初恋は誰だって


「付き合ってください、一条くん!」


勇気を出したんだろう。
震え混じりの声は、二人しか居ない教室によく響いた。


俺は、彼女の言葉に驚いた顔をしてから、申し訳なさそうに目を逸らす。

1、2。

一度しっかりと目を逸らしてから、今度は彼女に目を合わせる。

俺の言葉を待つ彼女は、緊張なのか手を強く握っていて、痛そうだ。


そこまで強く、俺の事を想っているのか。


ちょっと関心はしたが、それは驚いたってだけ。

好意を持つには至らない。


「ごめん、山崎さん。俺に好意を抱いてくれるのは嬉しいけど、俺は君に、特別な好意を持っていない」


できる限り優しい声で伝えた言葉に、彼女は下唇を噛み、泣きそうなのを我慢している。


泣かれなくて、良かった。

目の前で泣かれると、流石に上手く対応出来ない。


「だから、君と付き合う事はできないよ。ごめんね」


ここまで言ったら、終わりだ。

近くの机に置いていた鞄を取ると、教室を出る。

廊下に出ると向こうの柱の奥に、影が見えた。


誰か居たな、覗いてたのか? 
……まぁ、いいか。


たまにそう言うことは有るので気にしなくていいと判断して、下駄箱に向かう。


下駄箱に入っていた手紙を軽く確認し、靴を履き替え、玄関を出る。


「あっ、希碧(のあ)ー」

「遅いわよ」


声をかけられたので下を向くと、そこには友達の七瀬(ななせ)美蘭(みら)がしゃがんでいた。

七瀬は俺に対して軽く手を上げてから、美蘭は腕を組んだまま、立ち上がる。


「早かったねー」

「今日の相手は、すぐに告白してくれたから、時間がかからなかったんだ」


七瀬は男の友達で、明るくて周りを元気にするコミュ強。


「可愛い子だったの?」

「うん。可愛い子だった」

「ふーん」


美蘭は女の友達で、気高くて怖がりなツンデレ。

俺が名前で呼ぶのは、小学校からの友達であるこの二人くらいだ。

校門に向かう俺を真ん中に、七瀬と美蘭が歩く。


「それにしても、希碧って、ほーんと告白慣れしてるね」

「仕方ないだろ。毎週、いや毎日のように告白されているんだから」

「別に責めてはないよ。ただ、中学行ってもモテるとは思っていたけど、ここまでとはなーって。卒業前と同じくらい告白されているんじゃない?」


七瀬は、小学校卒業前の事を話に出す。

美蘭は、首を捻った。


「あの時程じゃないんじゃない? あの時は流石に疲れてそうだったもの」

「ああ。あの時は流石に大変だった」


一日に何人も告白されて、次に告白しようと待っている子が後ろで見えると言った感じだったから。


生まれて、12年と少し。

自分で言うのはなんだけど、俺、一条希碧は凄くモテる。

勉強もできて、運動もできて、顔が良い。

人当たりだって悪くないんだから、告白されるのは当たり前の日常の一コマだ。



「まぁ、でも希碧ってモテすぎで、いざ好きな人が出来たら苦労しそうだよね」


七瀬の言葉に、美蘭が驚いたように肩を揺らす。


なんで、美蘭が驚いているんだ?


