バレンタインの日。
「恭子お待たせ」
部室の前で待っていると如月先輩が駆け寄ってきた。「綺麗な」笑顔で。
「今日、夕食食べる所予約してるんだ。行こう」
私は電話で母の承諾を得て先輩の横に並んだ。先輩は私の歩幅に合わせるようにゆっくり隣を歩いた。
先輩が予約していた店は夜景が綺麗に見えるフレンチ料理店だった。
「今日はバレンタインだからね。俺は思うんだ。女子からチョコをプレゼントするだけじゃなくて、男から愛を告白する日でもいいんじゃないかって」
そうして先輩は私にネックレスを差し出した。
私は。
私は、わかってしまっていた。
好きだと思ったのは、如月先輩。でも、今好きなのは。
「せ、先輩。私、ごめんなさい! 受け取れません」
私は言った。
「え? そんなに高価なものじゃないよ? 心配しないで?」
先輩は笑顔のままそう返した。優しい先輩。優しいのに。
「違うんです」
「じゃあ、どうして?」
「私、先輩に憧れてました。先輩は凄く優しくて、綺麗で……。でも先輩は私に本当の自分を見せてくれましたか? 私は先輩のことがよくわからなかった」
私は手作りチョコレートと、もう一つプレゼントを鞄から取り出した。
「先輩。先輩はもしかして違う高校に双子の兄弟がいませんか? 私がこの数日で、わかった先輩は先輩じゃないのではないですか?」
先輩から笑顔が消えた。
「そ、それは」
「優しい先輩だもの。きっとこの日のためにバイトかなにかをされて、その間入れ替わっていたのではないですか?」
先輩は珍しく唇をかんで黙った。
「先輩。私は豪華な食事も、アクセサリーもいらないです。ただ、一緒にいて、素の先輩をたくさん見せてもらいたかった」
「素?」
「はい。私の前で先輩は笑顔しか見せなかった。でも先輩も感情があるでしょう? 私には心を開いてくださらなかったのですね」
私は涙声になっていた。こういうときに泣くのはずるい。そうわかっていても、どうしようもなかった。先輩を責める資格なんてないのに。
「それは……」
「私はもっと本当の先輩を知りたかった。でも、知ったのは先輩ではない先輩の方でした。……すみません。私も先輩と同じでした。嫌われたくないからなかなか自分を見せられなかった」
私はもう自分を騙すことができなくなっていた。
「どう思われていてもいい。私は、もう一人の先輩のことを好きになってしまいました。本当に、本当に如月先輩には悪いと思っています。ごめんなさい! でも嘘はつけません」
私は深々と頭を下げた。
「そうか……。理由はなんにせよ、兄弟入れ替わって君を騙していた罰だね。俺は大事なことがわかっていなかったんだ」
先輩は肩を落とし、寂しく笑った。それは先輩の素の顔だろう。私は心が痛んだ。でも。
「ごめんなさい。これ、すみませんがもう一人の先輩に渡してください」
私は先ほど取り出したプレゼント、リストバンドを先輩に渡した。
「ふられてもいいんです。ただ私が好きになってしまっただけですから」
私の言葉に如月先輩は首を横に振った。
「竜也も多分、恭子が好きだと思う。最初はしぶしぶ引き受けていたけど、最後のほうは楽しそうだったから。俺らが今会っているから、多分、今頃落ち込んでると思う。直接渡しなよ。携帯番号教えるから」
「先輩! 本当にごめんなさい! ありがとうございます!」
私はプレゼントを手に先輩に背を向け走り出した。
***
私はいつもの駅前まで走って、竜也先輩に電話をかけた。
「もしもし、恭子です!」
「は? 兄貴と会ってるんじゃないのかよ? っとやばい」
「私、如月先輩じゃなくて、竜也先輩を好きになってしまったんです! お願いです。会ってください!」
少しの沈黙。
「今どこにいるんだよ?」
