「わあっ! キレイな海!」
電車から降りた私は、目の前に広がるマリンブルーの海を見て、喜びの声をあげた。
波で揺らめく水面は、太陽の光がさしてキラキラと輝いている。
あの海の中では、たくさんの海洋生物がすんでいると考えると、胸が躍った。
波の音を聞きながら、古いベンチがあるホームをのんびり歩く。
すると、ポケットにしまっていたスマートフォンがふるえた。
おばあちゃんから電話がかかってきたようだ。通話ボタンをタップすると、おばあちゃんの優しい声が聞こえてきた。
「海叶、もう駅にはついた頃かな? 本当にお迎えはいらないのかい?」
「うん。ちょうど白波駅についたよ。お迎えは平気。海岸沿いをずーっと歩いていけば着くもんね」
「一本道だから迷うことはないだろうけど、気を付けるんだよ」
「はーい」
元気よく返事をしてから、通話を切る。
白波町に来るのは三年ぶりだけど、おばあちゃんちへの行き方は覚えている。海沿いの遊歩道をまっすぐ歩いていけば、青い屋根の平屋が見えてくるんだ。
初夏の日差しを受けながら、無人の改札を通り過ぎて、海沿いの道を歩き始めた。
私は倉木海叶、中学二年生。
両親の仕事の都合で、今日からおばあちゃんの家に居候することになったの。来週からは、新しい中学校に転校する予定だ。
新しい土地で暮らすのは不安だけど、キレイな海を見ていたら不安も吹き飛んでしまった。
これからは、海のある町で暮らせるんだ。楽しまないと、損だよね!
白波町は、オシャレなカフェもカラオケもない田舎町だけど、海があるだけで私は満足だった。
それに、この町で暮らしていたら、夢にも近づけそうな気がするんだ。
私はリュックから、一冊のノートを取り出す。表紙には『海の生き物ノート』と書かれていた。
「一年間も勉強してきたから、ページも増えてきたなぁ。本物にも会えたらいいけど」
歩きながら、ペラペラとページをめくる。
ノートには、海の生き物の特徴が何ページにもわたって書いてあった。このノートの制作者は、何を隠そう私だ。
私は名前にも入っている通り、海が大好き!
とくに海の生き物に興味があって、海洋生物図鑑で調べた情報をノートにまとめているの。
将来は、海の生き物にかかわるお仕事がしたいと思っている。水族館の飼育員さんとか海洋生物博士とか憧れる!
夢の話は誰にもしたことがないけど、いつか叶えられたらいいなぁと密かに願っていた。
そのためにも、今回の引っ越しはチャンスだ!
前に住んでいた町は海がなかったけど、この町でならいつでも海を見られる。だから、海の生き物にも詳しくなれるはず!
この町で海の生き物と触れ合えると想像すると、胸の高鳴りがおさえきれなかった。
期待に胸を膨らませてながら歩いていると、ぴゅーっと海風が吹く。
その勢いで手元にあったノートが、風で飛ばされてしまった。
「あ、私のノート!」
ノートは海風に乗って、浜辺のほうへ飛んでいく。私は急いで、石階段から砂浜に降りた。
風がやむと、ぱさっとノートが落ちる。
「よかったぁ。ノートがなくならないで……」
あのノートには、50種類以上の海の生き物の特徴がまとめてある。それがなくなったら、ショックだよ。
ほっとしながらノートを拾おうとすると、とある異変に気付いた。
「ん?」
ノートの先には、うつ伏せで倒れている男の子が四人。みんな気を失っているようだ。
ぐったりしている男の子たちを見つけて、私はサアアッと血の気が引いた。
「事件だ……」
慌ててスマートフォンを取り出す。
「どど、どうしよう!? この子たち、海で溺れちゃったのかな? 救急車? AED? こういう時って、どうしたら……」
パニックになっていると、水玉模様のシャツを着た男の子が、ぴくりと指を動かす。
「い、生きてる!? だ、大丈夫ですか~?」
大声で呼びかけると、男の子は浜辺に手を突きながら、ゆっくりと起き上がる。
「……んん? ここは?」
「白波海岸です」
しゃがみ込んで、男の子と視線を合わせる。そこで私は、ハッと息をのんだ。
優し気なマリンブルーの瞳に、青みがかったショートヘア。目の前にいるのは、爽やかな雰囲気の男の子だった。
顔立ちも整っていてカッコいい。まるで海の王子様みたいだ。
思わず見とれていると、男の子はハッとしたように自分の手のひらを見つめる。それから頭やお腹、足にもぺたぺたと触れていた。
男の子が顔を上げると、すがるように肩を掴まれる。
「そこのニンゲン。俺が何に見える?」
ニンゲン? それに何に見えるって……。
「えっと……中学生くらいの、ニンゲンの男の子、です」
ありのままの事実を伝えると、男の子はマリンブルーの瞳を大きく開く。
「本当に、ニンゲンになったんだ……。ダイオウイカの魔法が成功したってことか……」
男の子は、驚いたように自分の体を見つめている。
この子が何に驚いているのか、私にはさっぱり理解できなかった。
ぼうぜんとしていると、男の子は穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、教えてくれて。俺はヒサメだ。まだチビだけど、一応ジンベエザメなんだ」
「ジンベエザメ?」
頭の中にハテナがたくさん浮かぶ。ジンベエザメって、海の生き物の?
