「しにたい」って言ってもいいんだよ

「死にたい」

 なぜか言ってはいけないように感じる言葉。
 誰かが決めたわけでも、誰かのせいで言ってはいけないと感じるわけでもない。
 でも、なぜか簡単には口に出せない。

 人は、もっと弱音を吐くべきだ。
 死にたいぐらい、辛くなったら呟けばいい。

「死にたい」って。

 小さな声でもいいから。
 そしたら、親切な人が残ってくれる。
 この言葉を否定してきたやつは友なんかじゃない。あなたが関わるべきじゃない。縁を切ろう。
 人はたくさんいる。今は狭い世界しか見えていないかもしれない。でも、本当はもっと広いはずなんだ。
 だって、世界人口ってとっても多いんでしょう? 何人なのかはよくわからないけれど。
 分母があれば、分子は残るでしょう。0を割ることはしないでしょう?
 人一人と別れれば、人一人、いやそれ以上の人と出会えるはずなんだ。
 別れと出会いを繰り返し、人は生きていく。
 どのタイミングで別れてもいいんだ。
 それが、あなたのためだった、ってこともあるよ。

 私は、ただの中学生。
 いじめを受けたことがある、中学生。
 不登校だった、中学生。
 自傷したことがある、中学生。
 死のうとした過去がある、中学生。
 表向きはただの中学生。どこにでもいる中学生。
 でも、心の中は闇に包まれている。
 見せられないほどの傷がついている。
 心に。
 体に付けた傷は、もう塞がった。目立つものから、もう見えなくなったもの。
 でも、心の傷は癒えることを知らない。
 消えたと思ったら再びうずく。
 気づかぬうちにその傷が自分を苦しめている。

 意味わかんないよね。

 理解してほしいなんて思わない。
 だって、私はあなたの気持ちがわからない。顔も、声も知らない。
 だから、あなたの心を揺さぶることができる自信もない。何を求めているのか、知らないから。
 だから、私は理解してほしいなんて思わない。

 あのさ、「死にたい」って思うのならその感情を打ち明けて、幸せを分け与えてもらおうよ。
 「死にたい」という感情を分け与えるのは違う。それで相手が傷つき、願っていない方向へ物語が進んでしまったら、あなたが傷ついちゃう。私は、それを、望んでいない。あなたも、望んでいないでしょう。
 あなたのことを思ってくれている人なら、あなたのそばにいて話を聞いてくれたり、遊んでくれたりするから。
 カフェでまったり過ごす。
 カラオケで熱唱する。
 子供に戻って公園のアスレチックで遊んでみる。
 一つ一つを共にしてくれるから。
 不安にならなくていい。断られたら、まあその時。
 一人でその場所に行ってみたり、家で好きな音楽聞いたり。色んな過ごし方があるのだから、焦らないでいいの。
 友達がいない、そう言ってくる人もいるかも。親とか親戚でもいい。一人だっていい。一人は悪じゃない。独りを感じるなら誰かがいるといいんだけど……。
 
 どうしたの?
 大丈夫?
 手伝おうか?
 頑張ってるね。
 偉い。
 
 あなたが言われたい言葉、ある?
 私は、同情が好きじゃない。
 褒められるのは得意じゃない。
 じゃあ何を求めてるかって?
 どこにでもいる人だと思ってほしい。
 私は心が弱い。体も強くない。不登校だった。
 当たり前のように学校に来れている人とは違う。自分でも理解してる。
 でもね、。
 普通でいたかった。
 今は、普通って何? なんでそんなもの追い求めなきゃなの?って思ってる。
 それでも、求めてた時期があった。今も、心の奥底では求めてるんだと思う。
 でも、普通とは違う。
 どこにでもいる人。それは生きてる人。
 「死にたい」と思ってる人も、心が弱い人もみんな生きてる。それなのに、違うように見られてしまう。
 それが、嫌だった。同じように接してほしかった。私も生きてるんだから。
 ただ、笑えればいい。笑いたいの。
 みんな同じなんだと理解してくれる人が増えてほしいな。

 言ってほしい言葉があるのなら、それを人に言おう。
 もちろん、人を傷つける言葉はだめ。
 優しい言葉を言おう。
 そうすれば、あなたにも優しい言葉が届くのだから。

 情けは人の為ならず。

 めぐりめぐってくるのだから。