月のうさぎと地上の雨男

 数日後、凪から渡に連絡が来た。


日和(ひよ)ってない?』

「……怖いなあ」


 ちょうど授業を終えたところだった渡は、その一言を見て思わず笑ってしまった。

 隣に座っていた宗輔(そうすけ)が怪訝そうな顔をする。

「どした?」

「いや……知り合いから、物騒なニャインが来てさ」


 スマホを見せると、宗輔は首を傾げた。


「彼女?」

「違う。違うけど……あれ、なんだろうなあ?」


 首を傾げていたら、凪からまたメッセージが送られてきた。


『日和ってもいいけど、逃げられると思わないでね』

「ねえ、その子大丈夫?」


 不安そうな宗輔に、渡は笑った。


「大丈夫。世界一かわいい、俺の天使だから」

「なにそれ」


 渡は「今さら逃げないよ」とだけ送り返す。

 凪は渡にとってなんだろう。

 友達? そこまで親しいだろうか。友達にキスはしないだろうし。

 彼女? 恐れ多い気がする。一度二度キスしたくらいで彼氏面していいのだろうか。

 じゃあ、何だろう。

 悩みながら教科書とノートをかばんに放り込んだ。


「渡はもう帰る?」

「うん。そっちはサークル?」

「そだよ。今度の休みに登山行くから、経路と持ち物の確認があるんだ」

「楽しそうでいいなー」

「あはは、悪いな。風使いは山だと重宝されるんだ」


 教室を出て、渡は宗輔と別れて学校を出た。

 道路を見渡しても、黒塗りの車は見当たらない。

 先日凪に拉致されてから、渡は学校を出るとつい警戒してしまう。

 確認を終えて歩き出すと、またスマホが震え、今度は凪から電話がかかってきていた。


「もしもし?」

『渡くん、授業終わった?』

「今終わったとこ……なんかタイミング良くない?」

『うん。猿渡が渡くんが学校から出てきたって教えてくれたから』


 渡は咄嗟に辺りを見回す。

 しかし大学の校門周辺はもちろん、歩道にも道路にも、あのマッチョな黒スーツ姿は見当たらない。


『あ、探してもわからないと思うよ』


 見透かしたような声が、スマホの向こうから聞こえた。


『あのね、猿渡はそういうのが得意なの』

「そういうの?」

『うん。これ以上は企業秘密です。迎えに行くから一緒に帰ろうよ』

「……わかった。えっと、校門の前にいればいい?」

『すぐ行くね』

 電話を切ってスマホをポケットに入れる。

 凪は渡に監視をつけているのだろうか。

 素行調査なのか、凪の個人的な趣味なのか考えているうちに、見覚えのある黒塗りの車が音もなく渡の前に停まった。


「雨水様、お迎えに上がりました」