「あ、いたいた〜」
背後から弾むような足音が聞こえ、振り返ると琥珀が大きく手を振っていた。
「こっち。教授の部屋、ちょっと奥まったとこにあるからさ」
隣に並んで歩き出す。
琥珀は人懐っこい笑顔を浮かべたまま、風に靡く黒髪の間から、くりっとした瞳が時折、観察するように私を覗き込んでくる。
「……っていうか、わざわざ一人で来させる教授もどうかと思うけどね。」
肩を竦めて、少しだけ声のトーンが落ちた。
「教授さん、吸血鬼が嫌いなのに吸血鬼のこと研究してるの?」
「んー、嫌いっていうか………まぁ、吸血鬼の生態系の論文、けっこう出してて。ちょっと複雑なんだよね」
やがて、古びた歴史の重みを感じさせる扉の前で足が止まった。
色褪せた名札には、鋭い筆致で「桐島」と書かれている。
琥珀が遠慮なくドアをノックした。
「教授、お客さん連れてきましたー。」
数秒の沈黙のあと、扉が薄く開いた。
隙間から覗く目は五十代ほどの男で、痩せた顔に不健康な隈が刻まれている。
私を一瞥してから、琥珀に視線を移した。
「……君が朝宮のお嬢さんか。入れ。」
それだけ言って、私を部屋に招き入れる。
「じゃ、終わったらロビーで待ってるから。なんかあったら呼んで。」
琥珀は手慣れた様子でひらひらと手を振り、角の向こうへ消えていった。
教授の研究室は薄暗く、本棚にびっしりと並んだ背表紙が蛍光灯の白い光に晒されている。
机の上には開きっぱなしのファイルと、何本ものエナジードリンクの空き缶が転がっていた。

