私は剣に身を捧げた女。王太子殿下の求愛は、お受け出来ません


 冬の夕暮れは早い。店を出るととっくに夜の帳が下りていて、霜が降りそうなくらいに冷え込んでいた。
 
 寒い中で待っていてくれた御者を労ったあと、二人で言葉少なに馬車に乗り込む。
 
「寒いだろう」
 
 殿下はためらうような素振りを見せてから、私を手招きした。そっと抱き寄せられ、殿下の大きな外套と腕にすっぽりと包まれる。
 
「ん……どうした?」
 
 思わず顔を伏せてしまった私の、様子を伺うように殿下が声をかけてくれる。聞き慣れたはずの声は、ひときわ甘い。
 
「い、いえ。その……もったいないお気遣いを、ありがとうございます」
 
 そう。これはあくまで、殿下のご親切にすぎないのだ。寒いから、一緒に外套を羽織っているだけ。必死に、自分に言い聞かせる。
 
「ヴィオラ。こうしてみると……お前は、小さいな。華奢で、か弱くて……」
 
 殿下の甘い声が、耳元から心の中まで忍び込んだ。アレクシス殿下は紛れもなく、男性なのだと意識してしまう。ダメだと思えば思うほどに。
 
「し……心外です。こ、これでも……日頃から、鍛えております……」
 
 体温が近い。殿下の、呼吸する音すら聴こえてくる。触れ合っている身体はびっくりするほど頑丈で、全体重をかけてもびくともしなさそうだ。
 
 いけない。と、頭の中で警報が鳴るのを感じる。アレクシス殿下は、遅かれ早かれセリーヌ嬢と結婚されるはずなのだ。
 
 分かっている。分かっている……のに、この腕の中から、出たくないと思ってしまう自分がいる。
 
 しばらくの間、押し黙って、馬車の揺れに身を任せていた。ドキドキと、胸が高鳴っている。とても、殿下の顔は見られない。
 
「謁見の間の、穴のことを覚えているか?」
 
 突然、殿下が口を開いた。本当に唐突だった。意識が逸れて、ほっとする。
 
「ええ。幼い頃の、殿下の斬撃によるあの穴ですね」