琥珀色の港を見たい君。

「大丈夫?」

入学式の日、ただの小石で躓いた俺を笑わずに手を伸ばしてくれた君を、

その時は、まだ何も知らなかった。


 俺、笹賀湊斗(ささがみなと)はクラスメートの桜井美月(さくらいみづき)さんに恋をしている。桜井さんと同じクラスになって、しばらく隣の席だった。

 俺はふと1番窓に近い列の席に座っている桜井さんのほうを見た。6月で1度席替えをしたので今は桜井さんと俺は隣の席ではない。

「ふわぁ~」

手を口に当てながら、あくびをしていた。

「美月、昨日何時に寝たの?めっちゃ眠そうじゃん。」

桜井さんの隣の席の瀬川が桜井さんに言う。

「はぁ~、今日も桜井さんかわいいなぁ~ って思ってるでしょ?なぁ凛空」

「それな。バレバレ」

 こいつらは東雲蓮(しののめれん)小松凛空(こまつりく)。俺のイツメンだ。

 俺が桜井さんを好きなのを知っていて、隙あらばいつもこんな感じだ。

「蓮も凛空もモノマネがへったくそだなぁ。もっとクールな感じに言わないと湊斗っぽくないよ~。」

 身長の高い凛空の後ろからひょこっと現れた小柄の男子、天月琥珀(あまつきこはく)も俺のイツメンの1人だ。

「挨拶でもしてみればいいのに~。簡単だよ?まぁ俺は意外と仲いいからふっつーにできるけど、湊斗にはハードル高いかな~?」

 緊張してまともに話すことすらできないから却下だな。まぁ言ったらバカにされるから言わないけど。

「んー考えとくわ~。あ、そろそろ朝の会はじまっから席につけ。」

「「「りょ~」」」

 そう言って3人がそれぞれの席に戻っていく。

 俺は今日も、「ゆっくり」という言葉で自分をごまかし彼女への想いを募らせていた。


 「こ、琥珀?もう一回言ってもらっていいか……?」

「だから、俺も美月のこと好きなの。だから勝負しよ。どっちが美月と付き合えるか。」

 ちょうど蓮と凛空が体育館に遊びに行っていて、琥珀と2人になったタイミングで言われた。

 な、なんでよりによってこいつと好きな人がかぶってるんだ。

「お前、桜井さんと関わりあったっけ?琥珀は桜井さんのどこが好きなんだ?」

「関わり?あれ、湊斗知らなかったっけ?俺美月と同中で、3年間クラス一緒だったこと。」

 え、初耳だぞ。同中か~。ーって、3年間クラス一緒はうらやましいって!!俺は受験して男子校だったけど、今になっては受験しないで共学の中学にすればよかった!そうしたら桜井さんと会えていたかもしてないのに。くそっ。

「えーと好きなところだっけ?ん~恥ずかしいけど、優しいところ?かな。中学の時、俺よくいじめられてて。」

「ーっえ……?!」

 この学校では琥珀をバカにする人なんてまったくいない。バカにするやつがいたら俺らでぶっ飛ばしに行くだけだけど。

だからいじめられていたなんて、まったく思わなかった。

「そんな中、美月だけは違った。だから、俺はいじめてきたやつに立ち向かえたんだ。」

 ーそりゃ桜井さんに恋しちゃうな。桜井さんの優しい性格は中学校からずっと変わっていなかったのか。

今更だけど、いままでどんな気持ちで琥珀は俺に桜井さんいじりしてたんだよ。俺のことよくいじれたな。

「だから今でも美月と話したりするよ。ラインも知ってるし。」

「は!?お前桜井さんのラインもってんの!?」

「え?うん。インスタも相互だよ。」

 冷静に考えたら俺不利じゃね?

 ラインも持ってないし、話したことないし。

 なにより思い出がない。何一つ。

「で、どうなの?湊斗、勝負するよね?」

「うん」とうなずきたいのに声を出すことを体が拒否する。

 正直言って、100%不利な勝負だ。

 負ける勝負なんてしたくない。今ここで「お前を応援するよ」と言えば勝負なんてしなくていい。

 でも、ここで逃げたら、男としてダサいよな。

「ーうん。琥珀、やろう。」



 琥珀からの勝負を受け入れた次の日。

「美月おはよ~。」

ニコニコスマイルで琥珀が桜井さんにあいさつをする。

「琥珀おはよ~。あいさつしてくるの珍しいね。」

桜井さんは琥珀のあいさつに笑顔であいさつをし返す。

「なんか気分で~」

「あはは!なにそれ~」

 その様子はただのクラスメート同士には見えず、少なくとも俺の知ってる“友達”の距離じゃなかった。

 それに比べ俺は、緊張して挨拶すらできず、ただ琥珀と桜井さんを見ていることしかできなかった。

「なぁ凛空、琥珀と桜井が話してるぞ?なんでだ?」

「マジじゃん。珍し。湊斗も見習ってしゃべってくればいいじゃん。」

「お前らなぁ~。」

 俺だって桜井さんと話してみたい。けど、こんな俺が話しかけてもいいのか??緊張してぜったいまともに話せない俺が?

