「……それはそれは。ずいぶんな言いがかりですな。どれも、決定的な証拠とは言えませんぞ」
しばらくの沈黙のあと口を開いたエルディシア公爵は、奇妙に引きつった笑みを浮かべていた。
「仮の話ですが……もし仮に、私が殿下を襲わせたのが事実だったとしても。なんの被害も出なかったではありませんか」
アレクシス殿下は、なにも答えない。どんどん圧を強めていく公爵と相対して、ただ静かに立っている。
「たかだか、家来がひとりかすり傷を負っただけ。それしきのことで、我が家との縁談が白紙に戻ることはないでしょう」
家来、という言葉をことさらに強調しながら、エルディシア公爵は私を冷ややかに睨みつけた。
後ろに連れられているセリーヌ嬢は、可哀想なほどにしおれている。この期に及んで堂々としている父を、恐れているようにも見えた。
「それに、です。王太子殿下がもういい加減に結婚なさらなければならないことには、変わりないでしょう!」
エルディシア公爵の声に、苛立ちが混じる。拳を握り、威嚇するようにアレクシス殿下を睨みつけた。
「……エルディシア公爵。どうか、大人しく罪を認めてくれ」
アレクシス殿下はその様子を見て、溜め息をついた。どちらかといえば、悲しげですらある。
どうにも救いようのない者に対する、哀れみなのだろうか。
「これ以上、セリーヌ嬢に恥をかかせたくない」
うなだれているセリーヌ嬢を見遣って、アレクシス殿下は気遣わしげに呟く。その様子を見て、公爵はますます怒りに膨れ上がった。
「くだらないことを!」
公爵は娘の方を振り返りもせず、吐き捨てるように言った。怒鳴り出しそうに見えたが、言葉を飲み込むようにひと呼吸置く。
「賢い王太子殿下、両陛下ならお分かりですな? どのみち、王太子殿下は妻を娶らねばならないのです。今ここでいい加減な疑惑を私にかけて、婚約を後回しにしている場合ですか」
不気味に落ち着いた、慇懃無礼な猫撫で声にぞっとしてしまう。

