一等星センセーション―日陰女子、イケメンアイドルになります!?―


15歳の冬。
日陰者人生に転機が訪れる。


千景(ちかげ)、お前アイドルやれ。」

「は?」

ドラマかアニメの世界でしか聞かない単語にきょとん。
手に持っていた食べかけのドーナツを落としかけた。

酔狂なことを言ったのは、血の繋がった3つ年上の兄。
そして、そんな彼は今が旬のイケメン俳優・美嶋 日向(みしま ひなた)だ。


「今度うちの事務所で男のアイドルユニット作るんだよ。

俺もそこに入る予定だったんだけど、海外映画決まったからそっちに集中したい。
だから、アイドルはお前がやれ。」


さすが、天下のイケメン俳優様は発想がぶっ飛んでいらっしゃる。

ドーナツをそっと皿に戻して、真面目な顔で兄と膝を突き合わせた。


「お兄様。」

「あ゙?」

「千景は、女です。」

「だからなんだよ。」

「“男性”アイドルユニットに入るのは無理があるかと。」


――そう、私は美嶋日向の“妹”なのだ。


「つべこべ言わずいいからやれ。
お前みたいなヒョロ長のちんちくりん、いくらでも誤魔化せんだろ。」

昨日のドラマでそれは優しく女優さんの頬に添えていた大きな手が、ガッと雑に私の頬を掴んで潰す。


暴君・兄の命令は絶対。


「ふぁい、おにいひゃま……!」


悲しきかな、小さい頃から叩き込まれた妹の習性。
兄の命令には有無も言わさず“はい”と言え。

テーブルの上に置かれた契約書にサインさせられて、晴れて?事務所付きの芸能人になってしまった。


「ちなみにこの契約、違約金1億円だから。」

「いいいい、1億!?」

途方もない額にひっくり返る。
ドーナツ何個分?一生働いても返せない額では?

「美嶋日向の弟の肩書き背負ってアイドルやるんだから死ぬ気で売れろよ?
俺の名前に泥塗ったらコロス。」

横暴にも程がある!クソ兄貴!

「返事。」

「はい!!」

美嶋 千景(みしま ちかげ)、15歳。
何だかよくわからないうちに、全力でアイドルをやることになってしまった。



(いつ見てもでっかい事務所……)

翌週の日曜日。
兄が所属する“星麗(せいれい)プロダクション”のでっかいビルの前に立ち尽くしている。

伸ばしっぱなしの髪は切った。
兄が買ってきたスタイリッシュなシャツとダウン着込んで、一応男子の出立になった。


「かっこいっ……“スタプロ”に所属してる子かな?」

“スタプロ”とは星麗プロダクションの略称。
星麗の“星”を“スター”と読んで、“スタプロ”だ。


通りがかった通行人の声にドキッとする。

(ちゃんと男に見えてます?私。)

振り返ってそっちを見ると、会話してた女性2人組と目が合う。


「やばっ目合っちゃった!」と興奮されて、そわっとする。


兄・美嶋日向の身内って騒がれたくなくて陰キャ極めて生きてきた。
だから、たとえ男としてでも褒められるのはちょっとくらいは悪くないかも。

成り行きでこうなった割には幸先上々、くらいに思っていたのに、だ。


「千景さん、お待たせしてすみません!」

正面の自動ドアが開いて、黒縁メガネをずり下ろした気弱そうな男性が走ってきた。


「いえ、わた……俺も今来たとこで。
えーと、貴方は……」


「ああっ!申し遅れました!
僕は千景さんの所属することになるユニット“flying-Hi”のマネージャーの宇都と申します。」

あわあわっと慣れない手つきで名刺を差し出す。


……なんか頼りなくないか?

見た感じ若そうな人だし、そんなもん?

