重い扉を押し開けると鋭い風が髪を乱す。
フェンスに背中を預け、街を見下ろした。
「……あーあ。」
ポケットからスマホを取り出して、画面を見る。
登録された数少ない連絡先をスクロールし、指がある名前で止まった。
──朝宮胡桃。
親指が通話ボタンの上で迷うように震えて──結局、押さなかった。
……かけるわけない。
かけたところで、何を話せっていうんだ。
「昨日は大丈夫だった?」なんて、俺が言うセリフじゃない。
結局、画面を真っ暗に戻して、俺は深く溜息をついた。
「……なにやってんだろ、俺。」
…心配?この俺が、あの子を?
視線の先、吸血鬼の本部がある方角をぼんやりと眺めた。
あの子の能力は利用価値があるから、手元に置いておきたい。
あわよくば味方に引き入れて、吸血鬼どもを無力化できれば最高だ。
だから近づいた、それだけだ。
……それだけの、はずなのに。
しばらくの間、俺は独り吹き抜ける風の中に立ち尽くしていた。
やがて空が白み始めると、俺はゆっくりと踵を返す。
階段を降りながら、いつもの表情に切り替えた。
口角を上げて、軽い足取りで。──スイッチを入れるように。
「……よし。」
次に胡桃と会う時、自分はどう振る舞えばいいのか。
答えなんて出ないまま、いつもの顔で本部の無感情な廊下に消えていった。


