月のうさぎと地上の雨男

 そうこうしているうちに、車は音もなくマンションのロータリーへと入り、そのまま入り口に止まった。

 渡は譲のあとについて帰宅し、席札を自室の机に置いて、風呂へ向かった。

 いつもなら譲が先に入るが、


「姫様をお待たせして何かあったらことだから」


 と、渡に先を譲った。

 歌帆(かほ)に愚痴と報告に行くつもりなのだろうと察し、渡はありがたく先に入らせてもらう。


「あー……疲れた」


 湯船に浸かると、疲れが一気に押し寄せ、そのまま眠ってしまいそうだった。

 寝たらダメだ。

 死んでしまう。

 お家騒動的な意味で。

 そんな益体(やくたい)もないことを思いながら、渡はなんとか身体を起こして風呂から上がった。

 部屋着に着替え、髪をいつもよりゆっくり乾かしてからリビングへ向かうと、渡の想像どおり、譲は歌帆に泣きついていた。


「渡、ご連絡は差し上げたの?」

「いや、これから」

「さっさとなさいな。女性を待たせるものではないわ」

「うん。親父は大丈夫そう?」

「大丈夫よ。美佳さんの弟だもの」

「それ、どういう意味?」

「弟っていう生き物は姉の無茶に慣らされているから、多少のことならどうとでもなるのよ」


 月詠の女主人に詰められる可能性があるというのは、本当に「多少のこと」で済むのだろうか。

 渡は首をかしげつつ、蛙前(かわずまえ)に冷たいお茶をもらって部屋に戻った。