ヒサメくんは、よっと、と浜辺に手をついて立ち上がる。私も一緒に立ち上がると、彼がとても背が高いことに気が付いた。
「わあ、大きいね」
平均的な身長の私が、見上げてしまうほど大きい。百七十センチ以上はありそうだ。
「俺なんてまだまだだよ。母さんや兄弟は、もっとでかい」
「そうなんだぁ」
まじまじと見上げていると、ヒサメくんが足元に落ちているノートを拾う。
「これ、君の?」
「あ、はい、そうです」
ヒサメくんは、ぺらっと1ページ目をめくる。
「ジンベエザメ。世界最大の魚類で、全長は20メートルを超えることもある。狂暴なイメージがあるけど、人を襲うことはなく、おだやかな魚である。絶滅危惧種に指定されている……。これ、俺たちの種族のことか? 詳しいんだな」
「海の生き物は好きなので……」
『俺たちの種族』っていうのは気になったけど、ツッコんでもいいのかな? さっきもジンベエザメって言っていたし……。
顔を上げたヒサメくんは、にっこりと穏やかに微笑む。
「俺たちのことを知ろうとしてくれるニンゲンがいて、うれしいよ」
その笑顔で、ドキッと心臓が鳴る。こんなにカッコいい男の子に、笑いかけられたのは初めてだから、ドキドキしちゃうな……。
恥ずかしくて顔を上げられずにいると、砂浜で倒れていたほかの男の子がもそもそと動く。
起き上がったのは、黒髪でつり目の、きりっとした顔立ちの男の子だ。
彼はヒサメくんに気付くと後、ギョッと目を見開いた。
「お前、ヒサメか? その水玉模様。そうだろ?」
飛び起きると、興奮気味にヒサメくんの顔や手足をぺたぺたと触る。そんな彼を見て、ヒサメくんはちょっと困ったように笑った。
「落ち着いて。君は、ギンガだよね?」
「ああ、そうだ。コウテイペンギンのギンガだ」
コウテイペンギン?
ギンガくんって呼ばれている子も、おかしなことを言っているな……。
「ということは、緑髪でリュックを背負っているのがアオウミガメのカナメで、髪も肌も白いのがシロイルカのシロカ?」
「だと思うよ」
ギンガくんの質問に、ヒサメくんがうなづく。
アオウミガメに、シロイルカって、みんなに役割があるの? まさか海の生き物ごっこでもしていたのかな? そうだとしたら、ちょっとカワイイかも。
二人の話し声で、緑髪の男の子と白髪の男の子ものそのそと起き上がる。
「お~は~よ~。そこにいるのは~、ヒサメくんと~、ギンガくん~?」
緑髪の男の子が、ゆったりとした喋り方で会話に加わる。緑色の瞳は半開きで、まだ眠たそうにしていた。
「そうだよ。カナメは相変わらず、のんびり屋だね」
ヒサメくんが苦笑いをすると、今度は白髪の男の子がせわしなく自分の顔に触れていた。
「え? 僕の顔、どうなってるの? ニンゲンになってもカワイイ?」
「うん、ニンゲンのシロカもカワイイよ」
ヒサメくんが褒めたとおり、シロカくんと呼ばれた男の子はカワイイ顔立ちをしている。
赤ちゃんみたいなつぶらな瞳は、守ってあげたいという庇護欲がわいてきた。
カワイイと言われたものの、シロカくんはむぅっと口をとがらせる。
「ヒサメは、優しすぎるから信用ならない! ねえ、誰か鏡持ってない~?」
シロカくんは、きょろきょろとあたりを見渡している。そこで私は、おずおずと手をあげた。
「あ、あの、私、持ってますよ」
リュックから鏡を取り出すと、「どうぞ」と開いてみせてあげる。
シロカくんは、食い入るように鏡を見つめる。次の瞬間、はわぁととろけるような笑顔を浮かべた。
「きゅるるん! 僕ってば、ニンゲンになっても超カワイイ! 海のアイドルだけじゃなくて、陸のアイドルも狙えちゃう?」
「ね~ら~え~ちゃ~う~」
カナメくんが、ゆったりとした喋り方で同意する。
シロカくんはカワイイけど、自分からカワイイ宣言をする男の子は初めて見たかも……。
みんなのことはよくわからないけど、とりあえず無事でよかった。
ほっと胸を撫でおろしていると、四人の視線が私に集まった。
「で、お前は誰だ?」
ギンガくんに、ギロリと睨まれる。そこで自己紹介をしていないことに気付いた。
「えっと、私は倉木海叶です……」
ぺこりと頭を下げて自己紹介をすると、ヒサメくんが首をかしげる。
「クラゲの海? ……そっか、クラゲか!」
「違います。クラゲじゃなくて、ク・ラ・キ」
ヒサメくんの間違いを、あわてて訂正する。
グラゲとクラキ。似ているけど、違うよ。
「なるほど。クラゲだから、髪も長くてうねうねしているのか」
ギンガくんが納得したようにうなづく。
私の髪がウェーブしているのは、ただの偶然です。クラゲを意識したわけじゃありません。
「ふーん、クラゲちゃんもカワイイじゃん。僕の次に」
「ク~ラ~ゲちゃ~ん。よ~ろ~し~く~」
ダメだ……。『クラゲちゃん』になっちゃった。
まあ、クラゲもキレイで好きだから、いいんだけどさ……。
がっくりしながらも、クラゲ呼びを受け入れると、ヒサメくんにじっと見つめられる。
「クラゲも、ダイオウイカの魔法でニンゲンになったのか?」
ヒサメくんに質問されたところで、ぶんぶんと首を振る。
「い、いえ! 私はただのニンゲンで……」
否定をすると、ギンガくんが深刻な顔で腕組みをした。
「ということは、ターゲットだな。……手始めにやっとくか?」
やっとく、ってなに? 物騒なことじゃないよね?
ぶるりと身震いをしていると、ヒサメくんが私をかばうように前に出る。
「ダメだよ、ギンガ! クラゲは、海の生き物が好きなんだ。そういうニンゲンは、後回しでもいいだろう?」
私をかばうような発言をするヒサメくんを見て、ギンガくんはちっと舌打ちをする。
「お前は優しすぎるんだよ。こいつが俺たちに狙われたくなくて、嘘をついている可能性もあるだろ?」
「それは……」
ヒサメくんが言いよどんだところで、ギンガくんが私に視線を向ける。
「お前、本当に海の生き物が好きなのか?」
「は、はい。好きです」
「だったら試験をする」
「試験、ですか?」
「ああ、試験を突破できたら、ターゲットからは外してやるよ」
なんだかよくわからないけど、試験をクリアできれば狙われなくて済むってことだよね? それなら、頑張らないと。
ごくりっと生唾をのんで、ギンガくんの言葉を待った。
「第一問、ペンギンの翼は何のためにあるか答えろ」
んん!? 試験ってクイズのことなの!?
