特別って何だろう。
瞬くんへの気持ちは、『特別』と呼べるのかな。
あたしたち三人は、いわゆる幼なじみだ。
遊ぶ時も一緒。
学校に行く時も一緒。
どんな時も、大好きな幼なじみたちがいたという、当たり前の世界。
その一瞬。
そのひととき。
それは今、思い出すと後悔だらけで、何もできなかったという現実が襲ってくる。
だけど、ぎゅっと握られた、もう一人の幼なじみ、隼人の手のひらの温かさ。
それだけが、今のあたしの光だった。
もしも、もう一度、瞬くんと会えるのならーー。
『隼人、瞬くん!』
一歩踏み出した先に待っているのは、大好きな幼なじみたちだ。
怖いものなんて、何もなかった。
*
ステータス。
それはあらゆるものの状態を、数値にあらわしたものだ。
それが突然、見えるようになったら、世界はどう変わるのだろう。
小学五年生の夏休み明け。
その日、あたし、岩内こはるの朝は思いがけない出来事から始まった。
ーーピピピピ………。
ヒヨコ型の目覚まし時計が、元気いっぱいに鳴っている。
重たいまぶたを何とか開けて、ベッドの近くに置いている目覚まし時計を見た。
「……なにこれ?」
その瞬間、あたしはびっくりして目をまたたいた。
『目ざまし時計、レベル5。起きてほしい度100』
ええっ!?
目覚まし時計って、レベルがあるの?
起きてほしい度って、なに?
『目覚まし時計と戦う』
『目覚まし時計を止める』
『寝る』
しかも、謎の選択コマンドまで出てきた!
選択コマンドは、ゲーム中に行動を行う時の選択肢のことなんだけど。
……って寝たら、間違いなく学校に遅刻しちゃうよ!
あたしはおそるおそる、『目覚まし時計を止める』に向かって指を動かす。
すると、目覚まし時計にふれていないのに、ぴたりと音が止まったんだ。
『目覚まし時計の満足度がアップ。目覚まし時計のレベルが6に上がりました!』
「うわわわわっ!?」
あたしは驚いて飛び上がる。
カラフルなメッセージに続いて、またたきする間をなく、新たなメッセージが表示されたからだ。
『イケている目覚まし時計のスキルを覚えました』
イケている目覚まし時計のスキル?
これって、何か意味があるの?
あたしが目覚まし時計に向かって指を動かすと、スキルの説明がふわりと浮かんだ。
『イケている目覚まし時計。効果、目覚まし時計の音が、ヒヨコの鳴き声にパワーアップ!』
うわわっ、最悪!!
めちゃくちゃ使い道がないじゃんーー!!
「ほんとに……なにこれ……?」
ベッドから起き上がり、部屋をゆっくりと見渡した。
その瞬間、あたしの足は情けないことにガクガク震えだす。
だって、ステータスが見えるのは目覚まし時計だけじゃなかったから。
(ランドセル、レベル5。ペンケース、レベル8。アルバム、レベル5。部屋にあるもの、ぜんぶ、ステータスが見える)
あたしはぽかんと口を開けた。
この現象が何故、起きたのかは分からない。
てっきり、こういう現象はゲームやマンガの世界の話だと思っていたけど。
(もしかして、あたし、夢を見ているのかな?)
あたしの現在の気分を簡単に表現するとこうなる。
だって、現実感なんてなかったから。
ステータスが見えるなんて、あり得ない話だよ。
とても信じられないことなのに、その現象は部屋を出てからも続いた。
「うわわっーー!! お母さんーー!!」
恐怖を覚えたあたしは階段を下りて、一階のリビングに向かう。
階段を降りた先には、朝ごはんの香りが漂っていた。
「おはよう、こはる。そんなに慌てて、どうしたの?」
リビングに入ると、お母さんが驚いたように首をかしげていた。
テーブルの上には、フレンチトーストと目玉焼きとフルーツサラダが並べられている。
「お母さん、見て見て!」
テーブルに身を乗り出したあたしに、お母さんが不思議そうにした。
「フレンチトーストがレベル2だって!」
「レベル2? なんの話かしら?」
あたしの切羽詰まった声に、お母さんはきょとんとする。
その当たり前のように言われた言葉に思わず、面食らう。
「えっ? もしかして、見えているの……あたしだけ?」
あたしは思わぬ事実を目の当たりして息をのむ。
「ほら、わけわからないこと言っていないで、早く食べなさい。遅刻するわよ」
「……うん」
お母さんの言葉に、あたしは戸惑いながらも席に座る。
いつもなら、楽しい朝ごはんの時間。
だけど、周りはステータスだらけ。
おかしな現象が気になって集中できないよ。
それでも何とか朝ごはんを食べ終わると、大慌てで学校に行く準備をする。
すでに、いつもの登校時間は過ぎていたからだ。
「もう、こんな時間! 急がないと!」
あたしはランドセルを背負い、いつもより遅れて家を飛び出した。
小走りで学校に向かっていると、秋のさわやかな風が髪をふわりと揺らす。
あたし、岩内こはるは、いたって普通の小学五年生のはずだった。
少なくとも、昨日までは……。
「うわあっ! 外もステータスだらけ!」
通学路には、様々なもののステータスがあふれ返っている。
あたしは指を動かし、きょろきょろと辺りを見回した。
信号機、電柱、車、バス、自転車。
あらゆるもののステータスが見える。
あっ、そういえば……!
