「もう行くの?」
私がぽつりと呟くと、前を歩いていた叶兎くんがふっと足を止めて振り向いた。
綺麗な瞳と視線がカチリと重なった瞬間、私の胸の奥がキュッと縮み上がる。
「……名残惜しい?」
「だって、叶兎くんとの思い出の場所だもん。White Lillyのみんなとも毎日一緒だったし…」
長いようで、短かった。
だけど間違いなく、
私の人生を根こそぎ変えることになったきっかけの場所。
「まぁ、俺も寂しくないって言ったら嘘になるけど……別にみんなと会えなくなるわけじゃないし。」
叶兎くんが一歩近づいてくる。
「それに」
叶兎くんは指先で私の顎をそっと持ち上げると、息がかかるほどの至近距離まで顔を近づけてきた。
そして、底意地の悪い笑みを浮かべてクスクスと笑う。
「寮を出たら……これからは、誰の目も気にせず、遠慮なくいくらでも触れるでしょ?」
寮を出るということは──今日から、吸血鬼界の本部で、叶兎くんと二人で一緒に暮らすということだ。
つまり、本格的に彼との「同棲生活」が始まるという甘く恐ろしい現実を改めて突きつけられ、私の顔は一瞬で真っ赤に熱くなった。
私の混乱をよそに、叶兎くんはすっと顔を伏せ、その唇を私の無防備な首元へと滑らせてくる。
あ……吸われる……っ
首筋に触れる熱い吐息に、私は思わずギュッと目を瞑り、体を強張らせて身構えた。
けれど。
——何も起こらない。
……あれ…?


