わたし――伊藤桐花は憂鬱だった。一人でいるのは楽だし、一人でいる時間は大好きだ。それでも、取り繕えぬ“孤独”はわたしのことを蝕んだ。
今日もいつも通り電車の人混みの中で、揺れている。片耳にワイヤレスのイヤホンを突っ込み、そこから流れる音楽で、できる限り思考を止めた。それでも、脳内には誰かの思考がノイズのようにじりじりと聞こえる。
わたしは電車を降りると、すぐに手元のスマホに視線を落とした。
〈株式会社「おくすり」、福岡に拠点変更か――〉
福岡……わたしの住んでいる県と同じだ。
株式会社「おくすり」は今、日本で一番稼いでいるとかいう噂の製薬会社。そして、わたしの希望である。
《異能力を制御する薬を作ります。何がなんでも》
あの時、わたしはこれだと思った。何かがパズルのようにピタッとハマった気がした。
プロジェクト「グリーン」では、集められる限りの異能力者の血液を採取している。わたしは毎月、採血に協力しているのだ。一刻も早く、自分を縛りつける「異能力」から解放されるため。
わたしはスマホの画面をずっと見続けた。そして検索ワードに〈#異能力者〉と打ち込む。
〈異能力者とかいるわけないだろwwwおくすりも終わったな〉
〈なんかおくすりの社長最近バカになった?w異能力者てなんやねんw〉
通学路の緩い坂を登る。しかしわたしの視線はスマホの画面に吸い込まれていて、周りの音など聞こえていない。
「早くしろよー。門閉めるぞ!」
門番をしている教員の声で、あたりの生徒たちがちらほら足早になる。わたしはそれにすら気づかず、画面の奥の「アンチたち」に熱中していた。
「おい伊藤!早くせんか!!」
流石にその声には気づいたわたし。わたしはイヤホンを耳から取り外すとポケットに入れ、さっさと走り出した。
「そこのお前もだ!!」
門番の教員がわたしの近くにいた生徒へ怒りを向ける。教員の腹立たしそうな思考がわたしの頭に流れてきた。わたしも近くを歩いていた生徒へ視線をずらす。
わたしの近くを歩いている男子生徒。朝日を浴びて輝く金髪、雪のように白い肌――と凍てつくように冷たい表情。彼は教員を見るなり、刺すような視線で彼を黙らせる。
「……ああもうさっさと行け!!」
教員は頭をかきながら男子生徒を睨みつけた。わたしも少し気になったので金髪の男子生徒をもう一度見てみた。すごい……この世のものとは思えないほどの美形男子だ。
ヘッドホンをかけたその男子生徒は、一瞬だけこちらへ視線を向けたものの、すぐに校舎へ向かって歩き出した。わたしは彼と二人静かに歩く。気まずい空間に耐えきれず、わたしは教室まで走った。
―― ―― ――
教室へ入るとすぐにわたしは机へ突っ伏した。わたしへ話しかけてくる人は誰もいない。一番後ろの端から二番目の席。突っ伏したまま窓際へ顔を向けた。そこで一握りの違和感を覚える。
(こんなところに席なんてあったっけ?)
ここには普段、誰の席もなかった。机すら設置されていなかったはずなのに。まあ、どうでも良いことか。わたしは腕の中に小さな顔を埋めた。
寝ている時ですら人の心を読み取ってしまうことがある。昨日がまさにそれだった。昨日はほとんど寝れていない。
昨日寝れなかった分、ここで寝よう。そう思い目を閉じたその時だった。
「はーいみんな席に着いてね」
担任の岩崎利伸が入ってきた。かなりの高身長で完璧なイケメン歴史教師。そんな岩崎は女子生徒たちの憧れの的だった。若く雰囲気のいい彼は、人の心を掴むのが一流で、よく生徒たちからラブレターやプレゼントを貰っている。
岩崎の後ろに立っているのは、輝かしい金髪の男子生徒。少し長めの前髪から溶けそうなほど甘い瞳がふたつ覗いている。教室中の生徒たちがぞろぞろ席につき始め、生徒たちの視線は好青年の後ろに立つ金髪の生徒に釘付けだ。
『――やば金髪じゃん』
『――え、何この人カッコよ』
わたしの脳内へ飛び込んでくる思考の渦。わたしは頭を抱えながら彼の顔を見た。
金髪、甘い顔立ち、身長、線の細い体つき……。今朝会った人とそっくりだが、どことなく違うような気もする。別人かもしれないのでわたしは黙ったまま彼を観察することにした。まあ、今朝の彼と同じであったとて、クラス同じだったんだ、としか思わないが。
岩崎は生徒たちへ背を向けると、黒板に慣れた手つきで文字を書き始めた。振り返りながら岩崎は彼を紹介する。
「転入生の伊野尾真昼くんでーす。では自己紹介を――」
と岩崎の笑顔がこちらへ向けられた。わたしの横には突然現れた謎の席……。岩崎は彼へバトンタッチしようとするが金髪の彼――伊野尾真昼は微笑を浮かべたまま黙っている。
「えっと、伊野尾くん?」
伊野尾くんの目が背の高い岩崎の方をちろっと見る。しかし空気が読めないのか彼はまだ笑顔を浮かべたままだ。
(……あれ?)
彼と目が合う。すると彼は少しだけニコッと笑いかけてきた。周りの視線がわたしへ向く。
『――なんだ結局顔じゃん』
『――良いよね顔が整ってる奴は』
こちらを見た生徒たちの怒りがわたしへ直接流れる。これだから嫌なのだ。わたしは急いで誰かの生徒と目を合わせようとしたけれど、誰もわたしと目を合わせてくれない。
わたしの異能力『ヒトリテレパシー』の解除条件――言い換えると人の心を読まなくて済む条件――は「他人と目を合わせること」だ。逆にいうと他人と目を合わせていない時は他人の脳内がダダ漏れなのだ。解除条件を満たしても、目を合わせていない人の思考は読めるのでほとんど意味はないけれど。この解除条件はわたしが経験の果てに見出したものである。
「がんばりまーす」
やっとおかしな空気に気づいた伊野尾くんは、ふうと息を吐くと教室中を見渡しながら笑顔のまま言う。岩崎は終始困った様子だったが、なんかもう面倒くさくなったのだろう。これでよしとしてしまった。
「……じゃ、じゃあ伊野尾くんの席はあそこね」
「え」
岩崎の指が窓際の席へ向いている。わたしはまさかと思っていたけれど、そのまさかだったので目を丸くした。見た目通りのおっとりした足取りで伊野尾くんが近づいてくる。窓際へ近づいて輝く金髪。
「よろしく」
甘い口元が揺れ動いた。彼と目が合い、流れていた思考が停止する。普通なら周りの人の思考が流れてくるはずなのに。
「あ……うん」
横の席にいる金髪の彼。わたしは急に変な気がして目を逸らした。
『――……あー、眠』
(えっ?)
不意に流れてきた彼の思考。左側を見るとすやすや寝ている伊野尾くんの姿が飛び込んできた。何やらお経のように寝言を唱えている。
「え?もう寝てる?」
まだ一時間目の授業すら始まっていないというのに……。これは想像以上の問題児かもしれない、と岩崎が己の口を両手で押さえた。
ふと聞こえてきた彼の寝言は「せいぎょやく」と言っているように聞こえたけれど、きっとこれはわたしの自意識過剰だろう。
「伊野尾くん……?」
隣の席の転入生、伊野尾くんは少し……いや、だいぶ変わった人かもしれない。
