それでも、電車はやってきた。
先輩が昨日乗ってきたのは、私が乗ってから二つ目の駅。
ドアの横に立って、閉まるのを待つ。
電車が動き出して、窓に映った自分を見ながら、風で乱れた髪を直した。最近忙しいし、もう少し短くしたほうが手入れは楽かな。でもあんまり切ると毛先が跳ねるし、全体が膨らむんだよな……。
半分くらいは、現実逃避。先輩のことを考えすぎて、頭がパンクしそうだから。
でも残り半分は、先輩は髪が長いのと短いの、どっちが好きかなっていう乙女心。三十前の女が乙女心とか言うな!って怒られたら、それは本当にそうなんだけど。
何歳になっても、好きな人にはかわいく見られたい。
頭の中でもだもだしながら、髪をいじってドアの窓を睨んでいたら、電車が揺れて駅に着いた。
やばい、ぼんやりしてた。
先輩が乗ってくるまであと一駅じゃん。そう思ってドアの横に避けたら、先輩が乗ってきた。
「秋谷、こんばんは」
「こ、こんばんは……? あれ、先輩もう一個隣の駅じゃ……」
焦って車内表示を見たら、先輩が乗ってくる駅だった。あれこれ考えている間に二駅も過ぎていたらしい。
「すみません、ちょっとぼーっとしてて……」
「疲れてる? 座ってればよかったのに」
先輩は笑って、昨日と同じように座席に腰を下ろした。
私もついていって、隣に並んで腰を下ろした。
「座ると寝ちゃうんですよ」
「やっぱり疲れすぎだろ、それ。すっごい睨んでたし」
先輩はくすくす笑って私を見た。
見られてたの!? 恥ずかしい……忘れてください!
「それは違うんですよう。最近忙しくて髪の手入れができないから、切ろうか悩んでたんです」
そう言うと、先輩は体を捻って、私の背中に流れる髪を見た。
わずかに首をかしげて、口を開く。
「きれいな髪に見えるけど」
「そうですか? ほんとに? 先輩がそう言ってくれるなら、このままでいいかな」
「ていうか、高校のときも秋谷は髪が長かったから、切るとどんな感じかイメージがつかない」
「そういえばそうでしたね」
大学のときとか、新入社員のころはショートにしたりもしてたけど、結局忙しくて美容院に行けないまま、長いままになっちゃった。
「ちょっと待ってくださいね」
スマホを取り出して、五、六年前の写真を探す。友達と撮った写真があったはず。
「あ、これです」
画面を先輩に向けた。
先輩は目を一瞬丸くしてから、写真をまじまじと見つめた。
「こういう感じになるんだ。これはこれでかわいいけど」
そう言って、先輩は私と写真を見比べた。
「んー、やっぱり俺は、秋谷は髪が長いほうがしっくりくるかな」
「そうですか? じゃあ、このままにしておこうかな」
「大したことじゃないんだけどさ」
先輩が言いかけて、目をそらした。
なんだろう。下からのぞくと、先輩はちょっと困ったように笑った。
「秋谷が俺に駆け寄って来るときに、髪がふわっと広がるのが好きだったんだ」
それは、いったいどういう意味なんでしょうか。
山田先輩は照れたような顔で私を見てから、手で口元を覆った。
それに、なんて答えればいいの。
もう一生髪を切らないですって……?
