婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

 数日後、ミラジェーンは王城での仕事を終え、帰宅しようと馬車へ向かっていた。

 途中、窓から外を見ると、中庭の訓練場で兵士たちが汗を流しながら訓練にいそしんでいた。

 その中に、銀の髪が揺れるのが見えた。

 ミラジェーンは早足で廊下を通り過ぎ、訓練場へ向かった。


 夕日に照らされた訓練場には、兵士たちの掛け声や木剣の打ち合う音が響いていた。その隅で、銀の髪を汗で濡らし、木剣を振る青年がいた。


「ブライズ嬢、殿下をお呼びしましょうか?」


 兵士に稽古をつけていた騎士の一人がミラジェーンに気づいて声をかけた。

 しかし、ミラジェーンはゆっくりと首を振った。


「いいえ、結構です。皆様もわたくしには構わず、訓練をお続けください。ですが、設備や装備品に不足があればお知らせくださいませ」

「承知いたしました。ブライズ嬢も何かあればお声がけください」


 騎士は一礼して訓練に戻っていった。

 ミラジェーンは黙したまま、エースが木剣を振る様子を見つめていた。

 空のオレンジに藍色が混ざるころ、エースが振り返った。


「ミラ、いつからいたのさ」

「半時ほど前からでしょうか。お気になさらず。もうしばらく、見学させてくださいませ」


 エースは近くにあったタオルで顔を拭い、笑った。


「いいよ、いつまでも見ていてくれ、俺のことを」

「はい、見てます。ずっと見てます」


 ミラジェーンはタオルを受け取り、豆だらけの硬い手を撫でた。

 エースも同じように、インクで黒ずみ、ペンだこのできた華奢な手を握った。

 やがて二人は手を離し、エースは訓練に戻った。

 ミラジェーンはその背中を見つめていた。


 風が吹いた。

 秋の匂いを含んだ風が、夕日を受けて星のように輝く銀の髪を揺らしていた。