一般人も入れるエントランスからゲートを通って、ビル内部の応接室に通される。

その間どでかい清涼飲料水のポスターに映った新人女優さんとすれ違ったりもして、急に実感が湧いてきた。


「どうぞ、座ってください。」

促されるまま、ふっかふかの高そうな椅子に座る。
見た目通りの心地よさ。腰が半分埋まった。

「日向さんから事情は全て聞いています。
社長ももちろん了承済みです。

美嶋日向の兄弟なら、話題性も十分だと。」

「ちなみに“俺”の性別のことは……」

「知っているのは僕と社長のみです。」

やっぱり。
メンバーには隠さないといけないのか。

「それで、こちらが千景さんが加入することになるアイドルユニットの概要です。」


スッと机上に差し出された書類を持ち上げ目を通す。
それに合わせて宇都さんが口頭で補足説明をしてくれた。


――デビュー予定のアイドルユニット【flying-Hi】(フライハイ)

その構成は、全く無名の新人じゃない。

モデル・元子役・歌系インフルエンサーに地下アイドル。

兄の知名度が突出しているけど、界隈でちょっとは名前が通ってるメンバーで構成されている。

グループ名flying-Hi、つまり「飛ぶ鳥落とす勢い」で個々に売れ筋も見込めるメンツ。



なのになぜわざわざアイドルユニットとして括られるのか。


答えは簡単。

――野放しにしとくとやばい問題児揃いだから。


宇都さんの声色が説明が進むごとにどんどん暗くなっていく。


「日向さんの傍若無人さ…ではなく、圧倒的カリスマと有無を言わせない知名度の差を中心に調和が取れればと思っていたのですが……
ひどいですよ、ドタキャンなんて!社長も何で認めちゃうかなぁ!」

わっと宇都さんのメガネの下から涙が噴き出した。


(おいおい大丈夫か!?
何で事務所はこの人に問題児のお守りさせようとしてるんだ。)


「今、僕が頼れるのは千景さんしかいません!」


縋る目でガシッと両手を掴まれた。


「いやいやいや、“美嶋日向の兄弟”しか肩書きのない私にそんな大役務まるわけないじゃないですか!」

勢いよく首を振って大拒否。


自分のことでも手一杯なのに、問題児束ねるなんて冗談じゃない!


「でも美嶋日向の威光があれば制御可能だと思うんです!
それに“千景は頼めば大体死ぬ気でなんでもこなす”と聞いています!
お願いします!僕のことを救うと思って!」


救えるかーい!

って口先まで出かかったけど、そんなギャグみたいなツッコミできる雰囲気でもない。


ただアイドルすればいいだけだと思ってたのに。
とんでもないオマケつきだったなんて。

頭の中では暴君の顔した兄が「1億」と凄んでくるし、ぐぬぬぬ、と歯を食いしばる。


「と……っ、とにかく!顔合わせに出てから!
話はそれからです!」


どんな奴らかも知らないし!

「そ、そうですよね!」と手際悪く書類をまとめる宇都さん。机からバサバサッとそれらが滑り落ちていく。


急に先行き不安。
兄が私に押し付けてきた理由がちょっと垣間見えた気がする。


内心ざわつきながら、顔合わせのために会議室に移動することになってしまった。



――ガチャ

会議室のドアを宇都さんが祈るような顔して開ける。

ドアひとつ開けるだけでなぜ不安そう?
ますます怖くなってきて、薄く開いたドア口から恐る恐る顔を覗かせた。


この時に並んだ長机に、座っているのはたった1人。


(――あれ?私を入れた5人グループだったよね?)


