月のうさぎと地上の雨男

 結婚式の翌朝、(わたる)は父の(ゆずる)から午前中いっぱい詰められた。


「……まあ、いいか」

「いいんだ?」

「一応、頭領には非公式だが報告するが、構わんな?」

「うん。向こうも月詠(つくよみ)の頭領には伝えてないけど、母君の了承は得てるって言ってたから」


 譲がため息をつくと、すかさず蛙前(かわずまえ)が緑茶を差し出す。

 渡の分も用意してくれたので、ありがたくいただく。


「とはいえ、先方と具体的な待ち合わせはしてないんだろう?」

「してない。……俺からは動けないって分かってくれたんだと思うんだけど」

「逆に気を遣わせてしまったな……先にこちらからお声掛け……はできないし、うーん」

「凪は……月詠様は『普通の女の子として』ご一緒したいと仰っていたし、うちから声をかけるとなると、頭領から月詠様の頭領に正式にお時間をいただくことになって……ってなるよね? 全然普通じゃない」

「そもそも月詠様が普通のご令嬢じゃねえからなあ。だからこそ、お前が気負わず並んで歩いたのが目新しく映っただけだとは思うが」


 自分の息子を捕まえて、目新しいとか言うなよ……と渡は言いたいが止めておく。

 譲の言うことにも一理どころか百理くらいあるのは渡も分かっていて、まあたぶんそんなところだろうな……と自分でも思っているのだ。

 何度か会ううちに、きっと飽きて誘われなくなるだろう。

 それを想像するのは渡にとって辛いことだが、仕方がない。


「ともかく、しばらくは待機だな。ま、首を洗ってるんだな」

「うーん。まあ……仕方ないか……」

「ところでお前大学は?」

「午後からだよ。親父こそ仕事は?」

「さっきから、姉貴から怒りの電話が来まくってるから行ってくるよ」

「何してんだよ」


 譲はぶつくさ言いながら立ち上がった。

 蛙前が手早く譲にスーツのジャケットを着せ、滝草(たきくさ)が待つ玄関へと送り出す。

 歌帆(かほ)が頭を下げて見送った。


「お坊ちゃまの朝食もただいまご用意いたしますね」

「ありがと。(しずく)は?」

「とっくに学校に行ったわよ。凪ちゃんと進展したら教えてね」


 ニコニコしながら、歌帆は書斎へと消えていった。

 彼女も彼女で仕事らしい。

 ……月詠のお嬢様を「凪ちゃん」だなんて、渡にはとても呼べないが、母からすれば凪は「月詠のお嬢様」ではなく「息子の彼女候補」なのだろう。

 渡は出された朝食を摂って学校に向かった。