並んで歩くなら、あなたと

「先輩、今日はクラスの方はいいんですか?」

「ちょっと落ち着いたから大丈夫」

「じゃあ一緒に水やり行きましょう」

「……うん」


 ホースを渡そうとしたら、先輩の表情がなんだか暗かった。

 なんだろう。やっぱり疲れてるのかな。


「先輩、お疲れですか?」

「や、そういうんじゃないけど」

「疲れてるなら私がやりますから、先輩は休んでていいですよ」


 そう言うと、先輩の顔がくしゃっと歪んでしまった。

 え、なに、どうしたの?


「大丈夫、俺がやるよ」


 先輩は震える声で言って、ホースを受け取った。


「でも、先輩」

「花菜ちゃんの方こそ疲れてるでしょ」

「私は大丈夫ですよ、先輩こそ」

「俺は大丈夫だから。須藤先輩ほどは頼れないかもしれないけど」


 世菜先輩はホースを蛇口に繋いで、花壇の方へ行ってしまった。

 全然大丈夫って感じじゃないけど!?

 じょうろに水を入れて追いかけたけど、先輩は悲しそうな顔のまま、水やりをしていた。

 一通り水やりを終えた頃、知らない女の人が来た。


坂木(さかき)くん、ちょっといい?」

「うん?」


 先輩が顔を上げた。

 世菜先輩のクラスの人みたいで、文化祭の準備の話をしている。


「用意したと思うんだけど、教室にない?」

「見当たらないから、坂木くん、来てくれない?」


 先輩は困った顔で私のところに戻ってきた。


「……ちょっと待って。花菜ちゃん、ごめんなんだけど教室戻るね」

「はい、わかりました。脇芽を抜くのと蕾を間引くのはやっておきます」

「できるだけ早く戻るから」

「大丈夫ですよ」


 手を振って先輩を見送ったけど、すぐに先輩がカバンを持って戻ってきた。


「よかったら飲んで」


 世菜先輩は私の横に、ペットボトルを置いた。

 レモネードソーダ、私の好きなやつだ。


「ありがとうございます。後でいただきますね」

「頭撫でていい?」

「いいですよ。私も撫でますね」


 手を伸ばして、先輩のふわふわの頭に指を入れた。見た目よりも固くて温かい。


「先輩、大丈夫? もうちょい、がんばれる?」

「大丈夫じゃないけど……うん、がんばってくる」


 先輩はそっと私の頭を撫でてから、しょんぼりした顔で戻っていった。

 大変だなあ。

 戻ってきたら、私ももうちょい先輩の頭を撫でさせてもらおう。あわよくばハグさせてもらって、手を繋いで駐輪場まで行って、帰りも家まで送ってもらおう。

***

 一時間くらいかけて、脇芽を摘んだり、蕾を間引いたりした。

 世菜先輩は戻ってこなくて、きっとまたあれこれ頼まれているんだろう。

 それを断らずに引き受けるのは、先輩のいいところでもあるんだけど。

 空模様はまだまだ秋らしくならなくて、夕日は眩しくて目に刺さるようだ。

 汗も止まらないし、もらったジュースを飲もうかな。でも、作業が終わってからにしようか。先輩、まだかなあ。

 ゴミ袋を縛っていたら足音がした。

 世菜先輩の足音じゃない。


「あれ、花菜だけ? 世菜は?」


 予想通り藤也で、バインダー片手にキョロキョロしていた。



「これは?」


 藤也が地面に置きっぱなしになっていたペットボトルを拾った。


「先輩がくれた」

「ふうん。ちゃんと花菜が好きなやつだ」

「ね。言ったことないんだけど」


 受け取ると、藤也は苦笑して肩をすくめた。


「のろけウザ」

「藤也にだけは言われたくない。ところで世菜先輩に用事?」

「うん。校門の人手が足りてないから、世菜か花菜に行ってもらいたくて」

「先輩は大変そうだし、私が行くよ。今すぐ行ったほうがいい?」

「いや、明日からでいい。裏門の水やりが終わったら、校門に合流してくれ」

「わかった」


 藤也がそのままゴミ捨てを手伝ってくれたから、一緒に片付けて今日はおしまい。

 先輩は結局戻ってこなかった。