がった。
「薬の配合を変える必要があります」
侍従たちが、エリアナを見る。
「配合を……?」
「はい。細菌が薬に適応しました。新しい薬を作ります」
エリアナは、籠を手に取った。
「今から、領主館に戻ります。新しい薬を調合します」
侍従が、不安そうに尋ねる。
「間に合いますか」
「間に合わせます」
エリアナは、きっぱりと答えた。
「絶対に、陛下を死なせません」
エリアナは、テントを飛び出した。
銀狼が、待っていた。
「急いで!」
エリアナは、森を走った。
銀狼が、その前を走る。
木々の間を抜け、川を跳び越え、領主館へ。
息が切れる。足が痛い。
だが、エリアナは止まらない。
カイザーを、救わなければ。
領主館に到着すると、エリアナは机に向かった。
薬草の瓶を並べる。乳鉢と乳棒。蒸留器。
前世の知識を、総動員する。
薬の配合を変える。
別の抗菌成分を持つ薬草を加える。
濃度を調整する。
試行錯誤。
時間が、過ぎていく。
窓の外が、暗くなる。
夜が、更けていく。
だが、エリアナは止まらない。
手を動かし続ける。
「絶対に、死なせない」
エリアナは、呟き続けた。
「必ず、救う」
朝日が、窓から差し込んできた。
エリアナの手に、新しい薬が完成していた。
淡い緑色の液体。
エリアナは、それを瓶に詰めた。
「これで……」
エリアナは、立ち上がった。
体が、ふらつく。
一晩、寝ていない。
だが、構わない。
エリアナは、瓶を籠に入れた。
そして、再び森へ向かった。
野営地に到着すると、侍従たちが駆け寄ってきた。
「領主様!」
「陛下は、どうですか」
「まだ、高熱が……」
エリアナは、テントに飛び込んだ。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、さらに悪化していた。
呼吸が、浅く速い。
エリアナは、新しい薬を取り出した。
杯に注ぐ。
カイザーの体を起こす。
「陛下、お薬です」
カイザーは、目を開けた。
その目は、焦点が合っていない。
エリアナは、杯を口元に当てた。
「飲んでください」
カイザーが、ゆっくりと薬を飲む。
全て、飲み干した。
エリアナは、カイザーを横にした。
額に手を当てる。
まだ、熱い。
「効いてください……」
エリアナは、祈るように呟いた。
時間が、過ぎていく。
エリアナは、カイザーの隣で待った。
侍従たちも、テントの外で待っている。
誰も、声を出さない。
ただ、静かに時が流れる。
数時間後。
カイザーの顔色が、変わった。
蒼白だった顔に、血色が戻ってきた。
エリアナは、額に手を当てた。
熱が、下がっている。
「下がった……」
エリアナの声が、震えた。
侍従たちが、テントに入ってきた。
「本当ですか!」
「はい。熱が、下がっています」
侍従たちが、涙を流した。
「陛下……」
「良かった……」
エリアナは、深く息を吸った。
全身の力が、抜けていく。
緊張が、解けていく。
その時、カイザーが目を開けた。
エリアナを、見つめる。
その目は、焦点が合っている。
「お前は……」
カイザーの声は、掠れている。
「諦めなかったのか」
エリアナは、微笑んだ。
「当然です。契約ですから」
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、口角が上がった。
初めて。
カイザーが、笑った。
微かに。
だが、確かに。
「変わった女だ」
カイザーの声が、低く響く。
エリアナは、涙が溢れそうになった。
だが、堪えた。
「休んでください、陛下」
エリアナは、カイザーに毛布をかけた。
カイザーは、目を閉じた。
穏やかな表情。
エリアナは、テントを出た。
外では、侍従たちが待っていた。
「陛下は、大丈夫です」
エリアナは、微笑んだ。
侍従たちが、歓声を上げた。
「ありがとうございます、領主様!」
「陛下を救ってくださった!」
エリアナは、空を見上げた。
青い空。流れる雲。
峠を、越えた。
