鬼同期が家だとオカンだったし、その後スパダリに進化した

 火曜日の朝はいつもより少し遅めに家を出たから、長谷川とは顔を合わせなかった。あいつはだいたい、私が会社に着く頃にはもうパソコンを開いて仕事を始めている。


「はよー」

「はよ。昨日はサンキュ」

「『ありがとう、美颯ちゃん♡』は?」

「言わねえ」

「あはは」


 呆れた顔の長谷川から目を逸らして、私も自分の席に座った。


 午前中はいつもどおり、ちゃかちゃか仕事を片づける。

 午後は、バディを組んでいる丹沢(たんざわ)先輩の客先訪問に同行する予定だから、その準備に追われていた。

 帰りが何時になるかわからないから、時短勤務の戸部先輩とは先に打ち合わせを済ませて、あとは……。


 昼前にはいったん仕事を切り上げて、化粧を直しておく。

 お手洗いから出て営業部に戻ろうとしたところで、給湯室にいた長谷川に呼び止められた。


「立花、今いいか?」

「ちょっとね。昼から出ないといけないんだ」

「すぐ終わる。昨日サンキュ。確認した」

「ああ、どうだった?」


 問題なしとか、ここが微妙とか、そんな感じでさらっと返されるかと思ったのに、長谷川はなぜか眉間にシワを寄せた。

 なんかまずいところあったかな。

 めっちゃ説教されるかなあ。

 思わず身構えると、長谷川は渋い顔のまま、低く唸るように口を開いた。


「立花って、もしかしてすげー仕事できるやつ?」

「はあ?」

「紫の企画書、誤字脱字ひとつなかったし、内容もめちゃくちゃ綺麗にまとまってた」


 大げさな言い方に吹き出しそうになったけど、長谷川の眉間のシワが思ったより深刻そうで、なんとか笑うのをこらえた。


「いやそれ、紫くんのテキストエディタの誤字脱字チェック機能がオフになってただけだよ」

「それならそれで自分でちゃんと確認しろっつー話だけどさ。え、なんで?」

「ちょっと前にシステムのアップデートあったでしょ。あのとき操作ミスしたんじゃない?」

「そそっかしいもんなあ、あいつ。あと客先の情報も見やすかった」

「そう? 営業事務ならみんなあんな感じでまとめない?」


 首を傾げると、長谷川がぽかんとした顔でこっちを見た。

 戸部先輩でも、他の営業事務でも、まとめたらたぶん似たような感じになる。

 だって営業事務口伝の手順どおりにやっただけだし。


「そうなんだ?」

「そうだよ。他の子と同じでしょ?」

「いや、俺そういうの今までやってもらったことなくて」

「えっ、なんで? 長谷川についてる秦野(はたの)ちゃんは?」

「企画書の下読みとか、新幹線のチケット手配とかは頼んでたけど。直接顧客に関わることは、自分でやってたから」

「いや、秦野ちゃんにやらせなよ。秦野ちゃんの経験値が入らないじゃん」

「……そうだよなあ」


 やっと長谷川の眉間のシワは消えたけど、今度はなんだかぼんやりした顔になっていた。

 やだなあ。何ひとりで抱え込んでんのさ。


「えー、なにそれ。……あ、やば、時間だ。私も午後は出なきゃ。長谷川もこれから客先でしょ? あそこの担当さん、柏餅好きだよ。じゃあね」

「待て、なんだその情報……」


 私は慌てて営業部へ戻り、丹沢先輩に声をかけて、そのまま会社を出た。

***