「お母さんのステータスは見えなかったよね。それに散歩中の犬さんのステータスも見えなかった。もしかして、人や動物のステータスは見えないのかな」
頭をフル回転させて、状況を整理する。
「うん、きっとそうだ!」
あたしは一人納得したようにポンッと手をたたいた。
「とにかく、ステータスを気にしすぎちゃ負けだよね。早く学校に行かなくちゃ!」
あたしはゆううつを吹き飛ばすように学校に急いだ。
*
朝の五年三組の教室には、明るい声が飛びかっている。
「おはよー、こはる」
「おはよう」
教室に入ると、あたしはそそくさと自分の席につく。
(黒板、窓、ロッカー、教科書……ダメだ。教室の中も、ステータスだらけだよ……)
周囲の反応にうといあたしでも、ステータスの反応にはどうしても敏感になってしまう。
「みんな、席につけ!」
授業開始のチャイムとともに、教室に入ってきたのは担任の坂田先生と男の子だった。
「新しいクラスメイトを紹介するぞ!」
坂田先生がそう言った途端、教室中がざわつきだす。
「わっ! かっこいい!」
「ちょっ、イケメンだよ!」
「きゃー、素敵!」
クラス中の女の子から黄色い悲鳴が上がる。
「転校生?」
ステータスばかり気にしていたあたしも、そっと前を見た。
さらさらの髪に、まるで王子様のような整った顔立ち。
アイドルのような甘い雰囲気の男の子。
だけど……。
「あ……」
その男の子を見た途端、あたしの顔から一瞬で笑みが消える。
夢でも見ているのかと自分の目を疑った。
だけど、目をそらせない。
怯えるように、強ばった顔で男の子を見つめてしまう。
男の子は黒板の前に立つと、よく通る声で自己紹介を始めた。
「……家庭の事情でこちらに引っ越してきました、緒方瞬です。四年生までは、隣町の小学校に通っていました。よろしくお願いします」
その男の子ーー瞬くんがそう言ってぺこりと頭を下げると、クラス中が再び、ざわつき始める。
そのざわつきのほとんどは、もちろんクラスの女の子たちだ。
「それじゃ……席は、岩内の隣な」
坂田先生は教室内を見渡して、そう口にした。
「……っ」
かっこいい男の子の隣の席。
これが知らない男の子なら、きっと胸がきゅんと震えるんだと思う。
だけど、あたしの身体は予想外の展開を前にして、ガクガクと震え出していた。
だって、瞬くんはあたしの幼なじみの一人で……。
そして、一年前、川に落ちたことがきっかけで、死んだはずなんだから――。
否応なしに、過去の記憶が蘇ってくる。
『瞬くん!』
あの時、川に落ちた瞬くんをどうして助けられなかったんだろう。
あたしはただ、泣きながら、沈んでいく瞬くんを見ていただけだった。
『お願い! 誰か、瞬くんを助けて!』
あたしは思い出す。
あの日までは。
手を伸ばせば届く距離に、いつも大好きな幼なじみはいた。
でも……。
瞬くんが死んだ日。
瞬くんがいなくなってから、毎日が苦しかった。
少しずつ刻まれる時計の針と同じように、今この瞬間も生まれている風。
どこへ導くか分からない風に触れた時――。
聞こえてくるのは、仮初めの現実なのかもしれない。
さびしい、と思うほどの時間は経ったから。
瞬くんへの気持ちは、『特別』と呼べるのかな。
あたしたち三人は、いわゆる幼なじみだ。
遊ぶ時も一緒。
学校に行く時も一緒。
どんな時も、大好きな幼なじみたちがいたという、当たり前の世界。
その一瞬。
そのひととき。
それは今、思い出すと後悔だらけで、何もできなかったという現実が襲ってくる。
だけど、ぎゅっと握られた、もう一人の幼なじみ、隼人の手のひらの温かさ。
それだけが、今のあたしの光だった。
もしも、もう一度、瞬くんと会えるのならーー。
『隼人、瞬くん!』
一歩踏み出した先に待っているのは、大好きな幼なじみたちだ。
怖いものなんて、何もなかった。
*
ステータス。
それはあらゆるものの状態を、数値にあらわしたものだ。
それが突然、見えるようになったら、世界はどう変わるのだろう。
小学五年生の夏休み明け。
その日、あたし、岩内こはるの朝は思いがけない出来事から始まった。
ーーピピピピ………。