不思議に思うが、美蘭がよく分からない行動を取る事はたまに有るので気にしない。


「そんなこと有るか?」

「希碧は、何がありえないと思っているの」

「自分が人を好きになるとは思えない」


自分に告白してきた人を思い出すと、俺はそんな感情を抱かないだろうなって感じるのだ。


「それに、もし好きな人が出来ても俺だよ? 苦労なんかしない」


俺、学園の王子様って呼ばれているくらいだし。


「確かに、希碧が人に恋するとか想像が出来ないわ」


美蘭がふふっと笑う。

その顔が、小馬鹿にしたものだったから軽く肘でこづく。


「おい」

「何よ、自分で言ったくせに」


美蘭は、つんと口を尖らせる。


「いやー、希碧って意外と不器用なところあるじゃん、わかんないよー」


七瀬はまだ疑っているようだ。

探るような目で俺を見てくる。


「今だって好きな人いるけど、気づいてないとか有るかもよ」

「そんなわけあるか」

俺が気づかないなんて。


馬鹿馬鹿しい話に笑う。


「そうそう。希碧が誰かを好きになるんなんて」


美蘭が乗ってきたので、もう一度こづく。


「もぅ。いったーい」


美蘭はぷぅっと頬を膨らませて怒ったふりをするが、無視だ無視。

痛くないように当ててるし。


「そこまで言うなら、じゃあ、なんか最近の女の子絡みのエピソード一つしてよ。美蘭も聞きたいよね」

「ええ、そうね。ぜひ一つ聞かせてみてよ」

「最近……」


最近の女の子と言われ、思い浮かぶ顔が一つ有る。


「じゃあ、コレは? 常に人に囲まれる俺だけど、周りを見れてもいるってエピソード」

「おお、なになに?」


七瀬は期待した目で、美蘭は疑うような目で見てくるけど、ちゃんと有る。


「俺と同じ班の伊藤心陽(いとうこはる)。あいつって、優しいんだよ。知っているか?」


立ち止まり、振り返って二人の顔を見た状態で話す。


同じクラスだから二人も知っているだろうけど、俺が見れている彼女のことを。


「まず、あいつって、周りを見ているから、困っている人や先生の手伝いしたり、クラスに来たやつに声かけて呼んであげたり、移動教室行く時は電気消したりしているんだ。みんなもそういう所を分かっているから、周りから頼られているけど、嫌がらず人に手を貸している。それに先生にさされた時とか、物おじせずに前に出たり、しっかり発言するのも良いよな。たまに緊張している時もあるけど」


一息で伊藤の良いとこを話すと、七瀬は引いた顔。


「うわっ、思ったより喋った」

「思ったよりって、なんだ。思ったよりって」


美蘭も戸惑った顔をしている。


「希碧……よくそんなに良いところに気づいたね」

「最近なんか、よく目に入るんだ。見ていて面白いのかもな」


そういえば今日も、バケツを落としちゃっておっきい音を出してしまい慌ててたな。

小動物みたいで可愛かった。

思い返して、笑みが溢れる。


そんなことを考えている俺を前に、七瀬と美蘭が何か言いたそうな顔をしている。


「なんだよ、二人ともそんな顔して」


二人は顔を見合わせた後、美蘭は俯き、七瀬は俺を見た。

七瀬は呆れた様に言う。


「いや、それってさぁ……恋じゃない?」

「は? ……何が?」


七瀬の言った言葉が理解できないでいると、七瀬はもっとはっきり言ってくる。


「希碧の伊藤さんへの感情」


七瀬が揶揄っているような顔じゃないから、俺は戸惑う。

本気で言ってるのか?


「なんで、そう思ったんだよ」

「そんなに楽しそうに話して、つい見ちゃうんだろう? そうなのかなって思うわ」


七瀬は、呆れたような寂しそうな顔をしていた。


「いやいや、え、美蘭! 美蘭も俺が恋しているように見えるか⁉︎」


ずっと黙っていた美蘭は、気まずそうに目を逸らす。


え⁉︎ なんだ、その反応⁉︎
美蘭のそんな顔今まで見た事ない!


「いやいや、まさか」


まさか、俺が恋!?