いや、おかしいでしょ。でもそう言いたいくらいの破壊力だった。
「えっと、その」
「ごめん、キモかった」
「そんなことないです!」
つい声を張り上げてしまった。でも、こればかりは声を大にして言わないといけない。
「そんなこと、ないです!」
先輩の方を向いて小声で言い直したら、思いっきり笑われた。
「なんで二回言ったんだよ」
「大事なことだからです。先輩のこと、かっこいいとは思っても、キモいなんて思ったことないですよ」
「そんなこと言ってくれるの秋谷だけだけど」
「先輩のかっこよさは私だけが知ってればいいので、今後とも秘密にしておいてください」
先輩はこらえきれないというように、吹き出してしまった。
なんですか、もう。
私が真剣に話してるのに。
しばらく笑っていた先輩は、目元をぬぐってから私を見た。
「……俺と秋谷の秘密?」
「そうです。私と山田先輩との秘密です」
「はは、そっか。じゃあ誰にも言わないでおくよ」
「お願いしますよ。先輩のかっこよさが世界にばれたら、私は気が気じゃないですから」
そんなことを言っているうちに、電車は私の降りる駅に近づいてきた。
先輩が昨日乗ってきたのは、私が乗ってから二つ目の駅。
ドアの横に立って、閉まるのを待つ。
電車が動き出して、窓に映った自分を見ながら、風で乱れた髪を直した。最近忙しいし、もう少し短くしたほうが手入れは楽かな。でもあんまり切ると毛先が跳ねるし、全体が膨らむんだよな……。
半分くらいは、現実逃避。先輩のことを考えすぎて、頭がパンクしそうだから。
でも残り半分は、先輩は髪が長いのと短いの、どっちが好きかなっていう乙女心。三十前の女が乙女心とか言うな!って怒られたら、それは本当にそうなんだけど。
何歳になっても、好きな人にはかわいく見られたい。
頭の中でもだもだしながら、髪をいじってドアの窓を睨んでいたら、電車が揺れて駅に着いた。
やばい、ぼんやりしてた。
先輩が乗ってくるまであと一駅じゃん。そう思ってドアの横に避けたら、先輩が乗ってきた。
「秋谷、こんばんは」
「こ、こんばんは……? あれ、先輩もう一個隣の駅じゃ……」
焦って車内表示を見たら、先輩が乗ってくる駅だった。あれこれ考えている間に二駅も過ぎていたらしい。
「すみません、ちょっとぼーっとしてて……」
「疲れてる? 座ってればよかったのに」
先輩は笑って、昨日と同じように座席に腰を下ろした。
私もついていって、隣に並んで腰を下ろした。
「座ると寝ちゃうんですよ」
「やっぱり疲れすぎだろ、それ。すっごい睨んでたし」
先輩はくすくす笑って私を見た。
見られてたの!? 恥ずかしい……忘れてください!
「それは違うんですよう。最近忙しくて髪の手入れができないから、切ろうか悩んでたんです」
そう言うと、先輩は体を捻って、私の背中に流れる髪を見た。
わずかに首をかしげて、口を開く。
「きれいな髪に見えるけど」
「そうですか? ほんとに? 先輩がそう言ってくれるなら、このままでいいかな」
「ていうか、高校のときも秋谷は髪が長かったから、切るとどんな感じかイメージがつかない」
「そういえばそうでしたね」
大学のときとか、新入社員のころはショートにしたりもしてたけど、結局忙しくて美容院に行けないまま、長いままになっちゃった。
「ちょっと待ってくださいね」
スマホを取り出して、五、六年前の写真を探す。友達と撮った写真があったはず。
「あ、これです」
画面を先輩に向けた。
先輩は目を一瞬丸くしてから、写真をまじまじと見つめた。
「こういう感じになるんだ。これはこれでかわいいけど」
そう言って、先輩は私と写真を見比べた。
「んー、やっぱり俺は、秋谷は髪が長いほうがしっくりくるかな」
「そうですか? じゃあ、このままにしておこうかな」
「大したことじゃないんだけどさ」
先輩が言いかけて、目をそらした。
なんだろう。下からのぞくと、先輩はちょっと困ったように笑った。
「秋谷が俺に駆け寄って来るときに、髪がふわっと広がるのが好きだったんだ」
それは、いったいどういう意味なんでしょうか。
山田先輩は照れたような顔で私を見てから、手で口元を覆った。
それに、なんて答えればいいの。
もう一生髪を切らないですって……?
いや、おかしいでしょ。でもそう言いたいくらいの破壊力だった。
「えっと、その」
「ごめん、キモかった」
「そんなことないです!」
つい声を張り上げてしまった。でも、こればかりは声を大にして言わないといけない。
「そんなこと、ないです!」
先輩の方を向いて小声で言い直したら、思いっきり笑われた。
「なんで二回言ったんだよ」
「大事なことだからです。先輩のこと、かっこいいとは思っても、キモいなんて思ったことないですよ」
「そんなこと言ってくれるの秋谷だけだけど」
「先輩のかっこよさは私だけが知ってればいいので、今後とも秘密にしておいてください」
先輩はこらえきれないというように、吹き出してしまった。
なんですか、もう。
私が真剣に話してるのに。
しばらく笑っていた先輩は、目元をぬぐってから私を見た。
「……俺と秋谷の秘密?」
「そうです。私と山田先輩との秘密です」
「はは、そっか。じゃあ誰にも言わないでおくよ」
「お願いしますよ。先輩のかっこよさが世界にばれたら、私は気が気じゃないですから」
そんなことを言っているうちに、電車は私の降りる駅に近づいてきた。