もっと難しい試験だと思っていたから、拍子抜けしてしまった。
海の生き物が好きな私にとっては、この問題は楽勝だ。
翼といえば、空を飛ぶものだけど、ペンギンの場合は違う。
注目が集まる中、私はビシッと手を上げた。
「海の中を速く泳ぐためです」
自信満々で答えると、ギンガくんは驚いたように目を丸くする。
「せ、正解だ……。なんだ、よくわかってるじゃないか……」
ギンガくんは、ちょっと照れくさそうに、こめかみをかいている。
そんなギンガくんを押しのけるように、今度はシロカくんが飛び出してきた。
「次は、僕の番ね!」
「は、はい」
返事をすると、シロカくんはぴょんっと高くジャンプして、くるりと空中一回転をした。
「おお~!」
思わず拍手をしてしまう。ものすごい、跳躍力だ。
圧倒されていると、シロカくんはパチンと愛らしくウインクをした。
「第二問、イルカがジャンプをするのは、何のためでしょうか?」
イルカは、水中からジャンプをするけど、その行動にはちゃんと意味がある。
答えがわかった私は、ビシッと手を上げた。
「体をキレイにするためです」
シロカくんは「ピンポン、ピンポ~ン!」と拍手をした。
「正解! 他にも理由はあるけど、ジャンプして水面に体を叩きつけることで、寄生虫や古い皮膚をはがしているんだよ。僕って、結構キレイ好きだからね」
「まあ、シロカの場合は、モテたいからって理由も大きいけどな」
「ギンガ、黙ろうか」
ギンガくんが横から入ってきたことで、シロカくんから笑顔を消える。その表情はちょっぴりダークなような……。
「出たな、クロイルカ……」
ヒサメくんが、ぼそっとつぶやく。小声だったから、シロカくんには聞こえなかったようだ。
すると今後は、緑髪のカナメくんがひらひらと手をあげる。
「僕の番だね~」
「はい。どうぞ」
気持ちを切り替えると、カナメくんはゆらゆら揺れながら問題を言った。
「第三問~。ウミガメは~、一回の産卵で~、何個の卵を産むでしょうか~?」
問題はゆーっくりだったけど、答えはすぐにわかったよ。
「約100個です!」
「せ~い~か~い~」
カナメくんは、朗らかな笑顔でぱちぱちと手を叩いた。
三問正解したところで、ギンガくんが腕組みをしながら「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「なるほどな。海の生き物が好きというのは本当らしい」
「でしょ? だからクラゲをやるのは最後にして」
「甘いな、ヒサメ。こいつは利用価値がありそうだ。計画を進めるためのカギになりそうだ」
なんだかまた物騒な話に戻ってしまった。
ギンガくんに、上から下までじろじろと見つめられる。その圧におびえて、後退りをしていると、砂山につまずいて尻もちをついてしまった。
「きゃっ」
目の前に迫ってきたギンガくんに見下ろされる。おびえていると、ギンガくんを止めるように、ヒサメくんが腕を引っ張った。
「ギンガ、やめろって」
「だからヒサメは優しすぎるんだよ! この計画は、お前らの種族の未来にも関わってくるんだぞ」
「それは、そうだけどさ……」
影のある顔で、目を伏せるヒサメくん。なんだか訳ありっぽい雰囲気かも?
困惑していると、ギンガくんが冷え切った目を私を見下ろした。
「俺たちが、どうして陸に来たのか教えてやる」
「は、はい」
ごくり……。ドキドキしながら待っていると、ギンガくんはギラリと瞳の奥を輝かせた。
「俺たちは、ニンゲンを滅ぼすために、海からやってきた」
「滅ぼす!?」
とんでもない発言が飛び出して、大声で聞き返してしまう。
滅ぼすって、どういうこと? 人類滅亡計画とか? あ、ありえない……。
「な、なんで、そんな大それたことを……」
恐る恐る聞いてみると、ヒサメくんは小さくため息をついた。
「俺たちの住処である海は、ニンゲンのせいで汚されたんだ。仲間は住処を失い、命の危険にさらされた。俺の種族なんて、もう……」
ニンゲンのせいで海が汚された。それは、海洋汚染のことかな?
そういえば、前にニュースで見たことがある。ニンゲンが捨てたプラスチックゴミを、海の生き物が飲み込んで死んでしまったと……。
ニンゲンのうっかりのせいで、海の生き物が死んでしまうのは、とても悲しいことだ。
深刻なムードがただよう中、ギンガくんは話を続けた。
「この先も、ニンゲンが好き勝手していたら、俺たちは生きていけなくなる。どうしようかと考えた時に、ダイオウイカが海洋生物をニンゲンに変える魔法を発明したと噂で聞いたんだ。それで、ダイオウイカを訪ねたら」
「本当にニンゲンになっちゃったってわけ!」
深刻なムードをかき消すように、シロカくんがにっこり笑ってダブルピースをする。
「うお~、ニンゲンを~、滅ぼすぞ~」
カナメくん、怖いことを言っているけど、喋り方がのんびりだからあんまり怖くないんだよな……。
能天気な二人を見ていると、なんだか緊張感が薄れてしまった。
海の生き物が魔法でニンゲンになったなんて、現実的にありえない話だ。
だけど、彼らの話が本当なら、止めなければ。ニンゲンが滅びるってことは、家族も友達も、みんないなくなってしまうってことだ。そんなのは絶対にダメ!