複雑そうな竜也先輩の声が返ってきた。
「いつもの駅前です!」
「わかった。今からすぐ行く!」
15分ほどして、竜也先輩は駅にやってきた。息をきらして。
「わかっちゃったか」
「はい。だって、竜也先輩のほうが態度がそっけなかったから」
笑って私は言った。
「なんでそっけないほうを好きになるんだよ? 兄貴のほうが数倍いい男だぜ?」
「それはわかっています」
「ならなんで?」
「わかりません。一緒にいて楽しかったんです。竜也先輩は感情がわかり易くて」
「馬鹿だな、お前」
「自分でもそう思います」
竜也先輩は額の汗を拭った。
「あ~あ。兄貴に恨まれるだろうなあ。でも、俺もお前のこと好きになってたんだな。ほっとけないっていうか」
私は目を丸くした。
「なんだか、本当に付き合っているような気がして楽しかった。だから今日は悲しかった。恭子は兄貴の彼女で、俺はその代役でしかなかったと思うと」
「じゃあ、今は悲しくないですよね? 楽しかった、じゃなくて、これからも楽しい時間になりますよね?」
私の言葉に竜也先輩は私を抱きしめた。
「きゃあ!」
「すげー俺、嬉しい! これからもよろしく!」
***
如月先輩は相変わらず優しくて、竜也先輩とのことの相談にまでのってくれる。凄く申し訳ないことをしてしまったのに。
いつか先輩に素を見せられる彼女ができればいいな、と思う。
竜也先輩はというと、私があげた白のリストバンドをして私の隣にいる。
竜也先輩は相変わらず喜怒哀楽がはっきりしていて、一緒にいてとても楽しい。
乱暴な言葉遣いも、慣れればそれだけ気を許している証拠のような気がしてくるから不思議だ。
「おい、恭子。欲しいものあるのか?」
もうすぐホワイトデーだからだろう。ストレートに竜也先輩が聞いてくる。
私の答えは決まっている。
「竜也先輩との時間! それだけで十分です」
了
「恭子お待たせ」
部室の前で待っていると如月先輩が駆け寄ってきた。「綺麗な」笑顔で。
「今日、夕食食べる所予約してるんだ。行こう」
私は電話で母の承諾を得て先輩の横に並んだ。先輩は私の歩幅に合わせるようにゆっくり隣を歩いた。
先輩が予約していた店は夜景が綺麗に見えるフレンチ料理店だった。
「今日はバレンタインだからね。俺は思うんだ。女子からチョコをプレゼントするだけじゃなくて、男から愛を告白する日でもいいんじゃないかって」
そうして先輩は私にネックレスを差し出した。
私は。
私は、わかってしまっていた。
好きだと思ったのは、如月先輩。でも、今好きなのは。
「せ、先輩。私、ごめんなさい! 受け取れません」
私は言った。
「え? そんなに高価なものじゃないよ? 心配しないで?」
先輩は笑顔のままそう返した。優しい先輩。優しいのに。
「違うんです」
「じゃあ、どうして?」
「私、先輩に憧れてました。先輩は凄く優しくて、綺麗で……。でも先輩は私に本当の自分を見せてくれましたか? 私は先輩のことがよくわからなかった」
私は手作りチョコレートと、もう一つプレゼントを鞄から取り出した。
「先輩。先輩はもしかして違う高校に双子の兄弟がいませんか? 私がこの数日で、わかった先輩は先輩じゃないのではないですか?」
先輩から笑顔が消えた。
「そ、それは」
「優しい先輩だもの。きっとこの日のためにバイトかなにかをされて、その間入れ替わっていたのではないですか?」
先輩は珍しく唇をかんで黙った。
「先輩。私は豪華な食事も、アクセサリーもいらないです。ただ、一緒にいて、素の先輩をたくさん見せてもらいたかった」
「素?」
「はい。私の前で先輩は笑顔しか見せなかった。でも先輩も感情があるでしょう? 私には心を開いてくださらなかったのですね」
