私は剣に身を捧げた女。王太子殿下の求愛は、お受け出来ません


 
「それなら、誰もアレクシス殿下の本当の姿を見ようとはしないじゃないですか。そういう王侯貴族の体質には、少し失望しました」
 
 正直私にとっては、この国の王太子が英雄かどうかなんてどうでもいい。
 
 しかしこうして身近な存在となった以上、本人が息苦しそうなのは気が咎める。
 
「別に騎士三十人分の強さじゃなくたっていいし、お裁縫が好きでもいい。世間がどう思おうが、殿下は殿下です」
 
 やたらと勇ましく盛られた武勇伝で望んでもいないのにチヤホヤされ、かと思えばささやかな趣味さえ隠れて楽しまなければならない。
 
 そんな生活がずっと続けば、さぞ気が滅入るだろう。
 
「今度、作ったものでも見せてくださいよ」
 
 なにやら考え込んでいる様子のアレクシス殿下に、努めて軽い調子で言う。
 
「……ありがとう。なんだか、すっきりした」
 
「そうですか? 私は特に何もしていませんが……でも、よかったです」
 
 しばらくそうして過ごしていると、もう辺りは暗くなり始めていた。私は立ち上がって伸びをし、殿下に礼をする。
 
「それでは、失礼いたします」
 
「ああ。では、またな」
 
 アレクシス殿下が片手を上げて、にこっと笑う。赤い瞳には光が戻って、端正な顔立ちはいくらか無邪気さを取り戻していた。
 
 踵を返し、庭を抜けると廊下を渡って自室へと向かう。その間中、殿下が私に見せた笑顔が目に焼きついていた。
 
 屈託ないのに、どこか寂しそうな目。あんな力の抜けた表情を見せられる場は、そう多くないに違いない。
 
 演じることを、ずっと強いられているのだろうな。今日までの出来事で、それを肌で感じた。
 
 横柄なエルディシア公爵には丁寧に接し、おべっかばかりの宰相や大臣をあしらい、サロンでは令嬢たちにお世辞を言い、実の両親とはろくな会話もない。
 
 それなら——それならアレクシス殿下は、いったい誰の前で、素顔を見せられるのだろう。

 なんだかんだで剣を振り回すことを認めてもらっていた自分の身の上とは、あまりに対照的だ。
 
 秋の日暮れは早い。自室にたどり着く頃には、ゆっくりと夜の気配が濃くなってきていた。