「ま、まだ結婚はしてないですよっ…!?」
慌てふためいてブンブンと手を振る私に、桜さんは鏡越しに何でもないことのようにあっさりと返してきた。
「まだ、ですけど…でも、もう決まってるようなものですよね?」
手慣れた手つきで、木製のブラシが私の髪をやさしく、丁寧に梳いていく。
…ま、まぁ…そういうことになる…のかな…?
そう思うと反論の言葉が見つからなくなり、なんだか無性に恥ずかしくなって小さく縮こまってしまう。
「なので、敬語もやめて下さい。私のことも呼び捨てでいいので。」
びしっと言われてしまうと、不思議と逆らえない。
頼もしいお姉さんのような彼女の雰囲気に、私は気押されながらも小さく頷いた。
「……分かった。…ありがとう、桜」
少し照れくさそうに口にしてみると、桜は「はいっ!」ととても満足そうにパッと表情を輝かせた。
ドライヤーのブォーという温かい風の音の合間に、桜がふと思い出したかのように口を開く。
「…叶兎様、胡桃様の話になると、凄く優しい顔をするんですよ」
淡々とした口調なのにどこか楽しそうで。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「え……叶兎くん、私の話してたの……?」
嬉しい…というより、意外で。
そんなふうに、外で私の話をするタイプだと思っていなかった。
「してましたよ〜。…なんなら、執事に恋愛相談してました」
「あの叶兎くんが………?!」
信じられない内容に、思わずバッと後ろを振り向こうとすると──。
「あ、動いたら髪が梳かせませんので、前を向いてくださいね〜」
ガシッと両肩を優しく掴まれ、やんわりと元の姿勢に戻される。


