私は剣に身を捧げた女。王太子殿下の求愛は、お受け出来ません


 もうこの男には、自分の娘を王妃にすることしか頭にないのだろう。歴史ある公爵家の当主として、一家の誇りがいつしか妄執に変わった男。
 
 人語で話しているはずなのに、話が通じない——そんな、巨大な毒虫を相手にしているかのような、気味の悪さ。
 
 極限まで張り詰めた謁見の間の静寂を、震える一声が高く響いた。
 
 ●娘の勇気[#「●娘の勇気」は中見出し]

「お父様。もう、およしください」
 
 口火を切ったのは、セリーヌ嬢だ。父であるエルディシア公爵は、不意を突かれたように娘の方を振り返った。
 
「な……なに?」
 
 静かに、しかしきっぱりとしたセリーヌ嬢の声。その意味を飲み込めずにいるらしいエルディシア公爵は、娘を前に目を見開いていた。
 
「もう、およしください。罪を認めて、罰を受け入れてください」
 
「待て、セリーヌ……な、なにを言う? 罰を……?」
 
 場が、ざわざわし始める。控えめで、父の前でいつも縮こまっていたセリーヌ嬢。そんな彼女が父に意見するところなど、この場にいる誰もが見たことがない。
 
「な……な……なにを……わしは……セリーヌ、お前のために。お前が王太子殿下の元に嫁げるよう、力を尽くして……」

 一番驚いているのは、エルディシア公爵のようだった。初めて娘から戒められて、目を白黒させている。
 
「嘘ですわ。わたくしのためなどでは、ありません。お父様はずっと、自分の娘を王家に嫁がせるのに必死だっただけ」
 
 セリーヌ嬢は両手をぎゅっと握り、巨大な敵に立ち向かうように細かく震えている。怖いのだろう。しかしもう、うなだれてはいない。
 
「そのために……もっと恐ろしい嘘をつくなんて、わたくしは……わたくしは、お父様を、軽蔑いたしますわ!」
 
 はっきりとした拒絶の言葉を、セリーヌ嬢は震えながらも堂々と言い切った。
 
 絶大な権力を誇り、誰もが面と向かっては逆らえなかったエルディシア公爵。その公爵が、最も飼い慣らしていたつもりだった娘に今、反旗を翻されている。
 
「な……生意気を……」