とりあえずチラ、と壁掛けのデジタル時計を見る。

時刻は14:15。
顔合わせ予定時間は14:00。

つまり、私達も遅刻だけど、輪をかけて遅刻してる奴が3人もいるってことだ。


「おっっそ!時間厳守って言ったのそっちの癖に何15分も遅刻してんの!?」


奥の角の席に座っている人物が不機嫌丸出しで宇都さんを睨む。
宇都さんが「ヒィッ」と体を跳ねさせた。


「すす、すみません!ユウキさん!
新メンバーの面接が押してしまいまして……!」


剣幕に怯えた宇都さんがずずいと私の背中を押し出す。

元は丸くて大きそうな瞳がキツく吊り上がった“ユウキ”の視線が、よろけた私の姿を捉えた。


「新メンバー?……美嶋日向の弟ってこと?」


……もう知ってるのね。

というか、顔面強っ。

態勢を整えて、ちゃんと対峙するとその人の見た目の良さにびっくりする。

女の子と見間違うレベルですべっすべの卵肌に深紫の大きな目。ぷく、と血色のいい唇。
モーブがかったラウンドマッシュの髪が、可愛い系男子をこれでもかと演出している。

「うわ、マジ?
美嶋日向の弟っていうからキツめの綺麗系想像してたのに可愛い系かよ。
最悪!キャラ被ってんじゃん!」


ベビーフェイスが思いっきり歪む。
口と性格は少しも可愛くないみたいだ。


「アンタ、経歴は?歌は?ダンスは?経験してる?」

ガタン、と椅子から立ち上がってツカツカと距離を詰めてきた。

そして、査定するかのように間近で私の全身をくまなくチェックしてくる。

すん、と私の髪の近くで息を吸った“ユウキ”が、「ん?」と首を傾げた。


「このシャンプー、女物?」


(やばっ。)


訝しむ視線から逃れるように、すいっと視線を斜め上に持ち上げる。
早速バレてしまうのか?と心臓がバクバク言い始めた。


「遅刻しました〜」

スゥッと音もなくドアが開いて、緩い声が空気を揺らす。
ドアの開閉で起こした風が、ベリー系の甘い匂いを会議室いっぱいに注ぎ込んだ。


(れん)さん!その匂い、また女の人のとこに行ってましたね!?」


ゆったりとした足取りで、ペールピンクのフェザーパーマを弾ませて何の悪びれもなく入ってきた男を、慌てて宇都さんが追いかける。

「また匂わせで炎上されたら社長に怒られるんですからね!?僕が!
アイドルなんて余計に女の影にシビアなんですから、本当に気をつけてくださいよ!?」

「あー、うるさいうるさーい。
勘弁してよ〜、寝不足なんだから。」

両耳を手で塞いで煩わしそうな顔。
テキトーな椅子に座ってだらんと机に溶けてった。

「んあ?その子だれ?新人女優?」

“蓮”のきょと、とした目がようやく私を見つける。

またもピンチか!?と身構えた。


「例の美嶋日向の弟」

不機嫌顔の“ユウキ”が端的に答える。
“男”と認識するなり、“蓮”はあからさまに興味を失って、「あそ」と居眠りをし始めた。


「おい寝るな!
っていうか、(そら)(みなみ)はいつになったら来るわけ!?」


ギャンギャンと“ユウキ”が喚き出した出した時、今度はバン!と勢いよくドアが開いた。


「おっくれましたー!
いやー、起きたら14時でもうびっくり!
あ、途中で昊拾ったんで連れてきましたー!」


目の覚めるようなホワイトブリーチした髪と底抜けに明るい声。
キラッキラのオーラが室内の雰囲気をガラリと変える。


「あー、宇都さん。なんかまたやつれた?
会ったの昨日だけど。あははっ」


くしゃりと笑う大口にチラリと覗く八重歯。
空気を作る自由人。


「……南煩い。あと服引っ張るのやめて、伸びる。」

それに引き摺られてる、無気力そうな顔した男。
はぁ、と伸び切った襟口を手で慣らしながら、迷惑そうに眉を寄せる表情が色っぽい。



――この人達が、“flying-Hi”


会って数分で全員クセ強なのがもうわかる。

兄と同じくらい厄介な奴が、この世にまだまだいたなんて。


勢揃いした圧巻の美しさに、恐れをなして喉が鳴る。

個性は揃いの問題児。
こんな奴らとよろしくしなきゃいけないのか。

「あっれー?この子誰?
めっちゃ可愛いね、女の子みたい!」


(――そして、結構綱渡り。)

バレたら私、どうなるんだろ?
予想もつかなくて胸が鳴る。

だから死ぬ気で胸を張った。


「美嶋千景!性別、男!
flying-Hiの新メンバー……ッス。」


思った以上に声は低めに出せたけど、語尾に迷ってイマイチ決まらん。


理不尽だらけの成り行きアイドル人生。

違約金は1億。

問題児だらけのユニットに、
絶対に隠さなきゃならない秘密。

何かひとつでも間違えたら即アウト。


待っているのは、スターダムか地獄か。


――ここまで来たらもう、
嘘を抱えて、全力で駆け上がるしかない。