初恋は、終電の先に

 翌朝、私はまたベッドに寝転がったまま、スマホをじっと睨んでいた。

 まだカーテンは開けていなくて、でも隙間から明るい日差しが細く部屋の中に差し込んでいた。


「返事……したほうがいいかな」


 でも、なんて?

 スタンプ一個に、なんて返せばいいの。

 先輩は、返事をくれるだろうか。

 一昨日の晩の「会いたかった」と「また」を、私は本気にしていいのかな。

 いやいやいや。

 たぶん、思い出を美化しすぎてるし、起きたことも都合よく考えすぎてるんだと思う。

 起き上がって身支度して、とりあえず外に出よう。



 また駅前まで歩いて昼ごはんを食べて、夜ごはんを買って、帰ってきた。

 ……途中で本屋さんに寄ったら、先輩のアイコンになってる本の続きを見つけてしまって、それもつい買ってきた。

 これをニャインのアイコンにしたいって一瞬思ったけど、さすがにキモすぎるからやめておく。

 スマホを見ると先輩のことばっかり考えちゃうから、電源を切って、ベッドに置きっぱなしにしていた本を開いた。



 何度も読んだ本だけど、久しぶりに読むとやっぱり面白くて、この本が好きだって言ってた先輩のことが、私はやっぱり好きだと思った。

 スマホの電源を切ったくらいで、先輩のことを忘れられるわけがない。

 諦めて、スマホの電源を入れ直した。

 先輩から送られてきたスタンプは、キャラクターが「やあ」と手を振っているものだ。

 今度はあんまり悩まずに、そのキャラクターの友達が「久しぶり」って言ってるスタンプを送り返した。

 よしよし、なるようになれ。


「え……っ?」


 すぐに、既読がついた。

 いやいやいや、早すぎでしょ!?

 一分も経ってないけど?

 驚きすぎて、スマホを落としそうになった。一人でわちゃわちゃお手玉していたら、スマホがブブッと震えた。


『金曜日、ちゃんと帰った?』


 たった一行のメッセージなのに、胸がじんわり熱くなる。


「え、えっと、帰りました……って、もう既読ついた」

『よかった。いつも遅いの?』


 早い早い! ちょっと心の準備をさせていただきたく!

 慌ててスマホに返事を打ち込む。


「週の半分くらい終電です」


 また一瞬で既読がついた。そして間髪入れずに返事が来た。


『俺もだよ』

「……どうしよう」


 また会いたいとか、会いたかったとか、そういうこと、言ってもいいのかな。

 悩んでたら、またスマホが震えて、今度は着信が来た。


「は、はい……!」

『今少しだけ話せる?』


 電話越しに聞こえた声に、思わず泣きたくなった。

 金曜日の夜と同じ……十年前と同じ、低くて優しい声だった。


「だいじょぶです」

『秋谷、いつも七号車に乗ってる?』

「え? たぶん……あんまり意識してませんでしたけど」

『わかった。じゃあ、今度から俺も終電に乗るときは七号車に乗る。ごめん、出先なんだ。どうしても聞きたかったから電話しちゃった。また終電で』

「は、はい、また……」


 気づいたときには通話が終わっていた。

 えー……?

 今の、何だったのさ……。

 手元のスマホを、ぽかんと眺めていた。

 それから、机の上に置きっぱなしだった買ってきた本に目をやった。

 先輩は、私に会いたいって思ってるってことでいいのかなあ。

 私が先輩に会いたすぎて、そう聞こえてるだけかもしれない。

 のろのろとスマホを持ち上げて、机の上の本を写真に撮った。

 ニャインのアイコンを、会社で使っているハサミの写真から、今撮った本の写真に変えておいた。

 我ながらキモいけど、なんていうか、先輩にどう主張すればいいのか分からなかった。

 わからないなりにでも、今度こそ何かは主張しておきたかった。


 窓の外は暮れなずんでいて、部屋の中もオレンジの光にやわらかく染まっていた。

 スマホで空の写真を一枚撮る。

 先輩は外にいるって言ってたから、きっとこのオレンジ色を見ているんだろう。


 私はまた、先輩と同じ景色を見られるのが、嬉しくて仕方なかった。