まずはみんなに、ニンゲンを滅ぼすのは無理だってわかってもらおう。
「あの、なにも滅ぼすことはないんじゃないですか? そもそも陸にはニンゲンが何人いると思っているんですか?」
四人は顔を見合わせる。沈黙が続いた後、ヒサメくんが口を開いた。
「300人くらい? 俺が会ったことがあるニンゲンは10人くらいだし」
「そんなわけないでしょ! 日本だけで約1億2000万人、世界には約82億人もいるんですよ!」
四人はぽかんと口を開く。
「いちおくにせん?」
「はちじゅうにおく……」
「それって、ウミガメが一回に産卵する数の何倍?」
「いち、じゅう、ひゃく~」
「……って、数えなくていい!」
ギンガくんにツッコまれたところで、カナメくんは計算をやめた。
「とにかく、陸には大勢のニンゲンがいるんです。四人で滅ぼすなんて、絶対無理です!」
現実的に不可能だと伝えると、四人は顔を見合わせる。すぐにみんなも無理だと思ったのか、はあぁっとため息をついた。
「……多すぎだろ、ニンゲン」
ギンガくんが、がっくりと肩を落とす。
「まあ、俺も滅ぼすっていう考えには、賛成ではなかったからね。何か別の道がないか探すために、陸に来たわけだし」
ヒサメくんはちょっと安心したような顔をしている。みんなに言われていたけど、ヒサメくんは優しい子なのかもしれない。
海の生き物が危険にさらされているというのは、私にとっても見過ごしてはおけない。大好きな海の生き物が苦しむ姿なんて、見たくないもん。
――まもってあげたい。
そんな気持ちが芽生えた時、浜辺にピロリンと機械音が響いた。
私のスマートフォンからではない。音の出どころを探していると、カナメくんがリュックをおろして、中を漁り始めた。
「ツーシンだ~」
「みたいだな。早く出せ!」
ギンガくんが急かすと、リュックの中からタブレットのようなものが出てきた。
そんなハイテクなものを海の生き物が持っていたなんて驚きだ。もしかして、海で誰かが落としたものを拾ったのかな?
ギンガくんがタブレットをタップすると、目の前にホログラムが現れた。
「みなさん、そろそろ陸に着きましたか~?」
「ダイオウイカだ!」
ギンガくんの言葉を聞いて、私はギョッとする。
あれが、ダイオウイカ……?
頭から腰までは、ニンゲンの男性の姿をしているけど、足にはうねうねとした触手がついている。上半身はニンゲン、下半身はイカだ。
髪が長くて、顔立ちが整っていて、海の神様みたいな容貌をしているけど、雰囲気はどこかミステリアスだ。
ダイオウイカのお兄さんは、みんなの姿を見つめると、「うふふ♡」と満足げに微笑んだ。
「ちゃんとニンゲンに擬態でしたようですネ。だけど、ひとり見覚えのない子がいるような……」
うっ、私のことだよね……。
そろりそろりと後退りすると、ヒサメくんとギンガくんが前に出る。
「この子はクラゲ、ニンゲンの女の子だ」
「海の生き物に詳しいようだから、ひとまずターゲットからは外しているぜ」
ヒサメくんとギンガくんが報告すると、ダイオウイカのお兄さんは触手をうねうねさせながら、うなづいていた。
「なるほど~、ニンゲンの協力者がいるのは好都合ですネ。ニンゲンには、ニンゲンのルールがあるので、彼女に色々教えてもらうといいデス」
そ、そんな勝手にお願いされても……。
戸惑う私にはお構いなしで、ダイオウイカのお兄さんは話を続ける。
「ではでは~、四人が無事に陸にたどり着けたところで、ファーストミッションを下しますネ」
「ファーストミッション?」
ギンガくんが怪訝そうに眉をひそめる。
ダイオウイカのお兄さんは、紫色の唇を指先でなぞった後、にやりと不敵に微笑んだ。
「学校を制圧せよ」
「ガッコーをセーアツ!?」
「ハイ。それでは、がんばってくださいネ~」
ダイオウイカのお兄さんは、触手をうねうねと揺らした後、プツンと通信を切った。
しんっと沈黙が流れた後、ギンガくんが深刻そうに頭を抱える。
「ガッコーをセーアツなんて……」
そうだよね。いきなり大それたミッションを下されたら、困ってしまうのも分かるよ。
どうするのかと見守っていると、シロカくんが、こてん、と首をかしげた。
「そもそも、ガッコーってなに?」
シロカくんの質問で、私はズコーっとこけそうになった。
そっか。学校を知らないのか。海の生き物だから、ニンゲン社会のことを知らないのは無理もないよね。
「えっと、学校っていうのは、子どもたちが集まって勉強するところだよ」
「子どもが集まる!? 面白そう! 僕もガッコー行きたい!」
シロカくんは、学校に興味津々だ。人懐っこいところは、イルカらしいなぁなんて思ってしまった。
乗り気なシロカくんを見て、ギンガくんはガシガシと頭をかく。
「まあ、ミッションを下されたわけだし、やるしかないな」
「わあ~、ガッコウ~、楽しみだな~」
カナメくんも、ノリノリだ。
そんな中、ヒサメくんがちらりと私に視線を向けられる。
「クラゲも、学校行くの?」
「あ、うん。行くよ。来週から」
正直に答えると、ヒサメくんは少し嬉しそうにはにかんだ。
「……そっか、それなら俺も、行きたいな」
んん? それならって、どういう意味かな?
不思議に思っていると、ヒサメくんが緩んだ頬を引き締めて、きりっとした顔を浮かべた。
「よし、みんなでガッコウに行こう」
「「「おー!」」」
ヒサメくんの掛け声で、三人が元気よく拳を突き上げた。
なんだか、海の生き物たちが学校に行く流れになっちゃったけど、大丈夫かな?
みんなの目的って、学校を制圧することなんだよね? のほほんとしたみんなを見ている限り、危険なことにはならなそうだけど……。
盛り上がるみんなを眺めていると、ヒサメくんに肩を叩かれた。
「あのさ、クラゲ。相談したいことがあるんだ」
「相談?」
みんなには聞こえない、小さな声で聞かれる。あらたまってなんだろう?
「ここでは言えないから、今日の夜、浜辺に来てほしい」
「夜? あまり遅くならなければ、大丈夫だと思うけど……」
わざわざ夜に呼び出すってことは、みんなには聞かれたくない話なんだよね?
