婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

「殿下」

「ミラ……婚約者殿は?」

「エリオット様でしたら、ご友人を見送られてから控え室に向かうと仰っておりました」

「そうか。お疲れさま。大変だっただろう。一緒にバルコニーで休憩しないか」

「ですが片付けが……」


 ミラジェーンが首を横に振りかけたが、隣に立っていたアドルフが、その頭を撫でた。


「そんなに急がなくていいよ。俺たちも控え室でオリン公爵夫妻の歓待があるしね。片付けは家の者がやるし、俺たちが見張っていたら侍女たちもつまみ食いしにくいだろう」


 アドルフが振り向き、つられてミラジェーンも振り向いた。

 片付けを始めていた侍女や使用人たちが、にこりと微笑んだ。


「……それもそうですわね。料理長から、今日の料理は特に力を入れているから残されたら悲しいと申し付かっておりますわ。そういえば、持ち帰り用のバスケットが棚にありましたわね」

「そういうわけだ。片付けは任せる」


 アドルフが侍女や使用人たちにバチッとウィンクして去っていった。


「わたくしたちもしばらくはバルコニーで休憩しております。判断が必要であれば、声をかけてちょうだいな」

「あ、飲み物だけいただいてもいいかな。ミラに温かい紅茶がほしいのだけど」


 エースが言うと、侍女の一人が素早く下がり、紅茶とコーヒーを一揃え盆に乗せて戻ってきた。それを見た使用人が数名進み出た。


「ではバルコニーにテーブルと椅子もご用意しましょう。少々お待ちください」

「かえって仕事を増やしてしまったわね」

「とんでもないことでございます。お嬢様のご活躍に、我々使用人一同、感服の思いでございます。あんなに小さかったお嬢様が……」

「ミラは愛されてるねえ」

「おやめください、殿下ったら。ありがとう、みんな。皆さんの活躍のおかげで無事にパーティを終えられました。では、また後ほど」


 エースが腕を曲げたので、ミラジェーンは手を添えてゆっくりとバルコニーに向かった。

 しかし、先にバルコニーに出たエースが、ふと立ち止まった。


「殿下?」

「あ……いや、少し椅子の向きを変えてもいいかい? あちらにある明るい星を見たいんだ」

「ぜひ」


 ミラジェーンが頷くとエースは素早く椅子とテーブルを移動し、自身は外側に腰を下ろした。


「今日はお疲れさま、ミラ。足が痛むんじゃないのかい? 軟膏はある?」

「大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」

「彼にはちっとも気遣いというものがないみたいだから」

「彼?」

「こっちの話さ」


 エースは薄く微笑んでから、バルコニー下の庭園を一瞥し、再びミラジェーンを見つめた。


「ミラ、困ったことがあったら、いつでも相談してほしい。君が苦しんでいるときに助けられないことが俺にとってはつらいから」

「……殿下? ……はい、わかりました。何かあれば頼らせていただきます。でも、今さら仰らずとも、私はずっと殿下を頼らせていただいておりますよ」

「もっとってことだよ」


 切ない顔で微笑むエースを、ミラジェーンはじっと見つめた。

 その瞳に星の光が反射して、一瞬、瞳孔が縦長に見えた気がしたけれど、きっと気のせいだろうと、ミラジェーンはティーカップで緊張で冷えた手を温めた。