ヒヨコ型の目覚まし時計が、元気いっぱいに鳴っている。
重たいまぶたを何とか開けて、ベッドの近くに置いている目覚まし時計を見た。
「……なにこれ?」
その瞬間、あたしはびっくりして目をまたたいた。
『目ざまし時計、レベル5。起きてほしい度100』
ええっ!?
目覚まし時計って、レベルがあるの?
起きてほしい度って、なに?
『目覚まし時計と戦う』
『目覚まし時計を止める』
『寝る』
しかも、謎の選択コマンドまで出てきた!
選択コマンドは、ゲーム中に行動を行う時の選択肢のことなんだけど。
……って寝たら、間違いなく学校に遅刻しちゃうよ!
あたしはおそるおそる、『目覚まし時計を止める』に向かって指を動かす。
すると、目覚まし時計にふれていないのに、ぴたりと音が止まったんだ。
『目覚まし時計の満足度がアップ。目覚まし時計のレベルが6に上がりました!』
「うわわわわっ!?」
あたしは驚いて飛び上がる。
カラフルなメッセージに続いて、またたきする間をなく、新たなメッセージが表示されたからだ。
『イケている目覚まし時計のスキルを覚えました』
イケている目覚まし時計のスキル?
これって、何か意味があるの?
あたしが目覚まし時計に向かって指を動かすと、スキルの説明がふわりと浮かんだ。
『イケている目覚まし時計。効果、目覚まし時計の音が、ヒヨコの鳴き声にパワーアップ!』
うわわっ、最悪!!
めちゃくちゃ使い道がないじゃんーー!!
「ほんとに……なにこれ……?」
ベッドから起き上がり、部屋をゆっくりと見渡した。
その瞬間、あたしの足は情けないことにガクガク震えだす。
だって、ステータスが見えるのは目覚まし時計だけじゃなかったから。
(ランドセル、レベル5。ペンケース、レベル8。アルバム、レベル5。部屋にあるもの、ぜんぶ、ステータスが見える)
あたしはぽかんと口を開けた。
この現象が何故、起きたのかは分からない。
てっきり、こういう現象はゲームやマンガの世界の話だと思っていたけど。
(もしかして、あたし、夢を見ているのかな?)
あたしの現在の気分を簡単に表現するとこうなる。
だって、現実感なんてなかったから。
ステータスが見えるなんて、あり得ない話だよ。
とても信じられないことなのに、その現象は部屋を出てからも続いた。
「うわわっーー!! お母さんーー!!」
恐怖を覚えたあたしは階段を下りて、一階のリビングに向かう。
階段を降りた先には、朝ごはんの香りが漂っていた。
「おはよう、こはる。そんなに慌てて、どうしたの?」
リビングに入ると、お母さんが驚いたように首をかしげていた。
テーブルの上には、フレンチトーストと目玉焼きとフルーツサラダが並べられている。
「お母さん、見て見て!」
テーブルに身を乗り出したあたしに、お母さんが不思議そうにした。
「フレンチトーストがレベル2だって!」
「レベル2? なんの話かしら?」
あたしの切羽詰まった声に、お母さんはきょとんとする。
その当たり前のように言われた言葉に思わず、面食らう。
「えっ? もしかして、見えているの……あたしだけ?」
あたしは思わぬ事実を目の当たりして息をのむ。
「ほら、わけわからないこと言っていないで、早く食べなさい。遅刻するわよ」
「……うん」
お母さんの言葉に、あたしは戸惑いながらも席に座る。
いつもなら、楽しい朝ごはんの時間。
だけど、周りはステータスだらけ。
おかしな現象が気になって集中できないよ。
それでも何とか朝ごはんを食べ終わると、大慌てで学校に行く準備をする。
すでに、いつもの登校時間は過ぎていたからだ。
「もう、こんな時間! 急がないと!」
あたしはランドセルを背負い、いつもより遅れて家を飛び出した。
小走りで学校に向かっていると、秋のさわやかな風が髪をふわりと揺らす。
あたし、岩内こはるは、いたって普通の小学五年生のはずだった。
少なくとも、昨日までは……。
「うわあっ! 外もステータスだらけ!」
通学路には、様々なもののステータスがあふれ返っている。
あたしは指を動かし、きょろきょろと辺りを見回した。
信号機、電柱、車、バス、自転車。
あらゆるもののステータスが見える。
あっ、そういえば……!
