【1話だけ大賞】朱月高校第2料理部のちょっとした事件日誌





“平凡な人間”とはどのような人のことを指すか。


そう問われたら、俺は自分のことであると答える。即答する。


日本で一番多い名字である「佐藤」に、俺の生まれた年の男の子には最も多く付けられたという「大翔」という名前の組み合わせ。恐らく全国で同姓同名が溢れかえっていることだろう。

山田太郎などよりよっぽど平凡だ。というか山田太郎はむしろ珍しい。

山田という名字の人口は全国ランキング一桁に入っていないし、太郎という名前は俺たちの世代ではほぼ見た事がない。

きっと書類の記入例に使う名前は山田太郎より佐藤大翔の方がずっと相応しいはずだ。一目で偽名とわからないから不採用なのだろうけど。


そして残念ながら俺の平凡さは名前だけに留まらず、その他のスペックもだいたい平凡なものだ。

テストの順位は40人のクラスで20位という超平均。

両親はごく普通の会社勤め共働き夫婦で稼ぎも平均。

身長体重も高校生男子のほぼ平均。


平均的な顔立ちは美形と見なされるそうだが、そこについては平均じゃなく凡庸ときた。

パッと見で印象に残らない、覚えてもらいにくい顔。しいて言えば、少しばかり目付きが悪いのが特徴だろうか。


それなりの数の友人にも恵まれているし、高校生らしく将来に対してそれなりの不安もある。

朝の情報番組の星座占いで一位だったらちょっとテンションが上がるし、最下位だったらラッキーアイテムを探してから登校する。


そんなごくごく“平凡な人間”、佐藤大翔。


物語でいうところの、名も無き“生徒B”みたいな高校生活を送ってきた。そしてこの先も続いていく。

……続いていくはずだったのだ。



「大ちゃん大ちゃん!」



放課後。

掃除当番の仕事をしながら、教室の中だけの薄い繋がりの友人と雑談に興じていたところに、無邪気な少年のような声が聞こえてきた。

俺にとっては、平凡な時間をぶち壊してくる悪魔のような声だ。

声と同様バタバタと騒がしい足音は、そのまま俺の教室に乗り込んでくる。

全力で知らないフリをしたい気持ちでいっぱいになるが、相手は先輩なのだからとどうにか堪えて顔を上げた。




「ども、猫先輩」


「なーにグズグズしてんの? 早く部室行くよっ♪」


「……わかってます、掃除終わったらすぐ行きますから」





平凡な人間的に、クラスの面々から注目を集めるのは好ましくない。

ここは一旦大人しく答えて、この先輩には立ち去って頂くことにした。

さようなら俺の穏やかな放課後。

今日の星座占い一位だったのにしっかり不幸が舞い込んできた。




「早く来なよね! 逃げたらウヅっちが寂しがるからダメだよ!」


「はいはい、了解っす」




ヒラヒラと手を振りながら、可愛らしい笑顔をあちらこちらに振りまいてスキップで教室から出ていく先輩。

友人は呆気にとられたように俺に聞く。




「今のって、2年の猫屋敷悠太先輩だよな。佐藤、知り合いだったのか」


「……まあ一応、部活の先輩」


「あれ、佐藤って何部だったっけ?」




聞かないでほしい。

これは、平凡な俺の唯一平凡と言い難い点なのだから。

しかし、こんな興味津々といった顔をされては無視もできない。

掃除用具を片付けつつ、深くため息をついて答えた。




「料理部……いや、第2料理部」








俺のど平凡な日常が変わったのは、ほんの二週間前のこと。

楽しい帰宅部生活を満喫していた俺は、何故か第2料理部なんていう奇妙な部のメンバーに目を付けられ、半ば強制的に入部させられた。



部室──とは名ばかりの、被服準備室の前まで来て、俺は大きく息を吐いた。

活動の時間中だけ扉に掲示することを許された「第2料理部」の張り紙を横目に、ギシギシと音のする戸を開ける。




「あ、やっと来た! 遅いよ大ちゃん」





俺が入ってきてすぐそんな言葉で出迎えてくれたのは、スナック菓子を口に放り込みながら手を振る男子生徒。

くりくりとした瞳に、ぴょんぴょん跳ねた栗色の髪。

可愛らしい顔立ちと小柄な体、人懐っこい仕草は紛うことなき弟属性の年上キラー。

猫屋敷悠太。先ほど俺を教室まで迎えにきた人だ。

俺の一つ年上で高校2年生。俺は猫先輩と呼んでいる。

家にとんでもない数の猫を飼っていそうな名字だが、飼っているのは大型犬一匹だそう。



「やあ。今日も力強く良い眼をしているね、大翔。主君に忠誠を誓った騎士のようだ」



そして部室の中にはもう一人。

猫先輩の向かいで、何だか小難しそうな海外文学の文庫本を読んでいたイケメン。

白い肌に切れ長の瞳、その他もそれぞれ形の良いパーツがバランスよく配置された、老若男女誰もが認める美形。

スラックスを履いたスラリと長い足を組んだ姿はとても絵になる。

またそのイケメンぶりは顔だけに留まらず、ちょっとした仕草や気遣い、全てにおいて本当に格好良い。

そして口を開けば、聞いている方がむず痒くなるような甘いセリフを息をするかのごとく吐く。それはさすがにキャラを作りすぎではないかと思う。

そんなだから、当然のようにファンクラブができており、この学校の八割以上の女子が入っているとかいないとか。もちろんあだ名は王子。


それがこいつ、俺と同じ1年生の宇月(うづき)(れい)



ちなみに性別は女である。


……もう一度言う。女子である。


多様性がうるさく叫ばれる現代らしく、我が校では今年から男女共に制服のスラックスかスカートか選択可能になったのだ。


本人にいわく、この格好が一番自分を魅力的に見せられるから好んでいるだけで、別に男になりたいというわけではないらしい。

まあ、正しい美的感覚だなと頷かざるをえない。男装の麗人というやつだ。




「あれ、今日部長は?」


「樹は園芸部の方行ってるよ〜」


「そっすか」




俺は鞄を下ろしながら宇月の隣に腰を下ろした。




「じゃ、本日の活動開始しまーす!」




猫先輩の底抜けに明るい声を合図に、宇月は小説を閉じ、俺は背筋を伸ばした。


──朱月高校第2料理部。

この高校で乱立している非公式の部活・研究会の一つ。

メンバーは俺、猫先輩、宇月、そして今ここにいない部長の四人だ。顧問はいない。非公式たる所以である。


しかし第2料理部があるからには当然第1料理部もあるわけで。というより無印の料理部(しかもこちらは公式)があるのだが、なぜこんな弱小非公式クラブが存在しているのか。

