二月頭のある日、渡が凪を迎えに高校に向かうと、やはり細蟹が現れた。
「雨水くん、一緒に帰っていい?」
「だめ。待ち合わせしてるから」
「そっか。残念。ところで来週末って用事ある?」
「来週末?」
渡は少し考えたが、特に予定はない。
しかし、ここで「用事はない」と答えるのは良くないと、ようやく気づいた。
渡はゆっくりと首を横に振った。
「来週末は用事あるよ」
「そうなんだ。……じゃあ、また明日」
細蟹は笑顔で手を振って去って行った。
カサカサと葉擦れのような音がして渡は辺りを見回したが、風は吹いていなかった。
渡は細蟹の背中が見えなくなるのを確認してから、本当の待ち合わせ場所の裏門へと向かう。
裏門の前に止まっていた月詠の車に乗り込むと、凪がパッと顔を上げた。
「凪、お待たせ」
「渡くん、今日は大丈夫だった?」
不安そうな凪に渡は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。凪に会いたかった」
渡はそう言ってシートベルトを締め、凪の手に自分の手を重ねた。
凪はやっと安心したように渡の手を握り返した。
車は静かに走り出し、渡の家へと向かう。
二人は他愛もないことを話しながら指先を絡めていた。
「渡くん、来週末って空いてる?」
渡の住むマンションのロータリーに車が入ったとき、凪がそわそわと渡を見つめた。
「来週末?」
渡は首を傾げた。
「来週末って何かあったっけ」
「バレンタインだよ」
恥ずかしそうに微笑む凪に、渡は頷いた。
「ああ、そっか。さっき他の人にも言われたから、何かと思った」
「他の人……それって、細蟹さん?」
「う、うん」
凪の笑顔が曇る。
しまったと思ったが、もう完全に手遅れだった。
渡はつい車のルームミラーを確認したが、猿渡も蟹沢も映っていなかった。
「その人に、バレンタイン誘われたんだ」
「バレンタインとは言われてないよ」
凪は俯いてしまい、渡からは顔が見えなかった。
それでも、暗い表情をしているのはわかる。
「凪。もしそうだとして、俺がバレンタインを一緒に過ごしたいのも、チョコレートを受け取るのも、君だけだよ」
「……彼女がいるって言えないのに?」
渡は何も言えなかった。
だってそれは、凪のためだ。
凪が危険に晒されないように、渡が月詠の弱点にならないように。
風間に口止めをして、父や母、頭領から月詠にこっそり根回ししているのも、最終的には月詠の頭領に二人の仲を納得してもらうためだ。
もしあらぬ噂で月詠の頭領が知ることになったら、凪は月に戻されかねないし、そうなったら、雨水と月詠の付き合いはどうなってしまうのか。
「……凪。俺は」
「ごめん、わがまま言った」
凪は渡の手をぎゅっと握った。
「わかってる。わかってるよ。ごめん」
「雨水くん、一緒に帰っていい?」
「だめ。待ち合わせしてるから」
「そっか。残念。ところで来週末って用事ある?」
「来週末?」
渡は少し考えたが、特に予定はない。
しかし、ここで「用事はない」と答えるのは良くないと、ようやく気づいた。
渡はゆっくりと首を横に振った。
「来週末は用事あるよ」
「そうなんだ。……じゃあ、また明日」
細蟹は笑顔で手を振って去って行った。
カサカサと葉擦れのような音がして渡は辺りを見回したが、風は吹いていなかった。
渡は細蟹の背中が見えなくなるのを確認してから、本当の待ち合わせ場所の裏門へと向かう。
裏門の前に止まっていた月詠の車に乗り込むと、凪がパッと顔を上げた。
「凪、お待たせ」
「渡くん、今日は大丈夫だった?」
不安そうな凪に渡は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。凪に会いたかった」
渡はそう言ってシートベルトを締め、凪の手に自分の手を重ねた。
凪はやっと安心したように渡の手を握り返した。
車は静かに走り出し、渡の家へと向かう。
二人は他愛もないことを話しながら指先を絡めていた。
「渡くん、来週末って空いてる?」
渡の住むマンションのロータリーに車が入ったとき、凪がそわそわと渡を見つめた。
「来週末?」
渡は首を傾げた。
「来週末って何かあったっけ」
「バレンタインだよ」
恥ずかしそうに微笑む凪に、渡は頷いた。
「ああ、そっか。さっき他の人にも言われたから、何かと思った」
「他の人……それって、細蟹さん?」
「う、うん」
凪の笑顔が曇る。
しまったと思ったが、もう完全に手遅れだった。
渡はつい車のルームミラーを確認したが、猿渡も蟹沢も映っていなかった。
「その人に、バレンタイン誘われたんだ」
「バレンタインとは言われてないよ」
凪は俯いてしまい、渡からは顔が見えなかった。
それでも、暗い表情をしているのはわかる。
「凪。もしそうだとして、俺がバレンタインを一緒に過ごしたいのも、チョコレートを受け取るのも、君だけだよ」
「……彼女がいるって言えないのに?」
渡は何も言えなかった。
だってそれは、凪のためだ。
凪が危険に晒されないように、渡が月詠の弱点にならないように。
風間に口止めをして、父や母、頭領から月詠にこっそり根回ししているのも、最終的には月詠の頭領に二人の仲を納得してもらうためだ。
もしあらぬ噂で月詠の頭領が知ることになったら、凪は月に戻されかねないし、そうなったら、雨水と月詠の付き合いはどうなってしまうのか。
「……凪。俺は」
「ごめん、わがまま言った」
凪は渡の手をぎゅっと握った。
「わかってる。わかってるよ。ごめん」



