「婚約、なさるのでしょう。セリーヌ嬢と」
声を張り上げると、アレクシス殿下はぎくりと固まった。
「王太子殿下も、よいお年頃です。もうすぐ、二十三歳におなりになるのですよね。そうそう、夏の終わりには、王太子殿下の誕生祭があります。そのときに、婚約を発表なさるのがよいのでは? 王族なら……ましてや王太子殿下なら、もうとっくに身を固めるべきお年です」
何か言おうとするアレクシス殿下の口を塞ぐように、次から次へと空っぽな言葉をまくしたてる。
「先日、エルディシア公爵からのお言い付けもありました通り……民のためにも、ご自身のためにも、そろそろ婚約の準備をなさらなければ」
ああ。アレクシス殿下のご年齢では結婚しなければとか、エルディシア公爵の言ったことは尊重しなければとか。そんなこと、心にもないのに。
嘘に嘘を塗り重ねて、私の心は乾いてひび割れていく。胸のうちで響く叫び声を必死で無視しながら、私はしゃべり続けた。
「先日の襲撃事件といい、陛下……お父上がご病気がちなことといい、このままでは国が不安定になりましょう。現に、王侯貴族の間では不安の声が上がり始めているそうではありませんか。ですから……」
ですから——この先に、私はなんと言おうとしたのだろう。
アレクシス殿下に、あの先を言わせてはならない。これ以上、心を通わせてはならない。その一心で、勝手に言葉が溢れ出た。
「ヴィオラ……」
アレクシス殿下は、泣きそうな顔で私をじっと見つめていた。凛々しい眉はふにゃりと歪み、力強い瞳はずっと私を見据えている。
こんなときなのに、おかしくて笑いそうになってしまう。子供みたいな顔。まるで、大切な宝物を取り上げられてしまった子供のような。
アレクシス殿下。あなたにとって私は、失いたくない宝物だというの。あの、幼い日に燃やされてしまった裁縫箱のように。
「ですから——私は、これで失礼いたします」
私の冷え切った声が、闇夜に虚しく反響した。

