【side胡桃】
今日は朝から、一段と学園全体がそわそわと騒がしかった。
校舎の窓から差し込むうららかな春の光とは対照的に、廊下を行き交う慌ただしい足音は途切れることがない。
廊下のあちこちから、賑やかな笑い声や、どこか寂しげな別れの挨拶が壁越しにもはっきりと聞こえてくる。
私は抱えていた大きめの段ボール箱を持ち直し、静まり返った部屋の真ん中でぽつんと立ち止まった。
ゆっくりと、一つひとつの家具や壁を見渡す。
…うん。引き出しの中もチェックしたし、忘れ物は……もう、なさそうかな。
生徒会特別寮。
──1年間過ごした、自分の部屋。
たった1年間。
普通の高校生からすれば、ほんの短い期間かもしれない。
けれど……私にとって人生のすべてが詰まったみたいに愛着の湧きすぎた部屋だった。
胸の奥がキュッと締め付けられるような、名残惜しい気持ちを抱えながら、私はそっと部屋を出て重い扉を閉めた。
カチャリ、と鍵の閉まる乾いた音が寂しく響く。
ロビーに出ると、そこには毎日見慣れたいつもの景色が広がっていた。
みんなで囲んだ大きなソファ、くだらない話で盛り上がったテーブル。
私は一度、抱えていた段ボール箱をテーブルの上にことりと置き、ぽかんとあたりを見渡した。
過ごした日々の記憶が、まるで走馬灯みたいに頭の中を駆け巡っていく。
「どうしたんだ?部屋の前で立ち止まって」
思い出の余韻に浸っていると、頭の上から急に声をかけられ、ハッと意識が現実に引き戻された。
振り返ると、私と同じように大きな荷物を抱えた桐葉くんが立っていた。
さらにそのすぐ後ろからは、ふんわりとした笑みを浮かべた春流くんも歩いてくる。
「私がここにいたのはたったの一年だけど…色々あったなあって思って。」
思い返せば、最初の頃は不安で押し潰されそうだったっけ。
ここでみんなと一緒に朝を迎えて、ご飯を食べて、笑い合う。
気づけば私にとって当たり前の「日常」になっていたから……それが今日で終わってしまうなんて、なんだかまだ現実感がなくて、不思議な感覚だった。
「そうだねぇ。卒業って、何かまだ実感湧かないよね」
春流くんも感慨深そうに目元を和ませ、広々としたロビーをぐるりと眺めながら呟いた。
「うん。……明日からはもう、ここでみんなと気軽に会えなくなっちゃうんだって思ったら……やっぱり、ちょっと寂しいかも。」


