月のうさぎと地上の雨男

 雨水渡は帰宅すると、そのまま自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。

 そうしてようやく落ち着きを取り戻し、頬が熱くなる。


(あれは……セクハラだったんじゃないか……?)


 渡が初めて触れた女の子の唇は柔らかく小さく、驚きのあまりすぐに離れたものの、本当はもう少し触れていたかった。

 離れたあとの凪の顔はとても綺麗で、今も渡の目に焼き付いて離れない。

 つないだ手は小さく華奢で、見上げた横顔はどこか凜々しくて愛らしかった。

 凪曰く、あれはデートだったらしい。

 そんなの、渡の人生で初めてのことで、本当にあれで良かったのかもわからない。

 少なくとも楽しそうには見えたけれど、本当は嫌がっていたらどうしよう。そうだとしたら、あれはただのセクハラでしかなくて、自分はとんだ勘違い野郎だ……いや、そんなはずはない――。

 考えれば考えるほど分からなくなり、渡は目を閉じて思考を手放した。

 渡は枕に顔を埋めてしばらく唸り、やがてゆっくりと身を起こした。


「……風呂、入ろう」


 トボトボと風呂に向かうと、ちょうど妹の雫が脱衣所から出てきた。


「渡、もしかして今からお風呂?」

「うん」

「ごめん、お風呂の栓抜いちゃった」

「……いいよ」

「どしたの、元気ないね。冷凍庫のアイス食べていいよ」

「それ、元から俺用に取ってあったやつじゃん」


 あはあはと笑う妹を軽く追い払い、渡は脱衣所に入った。

 シャワーだけで軽く済ませてベッドに戻ると、夕飯を食べていないことに気付いたが、まったく食欲がわかなかった。

 渡はその晩ほとんど眠れず、小柄な月の少女のことを延々と考え続けていた。