月のうさぎと地上の雨男

「ご無沙汰しております、月詠(つくよみ)様。この度はお招きに預かり、まこと、光栄の至りにございます。此度の婚儀が天照(あまてらす)、月詠の世により一層の繁栄をもたらしますことを……」


 父の(ゆずる)が口上を述べるのを(わたる)は斜め後ろから聞いていた。

 上方と目を合わせるのは失礼に当たるため、一礼後も渡は目を伏せ、凪の足元だけを見つめていた。


 顔を上げた一瞬に見た凪の顔を、渡は思い返す。

 目を見開いたように見えたのは、気のせいだろうか。

 自分を覚えていてほしい、彼女にも特別な思い出であってほしい――そんな都合のいい願望が見せた錯覚ではなかったか。

 滔々と続いていた口上が終わり、譲は足音もなく一歩下がった。

 代わりに渡が前に出て、再度頭を下げる。


「お初にお目にかかります。雨水(うすい)家長男、譲の次男、渡と申します。この度の婚儀、誠におめでとうございます」

「面を上げよ」


 凪に命じられて、渡はゆっくりと顔を上げる。

 真正面で唇をきゅっと結んだ凪が、小さく頷いた。


「よくぞ参られた。雨水の日頃よりの尽力、聞き及んでおります。どうぞ、楽しまれよ」

「ありがとうございます」


 口をへの字にした凪にもう一度頭を下げ、渡は静かにその場を後にした。


 そのむくれたような表情が、図書館で出会ったときと変わらなかったことに、渡は深く安堵した。

 よかった。

 あの子こそ、自分が探し続けてきた少女に違いないと、渡は確信する。

 その場を離れ、渡は譲から招待客について改めて教わった。

 挨拶を終えた晴原や風間の家の人々も加わり、渡に家の格や人柄についてともに説明した。

 風間(かざま)も序列が並び、譲と渡それぞれに同世代の嫡男がいるため、雨水とは縁が深い。


「渡、久しぶり」

「おお、宗輔(そうすけ)。久しぶり。なんかまたデカくなったな」

「痛くて寝るのがツラいんだよなー」


 風間の頭領の嫡男、宗輔は渡と同い年だ。

 本家と分家の壁はあっても、幼馴染みであり、幼稚舎どころか産院からの付き合いだから、二人は昔から親しくしている。


「席、渡と隣になってて助かったよ」

「周りが大人ばかりだから緊張するよな」

「そうじゃなくて」


 宗輔が声を潜めた。


「魚食べてくれ」

「子供かよ。それくらい食え」


 渡が呆れていると、風間の頭領が宗輔の頭を叩いた。

 譲がまあまあと笑いながら宥め、渡は吹き出し、宗輔はふてくされた顔で言い返している。

 そうしているうちに一連の挨拶が終わり、間もなく披露宴が始まるとアナウンスが流れた。


「俺は行くが、渡は先に手洗いすませとけ。長えぞ」

「わかった」