「意外とお似合いじゃね?あの2人。」

「それな、蓮。俺も思った。でもさ、なんか高橋が言ってたんだけどさ、桜井さんて瀬川とー……。」

 俺が琥珀と桜井さんが話しているのを見ている横で蓮と凛空がそう言っていた。

「あー、わりぃ。俺トイレ行ってくるわ。」

 さすがにこれ以上「お似合い」という言葉を聞きたくなかった俺はトイレに逃げた。蓮と凛空が心配そうに見ていたが、トイレの個室へ入っていく。改めて考えてみれば、

琥珀は理由を持って好きになった。

俺は、ただ惹かれただけだった。

~~~~~~~~

 「湊斗どしたー?美月やめて俺に告白しようとしてる~?」

 放課後、俺は琥珀を体育館裏に呼び出した。

 琥珀は相変わらず何考えているかわからない笑いを浮かべて言ってきた。

 俺は喉を鳴らしてから、

「自分なんかより琥珀と付き合うほうが桜井さんも幸せだ。だから俺は勝負を降りる。」と琥珀に伝えた。

「ーはっ?」

 珍しく、琥珀が困惑した表情になっている。眉毛は八の字になっているし、口も間抜けに空いている。どんなことを聞いても基本「それはすごいね~」と言い、ニコニコしながら反応する琥珀。こんな顔、見たことなかった。

琥珀は大きくため息をついて

「湊斗の気持ちってそんな程度だったんだ。」

と、視線だけで俺を刺すように見た。

「いや、桜井さんのことはほんとに好きだ!でも、お前は俺と違って、ちゃんとした理由でー・・」

「なに?こんなしょうもないことで俺を呼び出したってわけ?はぁくっだらないなぁ~。なんか最初に「琥珀と付き合うほうが桜井さんが幸せ」とか言ってたよね。」

「言ったけど何かあるか?」

 俺の「言ったけど何かあるか?」を聞いた瞬間、空気が変わった。

 琥珀は一息もつかず、言葉をぶつけてきた。

「はっ、だっさ。本当は勝ち目がないと思ったから勝負を降りたんじゃないの?!
人を好きになる理由がまともとか、まともじゃないとかさ。んなもん理由なんてなんでもよくない!?」

 一気に言ったから琥珀は息を切らしながら俺を睨んでいる。その視線が怖くて、逸らせなかった。

「ーもういいわ、こんなだっさいやつに美月が好かれてると思うと美月が、かわいそうだな。」

そう言ってくるっと後ろを向いた。最後に

「そんな覚悟なら、最初から勝負なんてすんなよ……。」

と悲しそうに言い去っていった。

 部活の声。ボールが床をはねる音。校庭からサッカーボールの乾いた音。ホイッスルの鳴る音。誰かと誰かが笑いあってる声。

その音すべてが耳障りで、俺は足元の小石を蹴った。

【side:琥珀】

 「うわぁ、かっこいっ」

 初めて湊斗を見た瞬間、心臓が一拍遅れた。こんなかっこいい同性がいるのだと。でも湊斗とは入学当初は席が近くなかったので、関わる機会は全然なかった。

 転機が訪れたのは4月終わりのグループ別学習だった。

一緒に過ごすうちに嫌でも思い知った。

授業で分からなかったところを毎回先生に聞きに行ったり、リレーでもっと速く走るために自主練したり。

湊斗は、いつも何かに全力だった。

それが、俺にはできないことだった。ー俺には一生懸命になれるものがないから。

俺が気になっていたのは、

いつの間にか美月より、湊斗の背中だった。

 湊斗が美月のことを好きだと、6月くらいに知ったときは「なんでこいつが……。」と息が詰まった。

 こんなかっこいいやつに告白されたら、断れるやつはいないだろ。

 湊斗の恋は応援したい、でも・・。

 しばらく、俺の中でどうするか考えた。そしてある日結論を出す。

「友達だからこそ、正々堂々とぶつかってやろうじゃないか。」と。

あと、美月に話しかけようとしない湊斗を見て、なぜか腹が立った。

だから、俺は勝負を仕掛けた。

 なのになんでお前はぶつかろうとしない?

 まるで用意してきたかのように言い訳をスラスラと並べ、勝負を降りた湊斗。

その姿を見た瞬間、胸の奥で何かがすっと冷えた。

 いやでも、こんな湊斗の姿を蓮と凛空が見なかっただけいいと思おう。

 湊斗は、俺らの中心にいる。だから意外とショックを受けやすい2人が見たら、きっと耐えられなかった。

 言い過ぎた、とは思う。

 でも、湊斗のそんな姿だけは見たくなかった。見せてほしくなかった。

 俺の中とは反対で、空は雲一つなかった。

 考えるのをやめ、その下を歩いて家へ向かった。

