月のうさぎと地上の雨男

「……連絡、するか」


 渡は深呼吸をして唾を飲み込んでから、スマホを取り出す。

 ニャインの友達検索で席札に書かれたIDを入力すると、すぐに該当の名前が表示された。

 漢字一文字で「凪」とある。

 名前をタップしてトーク画面に移動した。


「どうしよう?」


 そもそも何を送ればいいのかがわからない。

 送って違っていたらどうしよう。

 本当に凪なのだろうか。

 スマホの上で指をぐるぐる回しながら、結局は自分の名前と相手の名前を確認するだけにとどめた。


「よし、送信……うっわ、既読早い」


 送って十数秒で既読がついた。

 もしかすると凪は、渡からの連絡をずっと待っていたのだろうか。

 披露宴の後から、ずっと。


「親父なんか放っておいて連絡すればよかった」


 そして一分経たないうちに返事が来た。


『凪です。連絡ありがとう。嬉しい』

「こっちこそ。席札ありがとう」

『また会いたい』


 そう来るだろうと、想像していない訳ではなかった。

 でも、会っていいのだろうか。

 もちろん渡はまた凪に会いたかった。

 会って、手をつないでぶらぶら歩きながら他愛もない話をしたい。

 あわよくば別れ際にちょっとキスして、「次はどこに行こうか」なんて別れを惜しんだりしたい。

 渡は、自分が悩んでいるのか妄想を広げているのか、よく分からなくなってきた。

 いったんスマホを伏せて、渡はベッドに転がった。

 しかし渡が目を閉じかけた途端にスマホが震えた。

 慌てて起き上がると、凪から電話がかかってきている。

 渡は思わず床に正座し、通話ボタンに触れた。

「わ、はい、雨水(うすい)……渡です……」

『こんばんは。さっきはどうも。デートしよう』

「直球過ぎる……」

『もう、私とデートするの嫌?』

「まさか」


 考えるよりも先に、渡の口が動いていた。


「会いたいよ、君に。でも俺は月詠のお嬢様にほいほい会える身分じゃない」

『あなたに月詠のお嬢様とか言われたくない』


 俺だって言いたくない。

 そう言い返すのを、渡はなんとか堪えた。


「俺に、なんて呼んでほしい?」

『凪』

「凪。俺だって会いたいよ。前回のデート楽しかった。また凪と出かけたい。雨でも晴れでもなんでもいよ。また、会いたい」

『その言葉が聞ければ十分よ』

「えっ?」


 突然凪の口調が明るくなり、渡は困惑した。

 凪は機嫌よさそうに続けた。


『あなたのこと、渡くんとお呼びしていいかしら?』

「あ、はい、どうぞ……」

『渡くん、私に会いたいのよね?』

「……うん」

『奇遇ね、私もあなたに会いたくてたまらないの。つまり合意ってことよね』

「合意?」