私は涙声になっていた。こういうときに泣くのはずるい。そうわかっていても、どうしようもなかった。先輩を責める資格なんてないのに。
「それは……」
「私はもっと本当の先輩を知りたかった。でも、知ったのは先輩ではない先輩の方でした。……すみません。私も先輩と同じでした。嫌われたくないからなかなか自分を見せられなかった」
私はもう自分を騙すことができなくなっていた。
「どう思われていてもいい。私は、もう一人の先輩のことを好きになってしまいました。本当に、本当に如月先輩には悪いと思っています。ごめんなさい! でも嘘はつけません」
私は深々と頭を下げた。
「そうか……。理由はなんにせよ、兄弟入れ替わって君を騙していた罰だね。俺は大事なことがわかっていなかったんだ」
先輩は肩を落とし、寂しく笑った。それは先輩の素の顔だろう。私は心が痛んだ。でも。
「ごめんなさい。これ、すみませんがもう一人の先輩に渡してください」
私は先ほど取り出したプレゼント、リストバンドを先輩に渡した。
「ふられてもいいんです。ただ私が好きになってしまっただけですから」
私の言葉に如月先輩は首を横に振った。
「竜也も多分、恭子が好きだと思う。最初はしぶしぶ引き受けていたけど、最後のほうは楽しそうだったから。俺らが今会っているから、多分、今頃落ち込んでると思う。直接渡しなよ。携帯番号教えるから」
「先輩! 本当にごめんなさい! ありがとうございます!」
私はプレゼントを手に先輩に背を向け走り出した。
***
私はいつもの駅前まで走って、竜也先輩に電話をかけた。
「もしもし、恭子です!」
「は? 兄貴と会ってるんじゃないのかよ? っとやばい」
「私、如月先輩じゃなくて、竜也先輩を好きになってしまったんです! お願いです。会ってください!」
少しの沈黙。
「今どこにいるんだよ?」
複雑そうな竜也先輩の声が返ってきた。
「いつもの駅前です!」
「わかった。今からすぐ行く!」
15分ほどして、竜也先輩は駅にやってきた。息をきらして。
「わかっちゃったか」
「はい。だって、竜也先輩のほうが態度がそっけなかったから」
笑って私は言った。
「なんでそっけないほうを好きになるんだよ? 兄貴のほうが数倍いい男だぜ?」
「それはわかっています」
「ならなんで?」
「わかりません。一緒にいて楽しかったんです。竜也先輩は感情がわかり易くて」
「馬鹿だな、お前」
「自分でもそう思います」
竜也先輩は額の汗を拭った。
「あ~あ。兄貴に恨まれるだろうなあ。でも、俺もお前のこと好きになってたんだな。ほっとけないっていうか」
私は目を丸くした。
「なんだか、本当に付き合っているような気がして楽しかった。だから今日は悲しかった。恭子は兄貴の彼女で、俺はその代役でしかなかったと思うと」
「じゃあ、今は悲しくないですよね? 楽しかった、じゃなくて、これからも楽しい時間になりますよね?」
私の言葉に竜也先輩は私を抱きしめた。
「きゃあ!」
「すげー俺、嬉しい! これからもよろしく!」
***
如月先輩は相変わらず優しくて、竜也先輩とのことの相談にまでのってくれる。凄く申し訳ないことをしてしまったのに。
いつか先輩に素を見せられる彼女ができればいいな、と思う。
竜也先輩はというと、私があげた白のリストバンドをして私の隣にいる。
竜也先輩は相変わらず喜怒哀楽がはっきりしていて、一緒にいてとても楽しい。
乱暴な言葉遣いも、慣れればそれだけ気を許している証拠のような気がしてくるから不思議だ。
「おい、恭子。欲しいものあるのか?」
もうすぐホワイトデーだからだろう。ストレートに竜也先輩が聞いてくる。
私の答えは決まっている。
「竜也先輩との時間! それだけで十分です」
了