カイザーは、生きる。
そして、エリアナの計画は、前に進む。
銀狼が、エリアナの隣に座った。
尾を振っている。
エリアナは、銀狼の頭を撫でた。
「ありがとう」
銀狼が、小さく鳴いた。
エリアナは、森を見つめた。
これから、もっと大変なことが待っている。
だが、エリアナは恐れない。
一歩ずつ、前へ進む。
自分の人生を、取り戻すために。
朝日が昇る前に領主館を出る。銀狼が、その後をついてくる。森を抜け、川を渡り、野営地へ。
侍従たちが、エリアナを迎える。
もう、剣を抜くことはない。
エリアナは、テントの中へ入った。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、まだ悪い。だが、少しずつ良くなっている。
エリアナは、籠から薬を取り出した。
淡い黄色の液体。
「陛下、お薬の時間です」
カイザーは、無言で体を起こす。
エリアナが差し出す杯を、黙って受け取る。
一気に飲み干す。
「苦いな」
カイザーの声は、相変わらず冷たい。
「我慢してください」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、エリアナを見る。
その目には、感情が読めない。
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
熱を測る。
「まだ高いですね。でも、昨日より下がっています」
エリアナは、新しい湿布を用意した。
カイザーのリンパ節に当てる。
カイザーは、じっとしている。
エリアナの手が、丁寧に包帯を巻く。
「痛くありませんか」
「別に」
カイザーの返事は、素っ気ない。
だが、エリアナを拒絶することはない。
エリアナは、カイザーの体を診察する。
脈を測る。呼吸を聞く。リンパ節の腫れを確認する。
全て、前世の知識に基づいて。
カイザーは、終始無言だった。
だが、エリアナの看護を、黙って受けている。
エリアナが包帯を巻き終えると、カイザーは横になった。
「もういいのか」
「はい。今日の治療は終わりです」
エリアナは、籠を片付けた。
「また明日、来ます」
カイザーは、目を閉じた。
返事はない。
だが、拒絶もない。
エリアナは、テントを出た。
侍従の一人が、近づいてきた。
「領主様、ありがとうございます」
侍従の声は、感謝に満ちている。
「陛下が、人を近づけるとは珍しいことです」
エリアナは、侍従を見た。
「珍しい……?」
「はい」
侍従が、頷く。
「陛下は、病に倒れてから、誰も近づけませんでした。医師も、看護師も、皆拒絶されました」
侍従の目が、エリアナを見つめる。
「ですが、貴女だけは受け入れています。それがどれほど異例なことか」
エリアナは、テントを振り返った。
カイザーが、中で休んでいる。
冷たく、無愛想な皇帝。
だが、エリアナの治療は受けている。
「陛下は……どんな方なのですか」
エリアナは、侍従に尋ねた。
侍従は、しばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「冷酷で、厳格な方です。だが、それには理由があります」
侍従の声が、低くなる。
「いつか、お話しする機会があるかもしれません」
侍従は、それ以上語らなかった。
エリアナは、頷いた。
そして、森を抜けて領主館へ戻った。
毎日、同じことを繰り返す。
朝、野営地へ向かう。
カイザーに薬を投与する。
体を診察する。
経過を記録する。
カイザーは、いつも無言だった。
冷たく、感情を見せない。
だが、エリアナの治療は拒まない。
少しずつ、カイザーの顔色が良くなっていく。
熱が、下がっていく。
リンパ節の腫れが、小さくなっていく。
エリアナは、それを確認するたびに安堵した。
治療は、順調だった。
治療を始めて3週間が過ぎた夜。
エリアナは、いつものように野営地を訪れた。
だが、様子がおかしかった。
侍従たちが、慌てた様子で動いている。
