鬼同期が家だとオカンだったし、その後スパダリに進化した

「あー、うん」


 長谷川は曖昧な顔で頷いて、コーヒーを飲んだ。


「えっと、悪い。仕事って、そんなもんだと思ってた。あと、引っ越し準備が忙しくて、イライラしてた」


 おお、長谷川が謝った。

 なんだ、ちゃんと謝れるんじゃん。


「いいよ、別に。気づいて、そこで直してくれれば。あのね、忙しいなら私に仕事振っちゃっていいよ。そもそもそういう役割なんだし」


 できるだけサラッと言うと、長谷川が渋い顔で私を見た。


「いや、でもプライベートなことで仕事に影響出すのはさ。立花の仕事増やすのも嫌だし」

「はあ?」


 しまった。ついイラッとして本音が出た。

 長谷川が、少し目を丸くしてこっちを見た。


 手元のコーヒージョッキを抱え直しながら、言葉を選ぶ。


「あ、ごめん。えっとね、そもそも長谷川がキツイ言い方するから、後輩とか周りのフォローを私がしてて、その時点でまあまあ仕事増えてるんだよね」

「う、ごめん」

「それにさ、プライベートでって言うけど、じゃあ戸部先輩が育児のために時短勤務で先に帰るのは気になる?」


 長谷川がぱちっと目を開いて、私を見た。


「いや、戸部さんはそういう契約で復帰してもらってるし」

「じゃあ、別に長谷川が私に仕事を振ってもいいと思うよ。長谷川は営業、私は営業事務。もちつもたれつ」

「……そうかな」

「そうそう。同期だし、お隣さんだし、頼ってくれていいよ。営業の補佐する分のお給料はちゃんともらってるから」

「いや、同期じゃなくても補佐しろよ、営業事務だろ」


 長谷川は突っ込んでから苦笑して、「そうだよな」と頷きながらコーヒーをすすった。

 正直、長谷川のイライラで仕事増やされるわ部署の空気悪くなるわってなるくらいなら、最初から仕事振ってもらったほうがトータルのストレスは少ないんだよね。


 さすがに言わないけど!


「うん。いきなりは無理だけど、ちょっと考えてみるわ」


 コーヒーを飲み終えた長谷川が、カップの底を眺めながら言った。


「そういや、なんでこの時期に引っ越し? シーズン過ぎてるよね」


 今は五月半ば。引っ越しなら、年度替わりの時期がシーズンじゃない?


「シーズンだと引越し屋が高いだろ」

「へえ」

「それくらい常識だろ……。あと俺の実家がリフォームするから、いいタイミングだし出てきた。地味に遠かったんだよな」

「ふうん。じゃあ、これからは飲み会も最後までいるようになる?」


 長谷川はいつも終電が早いとかなんとか言って、飲み会を途中で抜けていた。

 私も飲み会でまで説教されたくないから、あんまり近寄らないようにしてたし、それ以上のことは知らないんだけど。


「どうしようかな。あんま好きじゃねえんだよな。うるさいじゃん、飲み会」

「そう? まあ、私は飲めればなんでもいいから」

「あー、立花いっつもバカみたいに飲んでるもんな」

「そういうとこだよ。悪かったね、バカみたいに飲んでて」


 バカみたいに飲んでますけどね!

 私は長谷川が何飲んでるかなんて知らないのに、なんでこいつは私のこと知ってるんだ。


「悪かったって。でも立花がウワバミっつうかザルなの、営業部で有名だからな? 飲み放題で元取るなら立花連れてけって」

「マジで……」


 そうなんだ……知らなかった……。まあ、だからって自重する気はないし、そういう噂になってるなら、どんどん誘ってくれていいんだけど。

 手元を見ると、私のコーヒーも空になっていた。ジョッキから手を離して、足元のカバンを肩に掛ける。


「まあ、いいや。話も終わったし、私帰るね」


 お会計を済ませて、一緒にコメダを出た。

 エビカツサンド代も四分の一払ったし、これで明日からちょっとでも快適に働けるなら安いもんだ。


「近くのスーパーだけ教えてくれねえかな。冷蔵庫が空っぽなんだ」

「スーパーはね、ここ真っ直ぐ行った右手にあるよ」

「サンキュ」

「駅の行き方は大丈夫?」

「んー、明日このあたり散策するわ」

「そっか。困ったり迷ったら連絡ちょうだい」


 社用スマホには最初から社員全員の連絡先が入ってるし、営業部のグループトークを見れば、私の連絡先もすぐ分かるはずだ。


「……ありがと」

「いーえ。また会社で」


 手を振って長谷川に背中を向けた。