~~~~~~~~

 「くそっ」

 体育館の壁を叩く。

 琥珀にしてはすごい荒々しい口調だったこと、吐いた言葉がどれも俺に当てはまるような言葉だったさっきのことを思い出すだけで、無性にイライラしてくる。

 なんで俺の言うことが伝わってくれない?

胸の奥が、嫌な音を立てた。

 琥珀は「俺がお似合いだってのはそれの言い訳として使ってるじゃねーの?!」と言っていた。

 ―俺は、琥珀を理由にして逃げていた。

 気づいたら足が勝手に動いていた。全力で俺は琥珀の後を追いかけた。

 もし立場が逆で、あんな言葉を言われたら俺も琥珀と同じ反応をする。

 「桜井さんが琥珀を好き」。そう思い込んでいた俺は大馬鹿だ。

 その時、前の方に歩いている琥珀を見つけた。

「琥珀!!!」

 ひさしぶりにこんな大声出した。

 琥珀はピタッと足を止めて振り返った。

「ーみな、と……?!」

 その隙に俺は琥珀に近づく。琥珀は今も戸惑ったような顔をしていた。俺はすかさず言った。

「ごめん。俺、勝手に決めつけてた。

お前を理由にして、逃げてたってやっと気づいた。」

「……」

「琥珀、お、俺が……」

 緊張で手と声が震える。

 あぁすごく怖い。

 これで拒まれたら、もう俺はーー。
 
 でも、ここで勇気を出して言わないと、俺はずっとこのままだ。

 大きく息を吸う。

 そして琥珀の目を見て言った。

「俺が間違ってた……。本当に、ごめん。」

ほんとにわがままだって分かってる。でもどうか、手を取ってほしい。

そう思って俺は手を差し出した。

「もう一度、俺と勝負をしてくれないか……?」

 しばらくの間沈黙が流れる。そりゃそうだ。急にこんなこと言われても、許す気にはなれないよな。

「ーもう逃げないんだね?」

 沈黙を破るかのように琥珀が言った。

「ー!もちろん!ぜったい逃げない!」

 俺のこの言葉を聞いて琥珀は嬉しそうな顔をした。そして俺の手を握り、

「ーじゃぁ、第2ラウンド開始だな。」

 と言ってくれた。

「おう!負けねーから!」

そう言って俺は琥珀が握ってくれた手を強く握り返した。


 月日がたち、今日は2月14日。

 琥珀と勝負を再開した後、俺は勇気を出して「ーお、お、おはよう。」とあいさつをしたところ、桜井さんから「おはよう、笹賀君!」ととびきりの笑顔で返してくれたのだ。

俺は緊張なんて吹っ飛び、桜井さんの笑顔見たさにあいさつをするようになった。

 今日、俺と琥珀は桜井さんに告白する。

 3月14日がいいのではと俺から提案したが、

その日は春休みだからということで 今日告白することになった。

 俺たちは、桜井さんに「今日の放課後、体育館裏に来てほしい。」と伝えた。彼女は快く「りょーかい!」と言ってくれた。

 今はトイレで身だしなみを整えている最中だ。

「湊斗緊張してるでしょ?」

「そりゃするだろ。」

 緊張で髪を整える手が震える。

 なのに琥珀はいつも通りの顔で整えている。

「ふっ、初心だなぁ~」

「な、バカにー」

「でも、逃げてない。それだけで、もうすごいことだよ。

大丈夫。ちゃんと、ここまで来れたんだからさ。」

琥珀がいつもより優しい声色で俺に言う。

「ーよし、完璧~」

琥珀はそう言って鏡から目を離し、俺を見た。

いつの間にか手の震えは収まっていた。

「よし、それじゃぁ行くか!」


そうして、俺たちは一歩踏み出した。

~end~