「希碧さ、なんで伊藤さんの事をそんな見るようになったの。きっかけないの?」

「きっかけ……」


七瀬に問われ、伊藤の事を見るようになった理由を思い返してみる。


「一週間前。入学してすぐの校外学習があっただろ」

「うん」

「その時同じ班だったから、よく一緒に行動してたんだけど」

「それじゃあ、レクリエーションの時か、飯盒すいさんの時何かあったの?」


俺は首を横に振る。


「そうじゃなくて、二日目の夕方くらいの時、俺、ちょっと疲れてたんだよ」

「フォークダンス前? そういえば、追われてたね」

「それも有るし。ずっと、人と一緒に居て、ちょっと疲れてたんだよ」


その時点で二十四時間以上、いろんな女子に話しかけられたり、男子に羨まれたりして、綱渡りを渡るくらい慎重な対応をしていないといけなかった。


「だから、人目につかない飯盒すいさんで使った調理場が有っただろう? 俺は、そこに居たんだけど、忘れ物を取りに来た伊藤と偶然会っちゃって」

「うん」

「その時、面倒くさいなって、何もされてないのに俺は思っちゃったんだ」

「それだけ疲れていたんでしょ。しょうがないよ」


美蘭はフォローしてくれるが、俺はあの時の自分の感情は許せないので、首を横に振る。


「伊藤には、具合悪いの? とだけ聞かれたんだ。それで、大丈夫って言ったら、あいつは直ぐに離れて行った」


七瀬と美蘭は俺を見ている。

その目に映る俺の顔は、今まで見た事ないような顔をしている気がする。


「戻ってくるのかと思ったら戻ってこなくて、本当に気遣っててくれたんだって気づいてからは、さっきは勝手に悪いこと思っちゃったなって思って」

「それで、気にするようになったの?」

「いや、まだ、そこで終わりじゃない」


俺は、続きを話す。


「フォークダンスの時に、伊藤じゃない別のクラスの女子に話しかけられたんだ。湖の方にいるって聞いていたけど、会えなかったって」

「あ……」


美蘭が何かに気づいたようだった。

もしかしたら、女子から話を聞いていたのかもしれない。


「あれ? 調理場と湖って反対だったよね」

「そうだ。俺もそう思ったから、誰に聞いたのか聞いたら、伊藤だって言ったんだ。そいつが探している時に、そう教えてくれたけど見つからなかったって」


そのせいで、その女子は伊藤さんに嘘つかれていたのかなってそいつは気にしてたけど、嘘じゃない、たまたま会えなかっただけって言ったら納得してくれて良かった。


「だから、伊藤にありがとうって言いに行こうと思ったら、伊藤は他の女子に会えなかったんだけど、って責められていたのに、何にも悪くないのに、ごめんねって謝ってて」

「うん」


あの日、見た光景が思い浮かぶ。

伊藤が、ちょっぴり困ったように眉を下げ謝っているところを。


そういえばその時、胸が痛んだっけ。

今、唐突に思い出した。


「そっとしておいてくれて、他に誘導してくれて、悪くないのに謝ってて。伊藤は、すごい優しいやつなんだなって思ったんだ」


俺が話終わって黙ると、七瀬が言う。


「やっぱり恋じゃない?」

「どこがだ」


俺はただ、伊藤を優しいやつって思っただけなのに。


「俺がいつ、伊藤を好きになったっていんだよ」

「いや、だから、さっきの話の時だよ」

「こんなことで!? こんなことで、恋になるのか⁉︎」


少し考えてみるが、やっぱり納得できない。


「それは、おかしくないか? だって、彼女はたまたまそういった行動をしただけだ。別の人に同じことをされたら、俺はそいつのことを見ていたかも知れない」


俺の言葉に、美蘭はハッと驚いたように顔をあげ、泣きそうな顔をして。

七瀬は知った顔して笑う。


「恋ってのは、偶然そのものなんだよ」

「お前、恋した事あるのかよ」

「秘密」


***



昨日、七瀬に恋って言われて、一晩考えたと言うか、考えちゃったけど、やっぱり、あれだけで恋したって言うことに釈然としない。


「おはよー」

「おはよう」

「おはよ……」


朝、いつもの通り郵便局前で、七瀬と美蘭と合流する。

小学校の時は、登校班が有ったから別々だったけど、中学生になってからはいつもこうだ。


「うわっ。美蘭、大丈夫? 酷い顔しているよ」

「ちょっと寝れてないだけ……」


七瀬に指摘された通り、美蘭の顔はいつものようなハリがないし、いつもは可愛く編み込んだりしている髪型も今日は何もされていない。

なんか夜に考えちゃって、三、四時間しか寝れてなかった俺より酷い顔をしている。


「ヤバかったら、直ぐ保健室行けよ」

「うん」


美蘭は頷くけど、こいつは自分の体調に気付かないタイプだから、今日は様子しっかりと見ておこう。


「希碧は、いつも通りだね」

「当たり前だろ。俺はいつも格好いい」

「えー、緊張してないの?」

「しているわけないだろう。というか、俺は恋ってことに認めてないからな」


七瀬はニヤニヤしている。


「まぁまぁ、良いよ」

「何が良いんだよ」

「学校着いたら、分かるだろうから」



三人で話しながら、学校に着く。

美蘭は、やっぱりいつもより元気は無いみたいだった。


「あ、居たよ」


七瀬が指す先には、伊藤が居た。


別にわざわざ言わなくても。

そう思いながらも指した先を見た。


伊藤は、友達と合流したのか嬉しそうに笑う。

そして、友達の跳ねていた寝癖を治していてあげていた。


その光景に、思わず口角が上がる。


……え、今、俺笑った?


自分の行動に驚いた。


別に馬鹿にしているわけじゃない。

そうじゃなくて、微笑ましいって思ったような。

寝癖を治しているのを見ただけで?

それだけで微笑ましく思うなんてあり得るのか?


……もしかして、俺は、本当に恋をしているのか?