それには海より深い理由があるけれど、どうせすぐわかるので今は割愛。




「それでさ大ちゃん。さっそくだけど、これ食べてみてくれない? 今日は僕もウヅっちも六限目の授業が早く終わったから先に作ってたんだ♪」


「……何すかこれ」




猫先輩は紙皿に乗った謎の塊を俺の前に運んできた。

ぐちゃぐちゃとしていてあまり美しいとはいえない見た目。ベタベタとした白いものは、かろうじて生クリームであることがわかる。




「ケーキだよ」


「ケーキ? これが?」


「まあまあ、とりあえず食べてみなって」





プラスチック製のフォークを渡され、俺は仕方なくその怪しすぎるケーキを少量口に入れた。

──その瞬間、口に広がるのは生クリームの甘み


ではなく、苦味だった。


何だこれはと思いつつゆっくり咀嚼すると、果物の食感に混じって、ガリガリとした硬い何かが歯に当たる。

その食感がふんわりと柔らかなスポンジ生地に絶望的に合わない。


うん……なるほど、これは、あれだ。




「まっっっっっず」




心の底からそんな声が漏れた。


慌ててカバンのなかに入っていたペットボトルのお茶を流し込む。

そんな俺の様子に、猫先輩と宇月は顔を合わせて肩をすくめた。





「だよね、私達も大翔と同意見だよ」


「なんかわかんないけど苦いよね。ちゃんと砂糖入れてるのに」


「待て待て待て待て。不味いこと知ってた上で食わせたんすか!?」


「へへ、ごめんね☆」




そう言って、高校2年生男子とは思えないぐらいあざとく舌を出す猫先輩。


隣の宇月は、キラキラとした笑顔を浮かべる。




「何言ってるんだい大翔。私達の作ったものが美味しいわけないじゃないか。わかってて食べたんだから君の責任でもあるよ」


「鬼か!?」




しかし悔しいことに一理ある。



……もう察していただけたことだろう。



第2料理部。ここは、料理下手たち──それも、あまりに下手すぎて正規の料理部を追い出された者たちで構成された部だ。

宇月の言う通り、彼らが試行錯誤して作った料理が食べられる味だった試しはない。


とはいえ断りを入れておくと、俺だけは例外だ。

料理部を追い出されるほどのどうしようもない料理下手三人にちょっとしたきっかけで目をつけられ、半強制的にメンバーにされたのだ。二週間前に。


ペットボトルのキャップを閉めて一息ついた俺は、呆れた気持ちで聞く。



「つーか何でケーキなんすか? スイーツならあんたらでも作れるもっと簡単なのあるでしょう。食パンの耳で作るラスクとか」



こいつらならそれでも失敗するかもしれないが。

その疑問に、宇月がちょっと困ったように答える。



「あー……猫さんによるとね、ちょうど明日は部長の誕生日らしいんだよ。それでお祝いに誕生日ケーキを作れたらと思ったんだ……けどね」


「なるほど……」



これ以上ない初心者のくせにケーキに挑戦しようとしたのはこれが理由か。一応納得した。



「てなわけで、今日の活動内容はこれ! ケーキが不味くなった原因を探ろう!」







原因を探るには、やはり作ったときの材料や環境を確認するほかない。

食材に触れるための身支度を整えながら、とりあえず聞いておく。



「で、ケーキがクソまずくなったことに心当たりは?」


「大ちゃん、食べ物に対してクソはだめだと思うな! でも心当たりねぇ……ウヅっち何かある?」


「うーん、そうですね……」



宇月は腕を組んで考え込む。その様子だけでもう絵になっていて、少し腹立たしい。



「スポンジはそもそも市販のものを使ったから、やはり悪いのはクリーム……だよね、猫さん」



おい。スポンジ既製品だったのかよ。むしろそれでよくここまで不味くできたな。

全体の食感とクリームの味に気を取られていたが、確かに改めて見ると、スポンジ生地はしっかりきめ細かく完璧な焼き加減だ。こいつらにこんなの焼けるわけがない。