ヒサメくんは真剣そうだから、断ったらかわいそうだ。
大丈夫だと伝えると、ヒサメくんはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう、約束だよ」
ヒサメくんは私の手に触れると、そっと小指を絡ませる。
突然触れられたせいで、ドキッと心臓が跳ね上がってしまった。
海の生き物でも、小指を絡ませて約束をする方法を知っているんだ。
驚きながらも、私も小指を絡ませた。
「うん、約束」
電車から降りた私は、目の前に広がるマリンブルーの海を見て、喜びの声をあげた。
波で揺らめく水面は、太陽の光がさしてキラキラと輝いている。
あの海の中では、たくさんの海洋生物がすんでいると考えると、胸が躍った。
波の音を聞きながら、古いベンチがあるホームをのんびり歩く。
すると、ポケットにしまっていたスマートフォンがふるえた。
おばあちゃんから電話がかかってきたようだ。通話ボタンをタップすると、おばあちゃんの優しい声が聞こえてきた。
「海叶、もう駅にはついた頃かな? 本当にお迎えはいらないのかい?」
「うん。ちょうど白波駅についたよ。お迎えは平気。海岸沿いをずーっと歩いていけば着くもんね」
「一本道だから迷うことはないだろうけど、気を付けるんだよ」
「はーい」
元気よく返事をしてから、通話を切る。
白波町に来るのは三年ぶりだけど、おばあちゃんちへの行き方は覚えている。海沿いの遊歩道をまっすぐ歩いていけば、青い屋根の平屋が見えてくるんだ。
初夏の日差しを受けながら、無人の改札を通り過ぎて、海沿いの道を歩き始めた。
私は倉木海叶、中学二年生。
両親の仕事の都合で、今日からおばあちゃんの家に居候することになったの。来週からは、新しい中学校に転校する予定だ。
新しい土地で暮らすのは不安だけど、キレイな海を見ていたら不安も吹き飛んでしまった。
これからは、海のある町で暮らせるんだ。楽しまないと、損だよね!
白波町は、オシャレなカフェもカラオケもない田舎町だけど、海があるだけで私は満足だった。
それに、この町で暮らしていたら、夢にも近づけそうな気がするんだ。
私はリュックから、一冊のノートを取り出す。表紙には『海の生き物ノート』と書かれていた。
「一年間も勉強してきたから、ページも増えてきたなぁ。本物にも会えたらいいけど」
歩きながら、ペラペラとページをめくる。
ノートには、海の生き物の特徴が何ページにもわたって書いてあった。このノートの制作者は、何を隠そう私だ。
私は名前にも入っている通り、海が大好き!
とくに海の生き物に興味があって、海洋生物図鑑で調べた情報をノートにまとめているの。
将来は、海の生き物にかかわるお仕事がしたいと思っている。水族館の飼育員さんとか海洋生物博士とか憧れる!
夢の話は誰にもしたことがないけど、いつか叶えられたらいいなぁと密かに願っていた。
そのためにも、今回の引っ越しはチャンスだ!
前に住んでいた町は海がなかったけど、この町でならいつでも海を見られる。だから、海の生き物にも詳しくなれるはず!
この町で海の生き物と触れ合えると想像すると、胸の高鳴りがおさえきれなかった。
期待に胸を膨らませてながら歩いていると、ぴゅーっと海風が吹く。
その勢いで手元にあったノートが、風で飛ばされてしまった。
「あ、私のノート!」
ノートは海風に乗って、浜辺のほうへ飛んでいく。私は急いで、石階段から砂浜に降りた。
風がやむと、ぱさっとノートが落ちる。
「よかったぁ。ノートがなくならないで……」
あのノートには、50種類以上の海の生き物の特徴がまとめてある。それがなくなったら、ショックだよ。
ほっとしながらノートを拾おうとすると、とある異変に気付いた。
「ん?」
ノートの先には、うつ伏せで倒れている男の子が四人。みんな気を失っているようだ。
ぐったりしている男の子たちを見つけて、私はサアアッと血の気が引いた。
「事件だ……」
慌ててスマートフォンを取り出す。
「どど、どうしよう!? この子たち、海で溺れちゃったのかな? 救急車? AED? こういう時って、どうしたら……」
パニックになっていると、水玉模様のシャツを着た男の子が、ぴくりと指を動かす。
「い、生きてる!? だ、大丈夫ですか~?」
大声で呼びかけると、男の子は浜辺に手を突きながら、ゆっくりと起き上がる。
「……んん? ここは?」
「白波海岸です」
しゃがみ込んで、男の子と視線を合わせる。そこで私は、ハッと息をのんだ。
優し気なマリンブルーの瞳に、青みがかったショートヘア。目の前にいるのは、爽やかな雰囲気の男の子だった。
顔立ちも整っていてカッコいい。まるで海の王子様みたいだ。
思わず見とれていると、男の子はハッとしたように自分の手のひらを見つめる。それから頭やお腹、足にもぺたぺたと触れていた。
男の子が顔を上げると、すがるように肩を掴まれる。
「そこのニンゲン。俺が何に見える?」
ニンゲン? それに何に見えるって……。
「えっと……中学生くらいの、ニンゲンの男の子、です」
ありのままの事実を伝えると、男の子はマリンブルーの瞳を大きく開く。
「本当に、ニンゲンになったんだ……。ダイオウイカの魔法が成功したってことか……」
男の子は、驚いたように自分の体を見つめている。
この子が何に驚いているのか、私にはさっぱり理解できなかった。
ぼうぜんとしていると、男の子は穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、教えてくれて。俺はヒサメだ。まだチビだけど、一応ジンベエザメなんだ」
「ジンベエザメ?」
頭の中にハテナがたくさん浮かぶ。ジンベエザメって、海の生き物の?