「お母さんのステータスは見えなかったよね。それに散歩中の犬さんのステータスも見えなかった。もしかして、人や動物のステータスは見えないのかな」
頭をフル回転させて、状況を整理する。
「うん、きっとそうだ!」
あたしは一人納得したようにポンッと手をたたいた。
「とにかく、ステータスを気にしすぎちゃ負けだよね。早く学校に行かなくちゃ!」
あたしはゆううつを吹き飛ばすように学校に急いだ。
*
朝の五年三組の教室には、明るい声が飛びかっている。
「おはよー、こはる」
「おはよう」
教室に入ると、あたしはそそくさと自分の席につく。
(黒板、窓、ロッカー、教科書……ダメだ。教室の中も、ステータスだらけだよ……)
周囲の反応にうといあたしでも、ステータスの反応にはどうしても敏感になってしまう。
「みんな、席につけ!」
授業開始のチャイムとともに、教室に入ってきたのは担任の坂田先生と男の子だった。
「新しいクラスメイトを紹介するぞ!」
坂田先生がそう言った途端、教室中がざわつきだす。
「わっ! かっこいい!」
「ちょっ、イケメンだよ!」
「きゃー、素敵!」
クラス中の女の子から黄色い悲鳴が上がる。
「転校生?」
ステータスばかり気にしていたあたしも、そっと前を見た。
さらさらの髪に、まるで王子様のような整った顔立ち。
アイドルのような甘い雰囲気の男の子。
だけど……。
「あ……」
その男の子を見た途端、あたしの顔から一瞬で笑みが消える。
夢でも見ているのかと自分の目を疑った。
だけど、目をそらせない。
怯えるように、強ばった顔で男の子を見つめてしまう。
男の子は黒板の前に立つと、よく通る声で自己紹介を始めた。
「……家庭の事情でこちらに引っ越してきました、緒方瞬です。四年生までは、隣町の小学校に通っていました。よろしくお願いします」
その男の子ーー瞬くんがそう言ってぺこりと頭を下げると、クラス中が再び、ざわつき始める。
そのざわつきのほとんどは、もちろんクラスの女の子たちだ。
「それじゃ……席は、岩内の隣な」
坂田先生は教室内を見渡して、そう口にした。
「……っ」
かっこいい男の子の隣の席。
これが知らない男の子なら、きっと胸がきゅんと震えるんだと思う。
だけど、あたしの身体は予想外の展開を前にして、ガクガクと震え出していた。
だって、瞬くんはあたしの幼なじみの一人で……。
そして、一年前、川に落ちたことがきっかけで、死んだはずなんだから――。
否応なしに、過去の記憶が蘇ってくる。
『瞬くん!』
あの時、川に落ちた瞬くんをどうして助けられなかったんだろう。
あたしはただ、泣きながら、沈んでいく瞬くんを見ていただけだった。
『お願い! 誰か、瞬くんを助けて!』
あたしは思い出す。
あの日までは。
手を伸ばせば届く距離に、いつも大好きな幼なじみはいた。
でも……。
瞬くんが死んだ日。
瞬くんがいなくなってから、毎日が苦しかった。
少しずつ刻まれる時計の針と同じように、今この瞬間も生まれている風。
どこへ導くか分からない風に触れた時――。
聞こえてくるのは、仮初めの現実なのかもしれない。
さびしい、と思うほどの時間は経ったから。