「本当はスポンジから作りたかったんだけどねっ! 焼こうと思うと時間がかかるから仕方なく諦めたんだ」



トッピングだけでこのザマなのに何を言う。頼むからやめてくれ。


そう言いたいところだが、いちいちツッコミを入れていては話が進まなそうなので、俺は鋼の精神で一度それを飲み込む。


一方、しばらく腕を組んだまま考えていた宇月が、やがてポツリと言った。



「……とすると、考えられる原因はあれか」


「なんだ宇月。心当たりあんのか?」


「ああ……ズバリ、嫉妬だよ」


「……は?」



嫉妬。

料理手順に関係あるとは思えない言葉。そのせいですぐには漢字に変換出来なかった。

しかし宇月はあくまで真剣に言う。



「だからね、私が美しすぎるあまりに生クリームが嫉妬したんじゃないかと」


「話が見えねぇ……」


「嫉妬とはストレスがかかるものだから。美しい私が泡立てたことで、生クリームが嫉妬して強いストレスがかかり、そのせいで苦くなったのではないだろうか」



なるほど、一つだけわかったことがある。

……真面目に聞くだけ時間の無駄だった。


しかしこのイケメン女のすごいところは、これを本気で言っているところだ。



「だから、このケーキにはもっと優しい言葉をかけてあげたら甘くなるはずさ」


「なるほど! じゃあこのケーキのことたくさん褒めてあげれば良いんだね、ウヅっち♪」


「甘くなるわけあるか!」



猫先輩の方は本気か否かわからないが、面白そうと思ったことには悪ノリするきらいがある。勘弁してほしい。


……いかん、この二人を一人で相手にしていると目眩がしてくる。

俺は大きくため息をついた。


その後、被服準備室から調理室へ移動した俺は、調理台と向き合った。

調理道具類は作ったまま放ったらかしになっているのが気になるな。これ、後で俺に片付けさせる気だろうな。


ま、それは一旦置いといて。



「材料は僕が昼休みにこっそり抜け出して近くのスーパーで買ってきたんだ♪」



ケーキのトッピングに使ったと思われる材料は、スポンジの入っていたパッケージ、生クリームのパック、砂糖入れ、カットされたメロン、そして金平糖。



「なるほどな。あの口に残る硬い物体の正体は金平糖だったか」


「うん♪可愛いかなって思って♪」


「見た目は可愛いっすけど乗せすぎっすね」



トッピング用のアラザンという銀色の粒ですら、乗せすぎるとカリカリとした感じが気になってしまう。

まして、それ以上に硬い金平糖がケーキの食感に合うとは思えない。



「で、果物はメロン」


「イチゴやブドウなんかではあまり面白みがないと思って。特別感があるでしょ? 奮発しちゃった☆」



スーパーで割引されていたらしい。おかげで高校生でも手の届く値段だ。


てか、最初からある程度出来上がっているものばかり使っておいて、あそこまでわけのわからない物体を作り出せるのか不思議でならないな。


だけど、わかったかもしれない。



「残ったメロンの汁を生クリームに混ぜ込んだりとかしました?」


「ああ。せっかくのメロンだからしっかり味わえるようにと思ってね」



生クリーム作りを担当したらしい宇月がうなずいた。


……やっぱり。

二人の方に向き直り、俺は断言する。



「なら間違いないっす。ケーキが不味くなった一番の原因は、このメロン」


「え、メロン?」


「実は生クリームと相性の悪い果物ってのがいくつかあるんすよ。キウイとか、パイナップルとか」




正直俺も詳しいことは知らないのだが、メロンに含まれる成分が牛乳のタンパク質を分解し、苦みのある成分に変えてしまうのだとか。

あまり熟れていない状態なら混ぜてすぐに食べれば平気という話もあるが、割引品だったということなので、きっとよく熟していたのだろう。



「だけど大翔、メロンがのったケーキというのも、この前行ったカフェで見たけれど」



宇月からそんな意見が出たので、お、こいつにも意外にカフェ好きな女子らしい一面があるのだろうか……と意外に思う。

