月のうさぎと地上の雨男

「どこに行くの?」

「海。また一緒に月を観よう」

「……わかった」

「ねえ、渡くんも附属高校だったんだよね? 生物の依乃(よりの)先生って知ってる?」

「知ってるよ。生物室の骨格標本に死んだ恋人の魂を憑依させてる先生だろ?」

「あ、そういうことなんだ? この間、骨格標本に話しかけててね……」


 二人は高校の先生や授業内容といった共通の話題で、それなりに盛り上がった。

 凪が学校では「明月(あけつき)」を名乗っていること、先日デートした同級生が謎の圧力で転校していったことなどだ。

 外は梅雨明けの夕暮れ時で、透き通るような青空がオレンジ色を挟んで濃紺へと色を変えている。

 いつの間にか車は海岸線を走っていて、渡は暮れなずむ空をぼんやり眺めた。

 ゆっくりと海岸沿いの駐車場に車が停まる。

 凪が先に降りて、渡の手を引き歩いていく。



 空はまだぎりぎり夕方だけど、それでも月が明るく輝いていた。

 砂浜に人影はなく、二人の足音と波の音だけが聞こえた。

 二人が立ち止まると、女性のボディガードである蟹沢がサッとビニールシートを敷いた。

 凪が先に腰を下ろし、手を引いて渡も隣に座るよう促す。

 月は半分より少し大きいレモンのような形で、明るく光りながら浮いている。

 プリーツスカートのヒダを崩さないように、片手でそっと膝を抱えて凪が渡を見上げた。


「……あのね、渡くんはきっと『お嬢様の気まぐれ』とか『興味本位』とかそんな風に思ってると思う。それはきっと的外れじゃないよ」


 凪は暗くなってきた水平線を眺めながら言った。


「でも、だからこそ私は渡くんのこと知りたいな。たくさんお話して、渡くんのこと知って、ちゃんとあなたのことを好きになりたい」


 それに渡はなんと答えるべきか悩んだ。

 家柄だけで言えば、きっと雨水本家の長男の方がふさわしい。

 雨水本家の頭領は、現頭領の長子である従姉が継ぐと聞いているし、その弟である従兄なら世代的にも家柄的にも問題ない。
 でも……渡は唇を噛んだ。

 今手をつないで渡に寄り添う彼女が、従兄と並ぶ姿を想像したくない。それはたぶん、他の誰でも。


「渡くんは、どうかな」