「いつも座っているね。誰かを待っているの?」
先輩がやってくるのが見えて、いつものように下を向いて笑みを殺していたときだった。
突然先輩の声がふってきた。
(嘘?!)
「あれ、無視されちゃった?」
私は慌てて頭を横に振り、声のしたほうに顔を上げた。先輩の綺麗な目が見えて、どきどきした。
「ち、違います。無視したんじゃない、です」
「そ? よかった」
「友達を、待っているんです」
(本当は先輩を、とは言えない)
「そうなんだ。いつも見かけるから。暑くない?」
「えっと、太陽が好きなので」
確かに8月、蒸すような暑さにくらくらすることはある。でも、先輩を見られるならそれも我慢できるのが乙女心というものだ。
如月先輩はくすりと笑った。
「お友達、早く来るといいね」
「はいっ!」
それからは部室にくる先輩と時々話せるようになった。それだけで十分なはずなのに、欲は尽きることなく話すだけでは満足できなくなっていった。もっと話して、先輩のことを知りたい。どうやったらもっと親密になれるのだろう。
「告っちゃいなよ」
聡子はそう言うけれど、それは勇気がなくてできなかった。そのまま秋が来て、冬になった。相変わらず私と先輩は「後輩と先輩」だ。
***
そんなある日。
「いつも人待ちお疲れ様。最近は寒くなったけど、大丈夫?」
「え、えっと、この冷たい澄んだ空気が好きなんです」
いつも変なことしか言えない自分が情けない。
そんな私に先輩はまた綺麗に笑った。
「風邪ひかないようにね。これあったかいよ? あげる」
先輩はそう言って、缶コーヒーとココアをブレザーの両ポケットから取り出した。
「どっちがいい?」
「あ、私、コーヒーは苦手なんです」
「じゃあココアのほう。はい」
「ありがとうございますっ!」
先輩がくれたココア。缶は記念に取っておこうと思いながら、
「いただきます」
私はココアを一口飲んだ。隣で先輩も缶のふたをあけた。
「温かい……。美味しいです。本当にありがとうございます」
「それはよかった。それにしてもこんな寒空の下、毎日待ってもらえる友達は幸せだね」
「あ」
私は困ってしまった。もちろん聡子とは一緒に帰っているけれど、なにも外で待つ必要はない。
「ん?」
「あの……! 私! 私、先輩に会いたいから……。だから外で待っているんです!」
勝手に零れた言葉にはっとして、口元を押さえた。
「え? えっと、俺を待っていたの?」
私は覚悟を決めた。
「はい。先輩が部室に寄るのを知っているから……。私、純粋じゃないんです!」
如月先輩は驚いた顔で私を見ていた。
「夏ぐらいからだっけ? 俺を待って?」
私は顔が熱くなるのを感じて、逃げ出したくなったが、
「はい」
と頷いた。
「そっか……」
手にしているココアの缶が少しずつ冷めていくのが分かった。
「あのっ! 私の片想いなので、気にされないでください! 気まずくなるのはいやなので、今までどおりに接してください! そ、それでは!」
沈黙に耐え切れずに私はそう言うと、部室の中へ入ろうとした。そのとき。
「あ、待った!」
先輩の声が響いた。
「えーっと」
如月先輩は少し言いよどんだ。
「じゃあ、さ。時々隣の部室から聞こえてきた『先輩』というのも、俺、なのかな?」
私は勢いよく顔を上げた。先輩と目が合い、またそろそろと視線を下げる。
(そうだよね。先輩の声が聞こえるってことは、こっちの声も聞こえていたってことだよね。私、なんて恥ずかしいことをしてたんだろう……!)
耳が熱い。泣きそうになる。
「あの、すみません! こちらの声が聞こえているなんて思わなくて……!」
とにかく逃げだしたい。私は、
「すみませんでした!」
とお辞儀をすると、今度こそ部室のドアに手をかけた。
「謝ることじゃないと思う。それだけ俺のことを想っていてくれた証拠だよね? えっと、むしろ嬉しいよ」
聞こえてきた先輩の声に私は振り返った。
少し頬を赤くした先輩がそこにいた。
「えっと、こういうときどうすればいいかわからなくてごめんね」
私は自然と笑顔になった。
「いえ、そう言って頂けるだけで私は幸せです。やっぱり、先輩は思ったとおり優しい方です。それじゃ」
「や、まだ話は終わっていないんだ」
先輩の困ったような言葉に私は首をかしげた。
「俺、付き合ったこと一度もなくて、よくわからないんだけど、君のことはもっと知りたいと思うんだ。俺も毎日君がいるか確認していたんだ。友人を待っていると聞いて安心した自分がいた。だから、よければ、その、付き合わない?」
私はしばらく放心していた。そして、
「あの、先輩が付き合ったことないなんて、信じられないです」
と見当違いな言葉を発して、また自分の口元に手を当てた。
「え? ふ、あはははは」
先輩は少し砕けた様子で笑っていた。
「そうかな? 俺、もてないよ。好きな人に勇気がなくて告げれずに終わったこともあるし。君は勇気があるな、と思う」
「それは先輩があまりにも素敵だから告白できないだけで、もてないとは違うと思います」
なんだか妙な会話になっているとは思っても、現実感のない私は、夢だからよくわからないことになっているんだろうと思っていた。
「なんだか照れるね。それで俺は付き合ってもらえるのかな」
私は自分の体が浮いているのではないかという錯覚がした。
「私でいいのでしょうか? もしいいのでしたら、よろしくお願いします。如月先輩」
深々と頭を下げた。片手で、ほほをつねりながら。痛いか痛くないかもよくわからなかった。
こんな夢のようなことがあっていいのだろうか?
「よかった。じゃあ、君って言うのもなんだから、名前教えてくれるかな?」
「前田恭子です。よろしくお願いします」
「俺は如月裕也。よろしくね」