「どうされたのですか」
エリアナが尋ねると、侍従が振り返った。
「陛下が……熱にうなされています」
エリアナは、急いでテントに入った。
カイザーが、苦しそうに体を捻っている。
汗が、額を覆っている。呼吸が、荒い。
「父上……」
カイザーが、呟いた。
「許せ……俺は……」
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
高熱。だが、これは病気によるものではない。
悪夢。
カイザーが、悪夢にうなされている。
「父上……戦場で……俺は……」
カイザーの声が、苦しげに続く。
「看取れなかった……許してくれ……」
エリアナは、カイザーの手を握った。
冷たい手。汗で濡れている。
「陛下、大丈夫です」
エリアナは、優しく囁いた。
だが、カイザーは目を覚まさない。
侍従が、エリアナの隣に膝をついた。
「陛下は……先帝陛下を戦場で看取れなかったことを、後悔されています」
侍従の声が、震えている。
「先帝陛下は、敵国との戦争で重傷を負われました。陛下は、別の戦線におられました」
侍従が、目を伏せる。
「急報を受けて駆けつけましたが……間に合いませんでした。先帝陛下は、既に息を引き取られていました」
エリアナは、カイザーの手を握りしめた。
「それから、陛下は変わられました」
侍従が、続ける。
「人を遠ざけるようになりました。誰も信じず、誰にも心を開かず。冷酷な皇帝と呼ばれるようになりました」
侍従の目が、涙で潤んでいる。
「ですが、本当は……陛下は、ただ恐れているのです。また、大切な人を失うことを」
エリアナは、カイザーの顔を見つめた。
苦しそうに、眉をひそめている。
冷酷な皇帝。
だが、その内側には、深い傷がある。
エリアナは、カイザーの手を両手で包んだ。
「陛下……」
エリアナは、静かに囁いた。
「あなたは、一人じゃない」
カイザーの体が、一瞬震えた。
「もう、一人で戦わなくていい。私がいます」
エリアナは、カイザーの手を握りしめた。
温もりを、伝える。
カイザーの目が、微かに開いた。
エリアナを、見つめる。
その目には、驚きと、何か別の感情。
「お前……」
カイザーの声は、掠れている。
「大丈夫です。私がここにいます」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、再び目を閉じた。
だが、その表情は穏やかになっていた。
呼吸が、落ち着いていく。
エリアナは、カイザーの手を離さなかった。
夜が明けるまで、その手を握り続けた。
治療を始めて1ヶ月が過ぎた。
カイザーの容態は、順調に回復していた。
熱は下がり、リンパ節の腫れも小さくなっていた。
エリアナは、安堵していた。
だが、その日の朝。
野営地に到着すると、侍従たちが慌てていた。
「領主様! 陛下が!」
エリアナは、急いでテントに入った。
カイザーが、苦しそうに呼吸している。
顔色は、再び蒼白。額には、大量の汗。
「陛下!」
侍従が、カイザーを支えている。
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
高熱。
昨日より、はるかに高い。
呼吸が、苦しそう。
「どうして……」
エリアナは、戸惑った。
治療は順調だったはず。なのに、なぜ急変したのか。
前世の知識が、頭の中で分析する。
薬の耐性。
細菌が、薬に対して耐性を持ち始めた。
抗生物質を使い続けると、細菌が適応し、効果が薄れる。
「そうか……」
エリアナは、立ち上がった。
「薬の配合を変える必要があります」
侍従たちが、エリアナを見る。
「配合を……?」
「はい。細菌が薬に適応しました。新しい薬を作ります」
エリアナは、籠を手に取った。
「今から、領主館に戻ります。新しい薬を調合します」
侍従が、不安そうに尋ねる。
「間に合いますか」
「間に合わせます」
エリアナは、きっぱりと答えた。