……が、自分から好んで行ったというより、ファンクラブの女の子たちに連れて行ってもらった可能性の方が高い気がした。




「生クリームと相性の悪い成分は火を通すと消えるから、店のはメロンを下茹でしたんだと思う」


「え、茹でるの?」


「ま、料理初心者はやっぱりイチゴとか無難なやつを選ぶべきだと思うっすけどね」


「そっか……僕がよりによって良くないフルーツ選んじゃったんだね……」




二人を思ってのアドバイスのつもりだったが、猫先輩は見るからにシュン……としてしまった。

その表情を見て少し罪悪感が芽生える。


そうだよな、部長の喜ぶ顔を見たくて一生懸命考えたんだもんな。


自分が作った料理で誰かを喜ばせるのがどんなに嬉しいか、俺はよく知っている。




「そういえば僕、今日の『朝☆モニ』の星座占い最下位だったんだよな〜。特に買い物運が悪いって」




猫先輩はうなだれながら、俺も毎朝見ている朝の情報番組の名前をだして嘆いた。




「それを言うなら私も10位でしたよ。あれ割と当たりますね」


「ねー。あーあ。樹だったら一位だったのに。樹に買い物お願いしたら良かった」


「ケーキプレゼントする本人に買いに行かせてどうするんすか」




俺はそう言って笑った直後、ふと違和感を覚えた。

『朝☆モニ』の星座占い、俺も今日は一位だった。

10月生まれのてんびん座。


しかし今は6月。


俺と同じ星座の部長が、()()()()()()()()()()()



つまり──この二人は、「部長の誕生日祝いのためにケーキを作った」と嘘をついている。

いったい何故。



二人の狙いがわからず、不信感が募る。


……だがその疑問は、新たに現れた人物によって解明されることとなる。


ガラリと音をたてて、調理室の扉が開いた。



「すまん。遅くなった」



現れたのは、180センチ以上ある身長と鍛え抜かれた体格の大柄な男子生徒。

無表情に結ばれた唇から紡がれた声は低くそっけない。


そんな男の登場に、最初に反応したのは猫先輩だった。



「あれ、樹? 今日は園芸部に行くから来ないって言ってなかった?」

「……? 園芸部に行くから遅れると言ったつもりだったが」



どう見てもバスケ部かバレー部あたりにしか見えないのに、実際は園芸部と手芸部と第2料理部を兼部する謎多き男。

彼こそが第2料理部部長、二年の(たちばな)樹。


普段から口数が少なく、誤解されやすい部分がある。

多分今日も「園芸部に行く」としか言わなかったのだろう。


そんな部長は、調理台に広げられた食材と完成した醜い物体を見て、無表情のまま「ああ」と呟く。



「なんだ、もう作ったのか。佐藤の入部祝いパーティー用のケーキ」

「……ん? 俺の入部祝いパーティー?」



何だそれは。初耳なのだが。

首を傾げる俺の横で、猫先輩と宇月が慌てだす。



「待って樹、それはサプライズでっ」

「ええと、試作品大失敗だったのでまだ完成はしていないというか何というか……」



なるほど、そういうことか。

そもそもケーキを作ろうとしたのは、俺の入部祝いパーティーとやらのため。

しかしケーキはあの通り大失敗。俺に助けを求めたものの、あくまでサプライズにこだわりたかったため「ケーキを作るのは部長の誕生日のため」と嘘をついたわけだ。

つまり俺は、自分のためのサプライズパーティーのために協力させられたわけだ。


猫先輩と宇月は気まずそうに顔を合わせ、その後開き直ったように俺の方を見た。



「そういうわけだから、パーティーに向けてもう一回作ってみるね☆今度は金平糖控えめにするっ」

「安心してくれ大翔。今度はちゃんと茹でたメロンを使うさ。そして今度こそスポンジから焼いてみるよ」

「待てやめろ! 市販のスポンジでいい! 果物はイチゴに、金平糖は一個も乗せるな! つーかもはや俺に作らせろ!」




結局、自分の入部祝いを自分で全て作る羽目になったのは言うまでもない。