ヒサメくんは、よっと、と浜辺に手をついて立ち上がる。私も一緒に立ち上がると、彼がとても背が高いことに気が付いた。
「わあ、大きいね」
平均的な身長の私が、見上げてしまうほど大きい。百七十センチ以上はありそうだ。
「俺なんてまだまだだよ。母さんや兄弟は、もっとでかい」
「そうなんだぁ」
まじまじと見上げていると、ヒサメくんが足元に落ちているノートを拾う。
「これ、君の?」
「あ、はい、そうです」
ヒサメくんは、ぺらっと1ページ目をめくる。
「ジンベエザメ。世界最大の魚類で、全長は20メートルを超えることもある。狂暴なイメージがあるけど、人を襲うことはなく、おだやかな魚である。絶滅危惧種に指定されている……。これ、俺たちの種族のことか? 詳しいんだな」
「海の生き物は好きなので……」
『俺たちの種族』っていうのは気になったけど、ツッコんでもいいのかな? さっきもジンベエザメって言っていたし……。
顔を上げたヒサメくんは、にっこりと穏やかに微笑む。
「俺たちのことを知ろうとしてくれるニンゲンがいて、うれしいよ」
その笑顔で、ドキッと心臓が鳴る。こんなにカッコいい男の子に、笑いかけられたのは初めてだから、ドキドキしちゃうな……。
恥ずかしくて顔を上げられずにいると、砂浜で倒れていたほかの男の子がもそもそと動く。
起き上がったのは、黒髪でつり目の、きりっとした顔立ちの男の子だ。
彼はヒサメくんに気付くと後、ギョッと目を見開いた。
「お前、ヒサメか? その水玉模様。そうだろ?」
飛び起きると、興奮気味にヒサメくんの顔や手足をぺたぺたと触る。そんな彼を見て、ヒサメくんはちょっと困ったように笑った。
「落ち着いて。君は、ギンガだよね?」
「ああ、そうだ。コウテイペンギンのギンガだ」
コウテイペンギン?
ギンガくんって呼ばれている子も、おかしなことを言っているな……。
「ということは、緑髪でリュックを背負っているのがアオウミガメのカナメで、髪も肌も白いのがシロイルカのシロカ?」
「だと思うよ」
ギンガくんの質問に、ヒサメくんがうなづく。
アオウミガメに、シロイルカって、みんなに役割があるの? まさか海の生き物ごっこでもしていたのかな? そうだとしたら、ちょっとカワイイかも。
二人の話し声で、緑髪の男の子と白髪の男の子ものそのそと起き上がる。
「お~は~よ~。そこにいるのは~、ヒサメくんと~、ギンガくん~?」
緑髪の男の子が、ゆったりとした喋り方で会話に加わる。緑色の瞳は半開きで、まだ眠たそうにしていた。
「そうだよ。カナメは相変わらず、のんびり屋だね」
ヒサメくんが苦笑いをすると、今度は白髪の男の子がせわしなく自分の顔に触れていた。
「え? 僕の顔、どうなってるの? ニンゲンになってもカワイイ?」
「うん、ニンゲンのシロカもカワイイよ」
ヒサメくんが褒めたとおり、シロカくんと呼ばれた男の子はカワイイ顔立ちをしている。
赤ちゃんみたいなつぶらな瞳は、守ってあげたいという庇護欲がわいてきた。
カワイイと言われたものの、シロカくんはむぅっと口をとがらせる。
「ヒサメは、優しすぎるから信用ならない! ねえ、誰か鏡持ってない~?」
シロカくんは、きょろきょろとあたりを見渡している。そこで私は、おずおずと手をあげた。
「あ、あの、私、持ってますよ」
リュックから鏡を取り出すと、「どうぞ」と開いてみせてあげる。
シロカくんは、食い入るように鏡を見つめる。次の瞬間、はわぁととろけるような笑顔を浮かべた。
「きゅるるん! 僕ってば、ニンゲンになっても超カワイイ! 海のアイドルだけじゃなくて、陸のアイドルも狙えちゃう?」
「ね~ら~え~ちゃ~う~」
カナメくんが、ゆったりとした喋り方で同意する。
シロカくんはカワイイけど、自分からカワイイ宣言をする男の子は初めて見たかも……。
みんなのことはよくわからないけど、とりあえず無事でよかった。
ほっと胸を撫でおろしていると、四人の視線が私に集まった。
「で、お前は誰だ?」
ギンガくんに、ギロリと睨まれる。そこで自己紹介をしていないことに気付いた。
「えっと、私は倉木海叶です……」
ぺこりと頭を下げて自己紹介をすると、ヒサメくんが首をかしげる。
「クラゲの海? ……そっか、クラゲか!」
「違います。クラゲじゃなくて、ク・ラ・キ」
ヒサメくんの間違いを、あわてて訂正する。
グラゲとクラキ。似ているけど、違うよ。
「なるほど。クラゲだから、髪も長くてうねうねしているのか」
ギンガくんが納得したようにうなづく。
私の髪がウェーブしているのは、ただの偶然です。クラゲを意識したわけじゃありません。
「ふーん、クラゲちゃんもカワイイじゃん。僕の次に」
「ク~ラ~ゲちゃ~ん。よ~ろ~し~く~」
ダメだ……。『クラゲちゃん』になっちゃった。
まあ、クラゲもキレイで好きだから、いいんだけどさ……。
がっくりしながらも、クラゲ呼びを受け入れると、ヒサメくんにじっと見つめられる。
「クラゲも、ダイオウイカの魔法でニンゲンになったのか?」
ヒサメくんに質問されたところで、ぶんぶんと首を振る。
「い、いえ! 私はただのニンゲンで……」
否定をすると、ギンガくんが深刻な顔で腕組みをした。
「ということは、ターゲットだな。……手始めにやっとくか?」
やっとく、ってなに? 物騒なことじゃないよね?
ぶるりと身震いをしていると、ヒサメくんが私をかばうように前に出る。
「ダメだよ、ギンガ! クラゲは、海の生き物が好きなんだ。そういうニンゲンは、後回しでもいいだろう?」
私をかばうような発言をするヒサメくんを見て、ギンガくんはちっと舌打ちをする。
「お前は優しすぎるんだよ。こいつが俺たちに狙われたくなくて、嘘をついている可能性もあるだろ?」
「それは……」
ヒサメくんが言いよどんだところで、ギンガくんが私に視線を向ける。
「お前、本当に海の生き物が好きなのか?」
「は、はい。好きです」
「だったら試験をする」
「試験、ですか?」
「ああ、試験を突破できたら、ターゲットからは外してやるよ」
なんだかよくわからないけど、試験をクリアできれば狙われなくて済むってことだよね? それなら、頑張らないと。
ごくりっと生唾をのんで、ギンガくんの言葉を待った。
「第一問、ペンギンの翼は何のためにあるか答えろ」
んん!? 試験ってクイズのことなの!?