「絶対に、陛下を死なせません」
エリアナは、テントを飛び出した。
銀狼が、待っていた。
「急いで!」
エリアナは、森を走った。
銀狼が、その前を走る。
木々の間を抜け、川を跳び越え、領主館へ。
息が切れる。足が痛い。
だが、エリアナは止まらない。
カイザーを、救わなければ。
領主館に到着すると、エリアナは机に向かった。
薬草の瓶を並べる。乳鉢と乳棒。蒸留器。
前世の知識を、総動員する。
薬の配合を変える。
別の抗菌成分を持つ薬草を加える。
濃度を調整する。
試行錯誤。
時間が、過ぎていく。
窓の外が、暗くなる。
夜が、更けていく。
だが、エリアナは止まらない。
手を動かし続ける。
「絶対に、死なせない」
エリアナは、呟き続けた。
「必ず、救う」
朝日が、窓から差し込んできた。
エリアナの手に、新しい薬が完成していた。
淡い緑色の液体。
エリアナは、それを瓶に詰めた。
「これで……」
エリアナは、立ち上がった。
体が、ふらつく。
一晩、寝ていない。
だが、構わない。
エリアナは、瓶を籠に入れた。
そして、再び森へ向かった。
野営地に到着すると、侍従たちが駆け寄ってきた。
「領主様!」
「陛下は、どうですか」
「まだ、高熱が……」
エリアナは、テントに飛び込んだ。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、さらに悪化していた。
呼吸が、浅く速い。
エリアナは、新しい薬を取り出した。
杯に注ぐ。
カイザーの体を起こす。
「陛下、お薬です」
カイザーは、目を開けた。
その目は、焦点が合っていない。
エリアナは、杯を口元に当てた。
「飲んでください」
カイザーが、ゆっくりと薬を飲む。
全て、飲み干した。
エリアナは、カイザーを横にした。
額に手を当てる。
まだ、熱い。
「効いてください……」
エリアナは、祈るように呟いた。
時間が、過ぎていく。
エリアナは、カイザーの隣で待った。
侍従たちも、テントの外で待っている。
誰も、声を出さない。
ただ、静かに時が流れる。
数時間後。
カイザーの顔色が、変わった。
蒼白だった顔に、血色が戻ってきた。
エリアナは、額に手を当てた。
熱が、下がっている。
「下がった……」
エリアナの声が、震えた。
侍従たちが、テントに入ってきた。
「本当ですか!」
「はい。熱が、下がっています」
侍従たちが、涙を流した。
「陛下……」
「良かった……」
エリアナは、深く息を吸った。
全身の力が、抜けていく。
緊張が、解けていく。
その時、カイザーが目を開けた。
エリアナを、見つめる。
その目は、焦点が合っている。
「お前は……」
カイザーの声は、掠れている。
「諦めなかったのか」
エリアナは、微笑んだ。
「当然です。契約ですから」
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、口角が上がった。
初めて。
カイザーが、笑った。
微かに。
だが、確かに。
「変わった女だ」
カイザーの声が、低く響く。
エリアナは、涙が溢れそうになった。
だが、堪えた。
「休んでください、陛下」
エリアナは、カイザーに毛布をかけた。
カイザーは、目を閉じた。
穏やかな表情。
エリアナは、テントを出た。
外では、侍従たちが待っていた。
「陛下は、大丈夫です」
エリアナは、微笑んだ。
侍従たちが、歓声を上げた。
「ありがとうございます、領主様!」
「陛下を救ってくださった!」
エリアナは、空を見上げた。
青い空。流れる雲。
峠を、越えた。
カイザーは、生きる。
そして、エリアナの計画は、前に進む。
銀狼が、エリアナの隣に座った。
尾を振っている。
エリアナは、銀狼の頭を撫でた。
「ありがとう」
銀狼が、小さく鳴いた。
エリアナは、森を見つめた。
これから、もっと大変なことが待っている。
だが、エリアナは恐れない。
一歩ずつ、前へ進む。
自分の人生を、取り戻すために。


