月のうさぎと地上の雨男

「えっと、式には出ないんだよね」


「ああ。披露宴だけだ。今回は月詠家の分家の明月……こっちは名乗りではなく、本当に明月だ。明月の女性と他家の男性との式で、夫婦の意向で式は身内だけで執り行うらしい。その分披露宴は大々的に行うから、うちも呼ばれたってところだな。ああ、ここに席次表がある。晴原(はれのはら)と同じテーブルか、うん、悪くない」


 譲と晴原家は序列が並んでいるから仕事での関わりが多く、親しい。

 晴原家の頭領の弟と譲は個人的に幼馴染みでもあり、時折二人で飲んでいることもある。

 渡も昔からかわいがってもらっていたので、同じテーブルなのはありがたい。



 しばらくすると晴原家の頭領とその弟がやってきた。

 渡は譲と共に挨拶に向かう。

 他に譲の知り合いらしい人々と挨拶をし、渡も自己紹介をする。

 兄が父の跡を継ぐとはいえ、渡も今後まったく無関係ではいられないのだ。

 今日は自分の顔見せの意味もあったのだろうと、渡はようやく気がついた。

 挨拶をしているうちに式が終わったらしくスーツ姿の人々が待合室にぞろぞろ入ってきた。


「……あ」


 黒いスーツ姿の男性に囲まれて、一際輝く姿があった。

 薄いレモンイエロー、月の色のドレスをふわりとなびかせて歩く少女は、間違いなく凪だった。

 渡が息もできずに凪を見つめていると、すぐそばでため息が聞こえた。


「あれが月のお姫様か……久しぶりにお目にかかるが、ずいぶんまあお美しくなられて」

「あそこだけ輝いてますね」


 そうか、と渡は納得した。

 どうやら凪が輝いて見えるのは自分だけではなかったらしい。

 誰の目から見ても輝いているのなら、自分が焦がれるのも仕方がない。

 前回渡が凪と出会ったときは、普通の綺麗な女の子だった。

 かわいくて、いつまでも一緒にいたいような普通の女の子に見えた。

 でも今はそうではない。

 月詠の長女として立つ、彼女の顔に笑みはなく、無機質な表情でひたすら大人たちからの挨拶を受けていた。


「……うちも挨拶行くかね」


 晴原の頭領が笑って列に加わった。

 渡が顔を上げると譲も頷いた。


「そうだな。天照(あまてらす)の方々の挨拶がそろそろ終わる。晴原の次はうちだ。……そうしないと他の連中が挨拶できねえからな」

「そうなの?」


 渡が聞くと譲が歩き出しながら肩をすくめた。


「そうだ。この場で最も位が高いのが天照だ。今回のオーナーは明月だが、実質は月詠で、天照が主賓だな。継いで晴原、雨水と続く。まず天照に月詠が挨拶をする。『よくぞお越しくださいました』ってな」


 渡は譲の視線を追って、どれが誰だか確認していく。

 正直、渡の目には全員冠婚葬祭用の黒スーツのおっさんにしか見えない。


「で、晴原、雨水、風間と順位順に『お招きいただきありがとうございます』と、挨拶に向かう。最後にオーナーの明月を身内の月詠が労っておしまい」

「はー……それもしきたり?」

「そんなとこだな。規則とまではいかないが、マナーよりは優先される」

「なるほど……」


 渡が頷くと、譲が今度は小声でどれが誰かを説明していく。

 なんとか、各家の頭領の顔を頭に叩き込む。

 興味がなさすぎて、まったく覚えられる気がしない。

 そうこうしているうちに晴原が挨拶を終えた。

 譲が凪の御前へと進み出て、(こうべ)を垂れる。

 同じように渡も父の斜め後ろで頭を下げた。



 ――顔を上げたとき、凪はどんな表情をしているだろうか。

 奥歯を噛み締めて平静を保ちながら、渡はゆっくりと体を起こした。