もっと難しい試験だと思っていたから、拍子抜けしてしまった。
海の生き物が好きな私にとっては、この問題は楽勝だ。
翼といえば、空を飛ぶものだけど、ペンギンの場合は違う。
注目が集まる中、私はビシッと手を上げた。
「海の中を速く泳ぐためです」
自信満々で答えると、ギンガくんは驚いたように目を丸くする。
「せ、正解だ……。なんだ、よくわかってるじゃないか……」
ギンガくんは、ちょっと照れくさそうに、こめかみをかいている。
そんなギンガくんを押しのけるように、今度はシロカくんが飛び出してきた。
「次は、僕の番ね!」
「は、はい」
返事をすると、シロカくんはぴょんっと高くジャンプして、くるりと空中一回転をした。
「おお~!」
思わず拍手をしてしまう。ものすごい、跳躍力だ。
圧倒されていると、シロカくんはパチンと愛らしくウインクをした。
「第二問、イルカがジャンプをするのは、何のためでしょうか?」
イルカは、水中からジャンプをするけど、その行動にはちゃんと意味がある。
答えがわかった私は、ビシッと手を上げた。
「体をキレイにするためです」
シロカくんは「ピンポン、ピンポ~ン!」と拍手をした。
「正解! 他にも理由はあるけど、ジャンプして水面に体を叩きつけることで、寄生虫や古い皮膚をはがしているんだよ。僕って、結構キレイ好きだからね」
「まあ、シロカの場合は、モテたいからって理由も大きいけどな」
「ギンガ、黙ろうか」
ギンガくんが横から入ってきたことで、シロカくんから笑顔を消える。その表情はちょっぴりダークなような……。
「出たな、クロイルカ……」
ヒサメくんが、ぼそっとつぶやく。小声だったから、シロカくんには聞こえなかったようだ。
すると今後は、緑髪のカナメくんがひらひらと手をあげる。
「僕の番だね~」
「はい。どうぞ」
気持ちを切り替えると、カナメくんはゆらゆら揺れながら問題を言った。
「第三問~。ウミガメは~、一回の産卵で~、何個の卵を産むでしょうか~?」
問題はゆーっくりだったけど、答えはすぐにわかったよ。
「約100個です!」
「せ~い~か~い~」
カナメくんは、朗らかな笑顔でぱちぱちと手を叩いた。
三問正解したところで、ギンガくんが腕組みをしながら「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「なるほどな。海の生き物が好きというのは本当らしい」
「でしょ? だからクラゲをやるのは最後にして」
「甘いな、ヒサメ。こいつは利用価値がありそうだ。計画を進めるためのカギになりそうだ」
なんだかまた物騒な話に戻ってしまった。
ギンガくんに、上から下までじろじろと見つめられる。その圧におびえて、後退りをしていると、砂山につまずいて尻もちをついてしまった。
「きゃっ」
目の前に迫ってきたギンガくんに見下ろされる。おびえていると、ギンガくんを止めるように、ヒサメくんが腕を引っ張った。
「ギンガ、やめろって」
「だからヒサメは優しすぎるんだよ! この計画は、お前らの種族の未来にも関わってくるんだぞ」
「それは、そうだけどさ……」
影のある顔で、目を伏せるヒサメくん。なんだか訳ありっぽい雰囲気かも?
困惑していると、ギンガくんが冷え切った目を私を見下ろした。
「俺たちが、どうして陸に来たのか教えてやる」
「は、はい」
ごくり……。ドキドキしながら待っていると、ギンガくんはギラリと瞳の奥を輝かせた。
「俺たちは、ニンゲンを滅ぼすために、海からやってきた」
「滅ぼす!?」
とんでもない発言が飛び出して、大声で聞き返してしまう。
滅ぼすって、どういうこと? 人類滅亡計画とか? あ、ありえない……。
「な、なんで、そんな大それたことを……」
恐る恐る聞いてみると、ヒサメくんは小さくため息をついた。
「俺たちの住処である海は、ニンゲンのせいで汚されたんだ。仲間は住処を失い、命の危険にさらされた。俺の種族なんて、もう……」
ニンゲンのせいで海が汚された。それは、海洋汚染のことかな?
そういえば、前にニュースで見たことがある。ニンゲンが捨てたプラスチックゴミを、海の生き物が飲み込んで死んでしまったと……。
ニンゲンのうっかりのせいで、海の生き物が死んでしまうのは、とても悲しいことだ。
深刻なムードがただよう中、ギンガくんは話を続けた。
「この先も、ニンゲンが好き勝手していたら、俺たちは生きていけなくなる。どうしようかと考えた時に、ダイオウイカが海洋生物をニンゲンに変える魔法を発明したと噂で聞いたんだ。それで、ダイオウイカを訪ねたら」
「本当にニンゲンになっちゃったってわけ!」
深刻なムードをかき消すように、シロカくんがにっこり笑ってダブルピースをする。
「うお~、ニンゲンを~、滅ぼすぞ~」
カナメくん、怖いことを言っているけど、喋り方がのんびりだからあんまり怖くないんだよな……。
能天気な二人を見ていると、なんだか緊張感が薄れてしまった。
海の生き物が魔法でニンゲンになったなんて、現実的にありえない話だ。
だけど、彼らの話が本当なら、止めなければ。ニンゲンが滅びるってことは、家族も友達も、みんないなくなってしまうってことだ。そんなのは絶対にダメ!
