私は剣に身を捧げた女。王太子殿下の求愛は、お受け出来ません


 なんでも、先日たまたま高名な歴史学者である未亡人と会見する機会があったそうだ。
 
「お年を召した女性で、学者としては尊敬出来る人だ。だがもちろん、ロマンチックな密会ではない」
 
 なのにいつの間にか、アレクシス殿下がしょっちゅう未婚の令嬢と密会しているかのような噂が出回ってしまったのだそうだ。
 
「オレはただ、学者と興味深い会話を楽しみたかっただけなのに。相手の未亡人の方にも、失礼な話だ」
 
 そう言いながらも、どこか諦めたような調子だった。
 
「ふうん。世間の噂って、本当にくだらないですね」
 
 こうした噂を流すのはもちろん、アレクシス殿下の女性関係が気になって仕方がない連中なのだろう。
 
 アレクシス王太子は女たらしだという噂は、どうやら本当にただの噂でしかないらしい。
 
「まあ、なんでもいいや。他に聞きたいことはありますか?」
 
 そう言うと、アレクシス殿下はぱっと顔を輝かせた。
 
 結局そのあとは、案外楽しい時間を過ごすこととなった。殿下は次から次へと質問を投げかけ、私がなにを答えても面白そうにしている。
 
 ——なんというか、私も単純なものだ。少年のように目を輝かせる殿下を、いっそ可愛らしいとすら思ってしまう。
 
「はっ! しまった、こんな時間か」
 
 小一時間そうして過ごしたあと、アレクシス殿下は突然大きな声をあげた。
 
「なにか、ご予定ですか?」
 
 汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、声をかける。殿下の顔をちらりと見て、驚いた。
 
「ああ。くだらない用事があるのを、忘れていた」
 
 さっきまであんなにイキイキしていた表情はどこへやら。すっかり、無感情な面持ちになってしまっている。
 
 ただ嫌そうというわけでもない。色が失せたような、火が消えたような。まるで、心を閉ざしてしまったようにも見えた。
 
「ヴィオラ、お前もついてきてくれ」
 
 私に背を向けたまま、殿下が身支度を始める。私も、慌てて装備を元通りに直した。
 
 アレクシス殿下に、あんな顔をさせる仕事とはいったいなんなのだろう。
 
 訝しく思いながらも、私は黙って殿下のあとをついて執務室をあとにした。