封魔師のシール帖【第2回1話だけ大賞応募作品】

 仲間はずれなんて、絶対だめ。
 教室にいる誰ひとり、ひとりぼっちになんかさせない。
 わたし、百地(ももち)(あい)にはそれができる。
 だってわたしは――ひとりぼっちの苦しみを知っているから。



 昼休み。5年1組の教室。
 窓の外には雪まじりの雨が降っていて、見ているだけで体がぶるっと震えちゃう。
 いつもは外を走り回っている元気な男子たちも、おとなしく教室にいる。
 昼休みなのに外に出られないから、みんなつまらなさそう……なんてことはなく。
「おーい、シール交換しようぜ!」
「あたし、ママに新しいシール買ってもらったの」
「ボクなんて朝からお店に並んでぷっくりシール手に入れたんだ!」
 今、わたしたちの教室、いや、小学校全体で『シール交換』が大流行しているの!
 可愛いシール、かっこいいシール、レアなシール、人気アニメのシール。
 みんな自分でシールを集めたり、交換しながら自慢のシール帳を作るんだ。
 シールは集めるのも、貼るのも、交換をするのも、とってもとっても楽しいの!
 男子や女子、先生まで巻き込んでいるこのブームは、本当にやばい。
 
 だけど、ブームにはトラブルがつきもの。

「百地さん、ちょっと来て~!」
「はーい」
 さっそくだね。
 わたしは駆け足で、男子と女子が混ざったグループのところに向かった。
「どうしたの?」
 クラスでも目立つタイプの可愛い女子の李緒(りお)ちゃんと、おしとやかな女子の詩織(しおり)さんがシール交換をしていたみたい。
「これと、これの交換ってレートはどう?」
 レートっていうのは、そのシールの価値みたいなこと。
 シールには、色んな価値がついているものがあるの。
 品薄で手に入りにくいシール、元々の値段が高いシールとかね。
 シール交換が小学校で流行り始めたとき、あまりにも価値が違いすぎるシールを交換させられたりする子がいて、大きな問題になった。だから、学校でシール交換が禁止になりそうだったんだけど……。
 わたしの教室では大丈夫!
 なぜなら……。
 わたしは腕を組んで、大きくうなずく。
「李緒ちゃんのキラキラジュエリーシールは平成女子に人気だよ。詩織さんのマジカルガールシールも同じくらいに人気の商品だから、レートとしては釣り合ってると思う!」
 わたしが太鼓判を押すと、ふたりは嬉しそうにハイタッチをした。
「それじゃあ、交換は成立!」
 ふたりは交換したシールをさっそくシール帳に貼っている。
 ふたりを囲んでいた女子もワッと盛り上がる。
「百地さんがいるから、安心してシール交換ができるよ~!」
「さっすが文房具店のひとり娘だな!」
 みんなが褒めてくれてるから、照れくさくなってほほをかく。
「えへへ……シールは昔から大好きだから」
 わたしはこのシール交換のブームが来る前からずーっとシールが好きだった。
 だから、お店に仕入れるシールもずっとチェックしてたんだよ。
 間違いなく、わたしのシールの知識はこの教室……いや、この小学校で一番最強。
 シールブームの今、わたしは休み時間のたびにひっぱりだこの存在だった。
 李緒ちゃんと詩織さんは、交換が終わったあともお互いのシール帳を見ながら感想を伝えあっている。

 ふと、なんだか信じられないような気持ちになる。
 このふたりは、正直仲が良い方ではなかった。
 派手なグループにいる李緒ちゃんは詩織さんをバカにしてたし、詩織さんも陰で李緒ちゃんの悪口を言っていたんだよね。
 それが、今ではこんなに仲良くお喋りしているんだもん!
 シール交換の力って、本当にすごい。
 会話のきっかけをくれるし、対等な立場でお話しができるし。
 それに、シール帳を見ているとその人を深く知ることができるの。

