「だいいち、アレクシス殿下は……もう、婚約を申し込むお相手が決まっているはずだ。たぶん」
セリーヌ嬢——さっき会った彼女の、優しく愛らしい微笑みも目に浮かぶ。彼女だって、アレクシス殿下を悪くは思っていないだろう。
「来月には、舞踏会がある。そこでおそらく、殿下は……その、公爵令嬢に、婚約の打診をするのだと思うが……」
言いながら、剣が心にざくざく刺さっていくような痛みを覚える。
来月。舞踏会の日にはもう、アレクシス殿下は婚約の話を進めてしまうのだろうか?
そばで見ていてそんな気配は全くなかったが、少なくとも、最初のダンスはセリーヌ嬢となさるに違いない。
「そっか」
マリエルは何も聞かず、黙って頷いていてくれた。そのまま私に背を向けて、てきぱきと掃除を続ける。
さっ、さっ、と、床を綺麗にはく音だけがしている。安楽椅子に身を委ねて、天井を見上げた。泥のように疲れ切っているのに、目は冴えていた。
目を閉じなくても、アレクシス殿下の顔ばかりが浮かんでくる。得意げな笑み、拗ねたフリ、寂しげな眼差し、私を見詰める——熱く燃える瞳。
惹かれてなどいない。心の中だけではっきりと呟いて、雑念を払おうとする。
私は、アレクシス殿下に惹かれてなどいない。これはあくまで、従者としての愛だ。側近として、主君を大切に思うのは当然のこと。
頭の中を空っぽにしたくて、深く息を吸った。胸に手を当てると、金属の感触とほのかな魔力を感じる。
今日贈っていただいた、青い魔石のブローチ。あれが私の胸の上で、私を守るように留められていた。

