待合室を出て、手早く手洗いを済ませる。
ついでにネクタイを整え、襟や裾が乱れていないかも確かめた。
手洗いを急いで出た渡は、誰かとぶつかりそうになった。
慌てて相手を支えると、腕の中の少女が目を大きく見開いて渡を見上げた。
「申し訳ありません……な、月詠様……?」
「雨水さん……? あ、わ……雨水さん……会いたかったぁ……」
凪は大きく見開いた瞳から、堰を切ったように涙をこぼした。
渡は慌ててポケットからハンカチを取り出した。
「月詠様、お顔を拭かれてください」
「やだあ、月詠様とか言わないでよお……」
「そうおっしゃいましても……」
凪は渡にしがみつき、ぐずぐずと泣き続けていた。
先程の月詠のお嬢様としての威厳は欠片もない。
こんな姿を誰かに見られれば、渡の首が飛ぶかもしれない――物理的に。渡がぼんやりとマリー・アントワネットの処遇を思い浮かべていると、ようやく凪が泣き止んで顔を上げた。
「ごめんなさい、雨水さん。取り乱しました」
「いえ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけありません!」
凪は赤い目のまま、渡をキッと睨んだ。
その表情が渡にはたまらなく可愛く映るが、誰が見ているかわからないため、彼は必死に真面目な顔を保った。
「先日のことを、私はずっと忘れられずにいたのです。大学まで探しに行こうとしたのに、ボディガードに止められて……。それでも従姉の結婚式で会えるかもしれないと胸を高鳴らせて来たのに、挨拶挨拶、また挨拶……やっと雨水さんに会えたと思ったら他人行儀! ひどいじゃないですか……、キスまでしておいて!!」
「ちょっ……大きな声で言わないでください。僕の首が飛びますから!」
「させませんよ、そんなこと。私を誰だと思っているんですか。泣く子どころか、その気になれば月の頭領だって黙らせてみせます」
そんなことを胸張って言われても……。
華奢な身体で怒りをあらわにする凪を前に、渡はどうしていいのかわからなかった。
「あの、ですが、今日は明月様の婚儀なんですよね? あまり騒ぎだてしては、ご迷惑になりますので」
「む……それは、そうですけどぉ」
「それに、そろそろ披露宴の時間です。ご一緒はできませんが、参りましょう?」
「……わかりました。でも、あなたと雨の日にデートすることも、また一緒に月を見ることも諦めていません」
「どうしてそこまで……。僕なんて、どこにでもいるしがない次男坊ですよ」
「雨水さんのご兄弟のことなんて関係ありません。私を助けてくれて、普通の女の子として接してくれたあなたと、仲良くなりたいんです!」
それはきっと、かなり難しいことだと渡は思う。
立場が違いすぎる。
序列だけで言えば月の一位と地球の三位で大きな差はなくても、本家と分家の壁は高く、月と地球の隔たりはさらに広い。
「雨水さん、雨水渡さん。私はあなたを諦めません。私は月の姫です。欲しいものは、何が何でも手に入れます。月の民は強欲なんです。覚えていてください!」
凪はそう啖呵を切ると、ツンと澄ましたまま踵を返して去っていった。
残された渡はぽかんとしながらも、急いで披露宴の会場へ向かった。
入る直前、歪んだネクタイを整えたものの、染みこんだ凪の涙の跡だけはどうにもならなかった。
ついでにネクタイを整え、襟や裾が乱れていないかも確かめた。
手洗いを急いで出た渡は、誰かとぶつかりそうになった。
慌てて相手を支えると、腕の中の少女が目を大きく見開いて渡を見上げた。
「申し訳ありません……な、月詠様……?」
「雨水さん……? あ、わ……雨水さん……会いたかったぁ……」
凪は大きく見開いた瞳から、堰を切ったように涙をこぼした。
渡は慌ててポケットからハンカチを取り出した。
「月詠様、お顔を拭かれてください」
「やだあ、月詠様とか言わないでよお……」
「そうおっしゃいましても……」
凪は渡にしがみつき、ぐずぐずと泣き続けていた。
先程の月詠のお嬢様としての威厳は欠片もない。
こんな姿を誰かに見られれば、渡の首が飛ぶかもしれない――物理的に。渡がぼんやりとマリー・アントワネットの処遇を思い浮かべていると、ようやく凪が泣き止んで顔を上げた。
「ごめんなさい、雨水さん。取り乱しました」
「いえ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけありません!」
凪は赤い目のまま、渡をキッと睨んだ。
その表情が渡にはたまらなく可愛く映るが、誰が見ているかわからないため、彼は必死に真面目な顔を保った。
「先日のことを、私はずっと忘れられずにいたのです。大学まで探しに行こうとしたのに、ボディガードに止められて……。それでも従姉の結婚式で会えるかもしれないと胸を高鳴らせて来たのに、挨拶挨拶、また挨拶……やっと雨水さんに会えたと思ったら他人行儀! ひどいじゃないですか……、キスまでしておいて!!」
「ちょっ……大きな声で言わないでください。僕の首が飛びますから!」
「させませんよ、そんなこと。私を誰だと思っているんですか。泣く子どころか、その気になれば月の頭領だって黙らせてみせます」
そんなことを胸張って言われても……。
華奢な身体で怒りをあらわにする凪を前に、渡はどうしていいのかわからなかった。
「あの、ですが、今日は明月様の婚儀なんですよね? あまり騒ぎだてしては、ご迷惑になりますので」
「む……それは、そうですけどぉ」
「それに、そろそろ披露宴の時間です。ご一緒はできませんが、参りましょう?」
「……わかりました。でも、あなたと雨の日にデートすることも、また一緒に月を見ることも諦めていません」
「どうしてそこまで……。僕なんて、どこにでもいるしがない次男坊ですよ」
「雨水さんのご兄弟のことなんて関係ありません。私を助けてくれて、普通の女の子として接してくれたあなたと、仲良くなりたいんです!」
それはきっと、かなり難しいことだと渡は思う。
立場が違いすぎる。
序列だけで言えば月の一位と地球の三位で大きな差はなくても、本家と分家の壁は高く、月と地球の隔たりはさらに広い。
「雨水さん、雨水渡さん。私はあなたを諦めません。私は月の姫です。欲しいものは、何が何でも手に入れます。月の民は強欲なんです。覚えていてください!」
凪はそう啖呵を切ると、ツンと澄ましたまま踵を返して去っていった。
残された渡はぽかんとしながらも、急いで披露宴の会場へ向かった。
入る直前、歪んだネクタイを整えたものの、染みこんだ凪の涙の跡だけはどうにもならなかった。



