月のうさぎと地上の雨男

 渡は放課後、ぼんやりと大学の門をくぐった。

 真っすぐ通りを進めば駅、右に曲がれば付属高校がある。

 渡が卒業し、凪が通う付属高校。

 夕方にはまだ早い時間だから、校門前で待っていればいずれ凪は出てくるだろう。

 ……もし渡がそこにいたら、凪はどんな顔をするだろうか。

 少しでも喜ばしく思ってくれるだろうか。

 それとも、顔をゆがめてしまうだろうか。

 どちらにせよ、彼女の顔を見ることはできない。

 奥歯を噛み締め、渡は真っすぐ駅へ向かった。

 そういうことを、月夜の晩から毎日、渡は続けている。


 渡が帰宅すると父の(ゆずる)がリビングで待ち構えていた。


「来月末の結婚式に参加することになった」

「なに、いきなり」

「姉さんが別件で参加できなくなってな。代理として俺とお前で行くことになった。予定を空けておくように」

「ふうん」


 渡としては面倒だ。しかし、統領である伯母の代わりとなれば断れない。それが家としての役目だから。

 譲が差し出した招待状を受け取った。

 日時と場所を確認していると、譲が渋い表情で渡を見た。


「その式には、おそらく月詠(つくよみ)のお嬢様も参加する」


 渡の肩が跳ねた。

 重い口調で譲が続ける。


「関わるなよ」

「……気をつける」

「相手から話しかけられたらすぐに俺を呼べ。個人でやり取りしていい相手じゃない」

「うん……」


 渡は唇を噛む。

 しかし、何も言わずに頷いて自室に戻った。

 明かりはつけないままベッドに腰を下ろし、カーテンを開ける。

 いつも通り、薄曇りの空だ。


 ――凪に会えるかもしれない。


 話せなくても、触れられなくても、それでも渡はもう一度会いたかった。

 公的な場で顔を合わせるのなら、それは不可抗力だ。

 学校の入り口で待ち構えるようなストーカーじみた行為とは、明らかに異なる……はずだ。


 渡は自分が必死に言い訳を重ねていることをわかっていた。

 立場が違う。

 それでももう一度会いたい。

 会って、できれば話したくて、叶うならば触れたい。

 欲望には際限がないのだと、渡は初めて知った。

 自分がなぜこんなにも強く彼女を求めるのか、渡にはわからなかった。

 それでも、諦める気にはなれなかった。

 少しでも可能性があるのであれば、できるだけのことをしたいと思ったのだ。

 薄曇りの空の向こうにあるはずの月へ、渡は手を伸ばした。