それは、誰にもわからない。



転入生は、良くも悪くも目立つものだ。


久保花梨は改めて、自分のルックスに感謝した。



突然決まった父の転勤に、花梨は何も感じなかった。

ある程度仲良くなった後にすぐ転校するのは、もう慣れていた。


「はなり〜!花梨がスマホ持ってたら、連絡できるのに…」


スマホを持っていたとしても、きっともう連絡することはない。


転校した人なんて一ヶ月もすればほとんど人の記憶から消え去り、「久保花梨」という人物の名前すら思い出せないほどになるのだから。




友情は儚いと、花梨は知っていた。


だからこそ、その地を離れるとき、そこにいるトモダチと繋がるのは、嫌だった。






「転入生が来る」という知らせは、変わり映えのない日々にうんざりしている皆を喜ばせる。



「初めまして、久保花梨です」



花梨は自分のルックスと遺伝子を、心の底から感謝した。



「転入生」というだけで、勝手に膨れ上がる期待値。



それを下回ることがない、がっかりさせないような見た目や性格が必須だった。




「はーなりん!」



親しみを込めてのあだ名は、花梨にとって足枷でしかなかった。







花梨は、男子になりたかった。







ただ、トイレが楽だからだとか、生理がないからだとか、そういった軽い話ではなく。



「女」という性別がしっくりこなかった。

自分は男だと、信じたかった。






…カミングアウトは、できるわけがなかった。





「私は男。女の子が好き」と言うことができれば、どんなに楽に生きられるのだろう。



特別な配慮なんていらない。



ただ、「理解」が欲しいだけ。




腫れ物扱いも特別扱いも、弄りも軽蔑の視線も嫌だった。






転校が決まった時、花梨はただひとりだけ、自分の性的マイノリティを伝えた。



友情なんて、すぐに壊れてしまうと知っていたからこそ、花梨は伝えたのだ。



「…杏花梨、わたしね、自分は『男』になりたいの」



渡 杏花梨。



自分と性格が瓜二つの少女。


杏花梨の出身地は大阪で、サバサバしている杏花梨とおっとりしている花梨は馬が合わないと思い込んでいた。

しかし杏花梨のその明るさに何度も救われた花梨は、杏花梨だけなら告げられると思ったのだ。





どうせ否定されるか困惑されるだけだと割り切っていても、どこか「杏花梨なら肯定してくれるのではないか」という希望を捨て切れずにいて。


しかし返ってきた言葉は、ずっと重くて苦しかった。


「…花梨ってずっと前から思ってたんけど、ちょっとズレてるよな。
そういうの『イケてる』って思ってるタイプ?痛いで」




…あぁ、ダメだった。





私は「ズレてる」らしい。





私は「痛い」らしい。






「…ズレてないよ、…杏花梨に勇気出して告白したのに、」





喧嘩別れよりも、最悪だった。





その日から、花梨は自分を隠して生きることを覚えた。



「はなりって響き、可愛いね」「はなりの持ち物、可愛いね」「花梨ちゃん可愛いー!」



全部の“かわいい”に胸が苦しくなる自分が嫌だった。



だから花梨は、自分をさらに奥に閉じ込めた。




自分らしく生きる人のインタビュー記事は、もう見れなくなった。



ただ、杏花梨の言葉だけがずっと、脳裏に染み付いていた。