まずはみんなに、ニンゲンを滅ぼすのは無理だってわかってもらおう。
「あの、なにも滅ぼすことはないんじゃないですか? そもそも陸にはニンゲンが何人いると思っているんですか?」
四人は顔を見合わせる。沈黙が続いた後、ヒサメくんが口を開いた。
「300人くらい? 俺が会ったことがあるニンゲンは10人くらいだし」
「そんなわけないでしょ! 日本だけで約1億2000万人、世界には約82億人もいるんですよ!」
四人はぽかんと口を開く。
「いちおくにせん?」
「はちじゅうにおく……」
「それって、ウミガメが一回に産卵する数の何倍?」
「いち、じゅう、ひゃく~」
「……って、数えなくていい!」
ギンガくんにツッコまれたところで、カナメくんは計算をやめた。
「とにかく、陸には大勢のニンゲンがいるんです。四人で滅ぼすなんて、絶対無理です!」
現実的に不可能だと伝えると、四人は顔を見合わせる。すぐにみんなも無理だと思ったのか、はあぁっとため息をついた。
「……多すぎだろ、ニンゲン」
ギンガくんが、がっくりと肩を落とす。
「まあ、俺も滅ぼすっていう考えには、賛成ではなかったからね。何か別の道がないか探すために、陸に来たわけだし」
ヒサメくんはちょっと安心したような顔をしている。みんなに言われていたけど、ヒサメくんは優しい子なのかもしれない。
海の生き物が危険にさらされているというのは、私にとっても見過ごしてはおけない。大好きな海の生き物が苦しむ姿なんて、見たくないもん。
――まもってあげたい。
そんな気持ちが芽生えた時、浜辺にピロリンと機械音が響いた。
私のスマートフォンからではない。音の出どころを探していると、カナメくんがリュックをおろして、中を漁り始めた。
「ツーシンだ~」
「みたいだな。早く出せ!」
ギンガくんが急かすと、リュックの中からタブレットのようなものが出てきた。
そんなハイテクなものを海の生き物が持っていたなんて驚きだ。もしかして、海で誰かが落としたものを拾ったのかな?
ギンガくんがタブレットをタップすると、目の前にホログラムが現れた。
「みなさん、そろそろ陸に着きましたか~?」
「ダイオウイカだ!」
ギンガくんの言葉を聞いて、私はギョッとする。
あれが、ダイオウイカ……?
頭から腰までは、ニンゲンの男性の姿をしているけど、足にはうねうねとした触手がついている。上半身はニンゲン、下半身はイカだ。
髪が長くて、顔立ちが整っていて、海の神様みたいな容貌をしているけど、雰囲気はどこかミステリアスだ。
ダイオウイカのお兄さんは、みんなの姿を見つめると、「うふふ♡」と満足げに微笑んだ。
「ちゃんとニンゲンに擬態でしたようですネ。だけど、ひとり見覚えのない子がいるような……」
うっ、私のことだよね……。
そろりそろりと後退りすると、ヒサメくんとギンガくんが前に出る。
「この子はクラゲ、ニンゲンの女の子だ」
「海の生き物に詳しいようだから、ひとまずターゲットからは外しているぜ」
ヒサメくんとギンガくんが報告すると、ダイオウイカのお兄さんは触手をうねうねさせながら、うなづいていた。
「なるほど~、ニンゲンの協力者がいるのは好都合ですネ。ニンゲンには、ニンゲンのルールがあるので、彼女に色々教えてもらうといいデス」
そ、そんな勝手にお願いされても……。
戸惑う私にはお構いなしで、ダイオウイカのお兄さんは話を続ける。
「ではでは~、四人が無事に陸にたどり着けたところで、ファーストミッションを下しますネ」
「ファーストミッション?」
ギンガくんが怪訝そうに眉をひそめる。
ダイオウイカのお兄さんは、紫色の唇を指先でなぞった後、にやりと不敵に微笑んだ。
「学校を制圧せよ」
「ガッコーをセーアツ!?」
「ハイ。それでは、がんばってくださいネ~」
ダイオウイカのお兄さんは、触手をうねうねと揺らした後、プツンと通信を切った。
しんっと沈黙が流れた後、ギンガくんが深刻そうに頭を抱える。
「ガッコーをセーアツなんて……」
そうだよね。いきなり大それたミッションを下されたら、困ってしまうのも分かるよ。
どうするのかと見守っていると、シロカくんが、こてん、と首をかしげた。
「そもそも、ガッコーってなに?」
シロカくんの質問で、私はズコーっとこけそうになった。
そっか。学校を知らないのか。海の生き物だから、ニンゲン社会のことを知らないのは無理もないよね。
「えっと、学校っていうのは、子どもたちが集まって勉強するところだよ」
「子どもが集まる!? 面白そう! 僕もガッコー行きたい!」
シロカくんは、学校に興味津々だ。人懐っこいところは、イルカらしいなぁなんて思ってしまった。
乗り気なシロカくんを見て、ギンガくんはガシガシと頭をかく。
「まあ、ミッションを下されたわけだし、やるしかないな」
「わあ~、ガッコウ~、楽しみだな~」
カナメくんも、ノリノリだ。
そんな中、ヒサメくんがちらりと私に視線を向けられる。
「クラゲも、学校行くの?」
「あ、うん。行くよ。来週から」
正直に答えると、ヒサメくんは少し嬉しそうにはにかんだ。
「……そっか、それなら俺も、行きたいな」
んん? それならって、どういう意味かな?
不思議に思っていると、ヒサメくんが緩んだ頬を引き締めて、きりっとした顔を浮かべた。
「よし、みんなでガッコウに行こう」
「「「おー!」」」
ヒサメくんの掛け声で、三人が元気よく拳を突き上げた。
なんだか、海の生き物たちが学校に行く流れになっちゃったけど、大丈夫かな?
みんなの目的って、学校を制圧することなんだよね? のほほんとしたみんなを見ている限り、危険なことにはならなそうだけど……。
盛り上がるみんなを眺めていると、ヒサメくんに肩を叩かれた。
「あのさ、クラゲ。相談したいことがあるんだ」
「相談?」
みんなには聞こえない、小さな声で聞かれる。あらたまってなんだろう?
「ここでは言えないから、今日の夜、浜辺に来てほしい」
「夜? あまり遅くならなければ、大丈夫だと思うけど……」
わざわざ夜に呼び出すってことは、みんなには聞かれたくない話なんだよね?
ヒサメくんは真剣そうだから、断ったらかわいそうだ。
大丈夫だと伝えると、ヒサメくんはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう、約束だよ」
ヒサメくんは私の手に触れると、そっと小指を絡ませる。
突然触れられたせいで、ドキッと心臓が跳ね上がってしまった。
海の生き物でも、小指を絡ませて約束をする方法を知っているんだ。
驚きながらも、私も小指を絡ませた。
「うん、約束」