「ねぇ、わたしにも見せて!」
 「「もちろん!」」
 わたしがふたりにお願いすると、すぐにシール帳をこちらに向けて開いてくれた。
 李緒ちゃんのシール帳はキラキラでラメの入ったシールが多い。なんだか、宝石箱みたい。
 詩織さんのシール帳はまるで物語の世界だ。魔法少女やペガサスがいて、不思議でキレイ。
「ふたりとも個性的で、すっごく素敵!」
 わたしがそう言うと、ふたりともにっこりと笑う。
 わかる、わかるよ。
 シール帳を褒められるとさ、なんだか自分の中身が褒められたような気分になるんだよね。

 わたしは自分の席に戻って、教室全体を見渡す。
 男子も、女子も、色んなグループが混ざって楽しそうにおしゃべりしている。
 まさしく、わたしが憧れた教室だった。

 ――教室の隅にいる、あの男子をのぞいて。

 昼休みだというのに、つまらなさそうに頬杖をついて、窓の外をじーっと見つめている。
 少し長めの前髪の隙間から見える、切れ長の目。
 夏休み明けに転校してきた男子〝本条(ほんじょう)(りつ)〟くんだ。
 顔はイケメンだけど、不愛想なんだよね。
 そのせいで、12月になった今でもクラスに馴染めていない。
 わたしは本条くんの席に向かう。
「ね、なに見てるの?」
 本条くんはぎろっとこちらを睨んで「別に」と答える。
 答えになってなーい!
 それじゃ、話が広がらないじゃん!!
「ねぇねぇ、本条くんはシール帳持ってないの?」
「……」
 返事すらない。
 彼が転校してから何度も何度も話しかけているんだけど、一向に仲良くなれないんだ。
 もちろん、わたし以外のクラスメイトにもこんな態度。
 だから、本条くんはいつもひとりぼっちで過ごしている。

 ……そんなの、絶対にダメ。
 友達がいないなんて、辛すぎるから。
 だからわたしは、めげずに本条くんに話しかけ続けていた。
「ねぇねぇ、好きなシールはないの?」
「……」
 また返事がない。
 こんなに流行っているのになぁ。
 もし本条くんのシール帳を見ることができたら、本条くんの好きなものや性格がわかるかもしれないのに。
 どうしたらいいのか考えていると「百地さ~ん!」とわたしを呼ぶ声。
 昼休みは色んな交換の場に呼ばれるから、忙しい。
 わたしは本条くんに「またね」と伝えてから、小走りでクラスメイトの方へ向かった。

    ***

 「あれ~? 本条くんいないなぁ」
 放課後。わたしは本条くんを探していた。
 授業中に考えてたんだ。
 もしかしたら教室では話しにくいのかも。
 本条くんも男子だし、みんながいる前で女子と話すのに抵抗があるかもだし。
 実際、シール交換が流行る前は、うちのクラスも男女でグループがはっきりと分かれていた。
 それがシール交換をきっかけに話す人が増えて、男女が混ざったグループもできたんだよね。
「本条くんもシール交換したらいいのに~…」
 とはいえ、シール帳を持ってないなら仕方ない。
 今はシールブームだし、なかなか手に入りにくいのも事実だからね。

 いけない。またシールのこと考えちゃってた。
 とにかく、教室で話しにくいなら人の目が気にならない放課後に話せばいい。
 そう答えを出して、わたしは本条くんを探しているってわけ。
「靴箱にまだ靴はあった。だから学校にはいると思うんだけど」
 そのとき、びゅーっと冷たい風が廊下に入ってきた。
 あれ? 窓も開いてないのに。
 不思議に思って辺りを見回す。
 風は、階段の方から吹いてきていた。
「なんだろう?」
 気になって階段まで向かうと、踊り場に小さな雪の結晶が落ちている。
 どうやら、屋上に続く扉が開いているみたい。
「いつもは鍵がかかっているはずなのに……」
 不気味に思ったけれど、もし扉が開いているなら閉めたほうがいいよね。 
 私は階段を上る。
 開いた扉の隙間から、屋上を見る。
 そこには、本条くんの姿があった。
「本条くん?」
 思わず声をかけると彼がビクッと肩を跳ねさせて、こちらを振り向いた。
「……百地愛?」
 初めて名前を呼んでもらえたかも。
 なぜかフルネームだけど。
「へへ、本条くんと話したいと思って探してたんだ」
「なぜだ。『結界』を張っていたのに……!」
 本条くんが何か言っていたけれど、びゅううっと吹いた風の音にかき消されて、わたしには聞こえなかった。
 こんなに寒いのに、なにしてたんだろう。
 ふと、彼の手を見る。その手には、わたしが大好きなアレがあった。
 少し厚みのある、ボタンのついた手帳。
「あー!! それってシール帳だよね!?」
 本条くんは「しまった」というような顔をしていたけど、もう遅い。
 わたしは駆け寄って、すぐさま本条くんが持っていたシール帳に手を伸ばす。
「んもうっ! 水くさいなぁ。シールがあるなら言ってよー」
「見るようなものじゃない」
 手帳を隠そうとした本条くんの手を止める。
 これさえ見たら、本条くんと会話のきっかけができる。
 好きなものや、好きな食べ物、もしかしたら性格だってわかるかもしれない。
 そしたら、きっとクラスのみんなとも仲良くなれる…!
「ごめんね! ちょっとだけ!」
「だめだ」
「お願い!!」
「見るようなものじゃないって言ってるだろ!」
 わたしと本条くんと手帳を取り合うみたいな形になってしまった。

 ぐい、ぐい、ぐい~~!!

 お互い譲らない。まるで綱引きみたいだ。
 力では勝てなさそうだし……そうだ!
 シール帳を掴み合ったまま、わたしは本条くんのシール帳のボタンをはずす。
 これなら、このまま中身が見られるもんね。
「お、おい!」
「えへへ、失礼しまーす」
 ちょっと無理やりかもだけど。
 見るだけなら減るものじゃないし。
 わくわくして開いたページには――大きな顔。
 血まみれの幽霊。笑う骸骨。
 人面犬。口裂け女。見たことのないおそろしいシールばかり。
 
「きゃああああああ!!」

 怖いシールに驚いたわたしは、手帳から手を離してしまう。
 本条くんは勢い余って体勢を崩してしまって、手帳がぽーんと地面に転がった。
「わ、わ、ごめんなさい!」
 急いで手帳を拾いに行こうとした瞬間、また強風。
 その風の強さでシール帳のページが数枚、風に飛ばされてしまった。
「ああああーー!」
 風に飛ばされたそのページは屋上のフェンスを越えていく。
 手を伸ばしても届くはずがない。
 高く高く舞い上がっていくシール帳。
 そのシール帳のページから、ぐるぐると黒い渦が飛びだした。
「なに、あれ……」
 空中に浮く、不自然な真っ黒の渦。
 その黒い渦から、ぼうっとしろい顔が浮かび上がってくる。
 白い着物を着た女の人。
 まるで、さっき見た幽霊のシールみたいな……。
「最悪だ……!」
 本条くんはシール帳を拾うと、一枚のシールを取り出した。
 それは、まるで小さなお札みたいなシール。
「――貼り貼られ祓いたまえ! 黄泉への封緘!」
 本条くんがなにか呪文のようなものを唱えると、指に挟まれていたシールが金色に光り出す。 
「なに、いったいなんなの?!」
「百地愛……お前が無理やり見たのはただのシール帳なんかじゃねぇ。封魔師のシール帖なんだよ!!」

 ごぉっと強い風が吹く。
 体の中まで凍ってしまいそうな冷たい風だ。
 その風は……屋上のフェンスの先。
 真っ白な肌に浮かび上がるような、赤い唇をした女の人の手から出ているようだった。