顕現した女神イシェーラが話し始め、リヒトと秋乃はじっと耳を傾ける。
『100年以上前、私が気付いた時には魔王は聖魔法を使える人間をほとんど殺してしまっていました。
そこで私は、生まれたばかりで魔王が見逃した、最後の聖魔法持ちの赤子を……
ーー秋乃の世界に逃がしたのです』
「勇者カノは、ソルタニアの民だったのですか……?」
リヒトの問いにイシェーラは静かに頷いてから話を続ける。
『それから16年後、当時のソルタニア国王がこの神殿で世界平和の祈りを捧げた時。
元々ソルタニアの民である華乃は、ソルタニア国王の願いに引っ張られてこちらの世界に戻って来ました。
そこで私は華乃に、すべてを話しました。
あの子は取り乱してもおかしくない状況にも関わらず、理解して魔王と戦い、倒してくれました。
華乃はこちらの世界に残るつもりでいたのですが……ソルタニア第二王子の愚行のせいで、あちらの世界に帰らざるを得なかった』
イシェーラは悲しげに目を伏せる。
リヒトと秋乃は、衝撃の事実を受け止めきれず、混乱していた。
「あちらの世界に戻った勇者カノの子孫がアキノ……!?」
「ひぃばあちゃんは親がおらんかったって聞いとるけど……えっほんまに?」
秋乃は答えを求めるようにイシェーラを見た。
『本来、異世界転移は起きないのです。秋乃にはソルタニアの血が流れているので、ソルタニア王族であるリヒトが強く願ったことに共鳴し、こちらの世界に転移したのでしょう。
リヒト、秋乃が転移してくる直前、何を考えてましたか』
「わ、私は山で遭難していて、空腹から何か食べたいと考えておりました……」
「ウチは、ウチが作った料理を沢山の人に食べてほしいって考えとった!」
リヒトと秋乃は顔を見合わせる。
すぐにリヒトは申し訳なさそうに眉を下げた。
「つまり、私がアキノをこちらの世界に転移させてしまったのだな。すまない……」
「でもウチのお好み焼きがなかったら、リヒトやばかったんやろ? 呼んでくれて正解や! 帰り方はわかったんやし」
秋乃が明るく言うと、リヒトは真剣な表情で秋乃を見つめる。
「アキノ……帰還するなら、早くした方が良い」
「ちょっ、なんでそんなに焦るん?」
「……帰還の方法が判明したことが広まれば、他の勇者教信者がアキノを狙って来る可能性がある。今度はもっと過激な手段を取るかもしれない。……ヴァルガのような……」
「!」
ないとは言えなかった。
秋乃は誘拐されたり、ルティリアに生きたまま焼き殺されかけたり、危険な目に遭っている。
王宮には秋乃の想像もつかない悪意や欲望が存在し、容赦なく巻き込まれることを秋乃は知っていた。
「アキノ、今までありがとう。アキノの作るおいしい料理、明るさ、パワフルさ、優しさ全てに励まされて私は……」
「リヒト……」
リヒトは笑顔なのに、泣いていた。
「すまない……泣くつもりはなかったのに。二度とアキノに会えなくなると思ったら……」
涙をぬぐうリヒトを、秋乃はじっと見つめる。
「リヒトこそ、いつもウチの作った料理を美味しそうに食べてくれたり、料理を作ってほしいって言ってくれて、……めっちゃうれしかったんよ」
秋乃の脳裏に、リヒトとの思い出が次々と浮かぶ。
笑顔で秋乃の料理を食べるリヒト。
忙しいのに秋乃のドレス姿を見に来てくれたリヒト。
転移魔法で助けに現れた時のリヒト。
(ウチ、リヒトのことがーー好きや)
このタイミングで自覚するなんて。
いや、自分の気持ちに気付かないように、ずっと目を背けていただけ。
ソルタニア王国の王子であるリヒトは、近い将来ルティリアのような身分の高い令嬢と結婚することが定められているから。
(ウチがリヒトと結婚できるわけないし、リヒトが他の子と結婚したら耐えられへん……元の世界に帰った方が……)
『ーー秋乃、リヒト』
イシェーラが交互に二人を見つめる。
『本来、異なる世界に転移することは起こり得ないと言いましたが、私が華乃を転移できたのは、魔王が聖魔法持ちをほぼ皆殺しにするという【世界の均衡】を先に破ったから。
だから、創造神ーー私や魔王より上位の存在が見逃してくれたのです。
秋乃がこちらの世界に転移したのはソルタニアの血だけではなく、二人の気持ちが偶然かみ合ったからこそ起きた奇跡』
「奇跡……」
本来王子の仕事ではないが、困っている民のために山の調査に行き、遭難したリヒト。
沢山の人に美味しい料理を食べてもらうため、お好み焼きを作っていた秋乃。
そんな二人だから、世界を超えて出会えた。
「ーー好きだ」
「へ……?」
「私はアキノの事が好きだ。私のことを、ただのリヒトとして見てくれていた。アキノ以上に好きになれる人はいない。……二度と会えなくても」
(リヒトがウチのことを……?)
秋乃は信じられない気持ちで聞いていたが、リヒトの熱い眼差しを見て、胸がいっぱいになる。
「ウチも、リヒトのことが好きや……」
秋乃の口から零れた本音に、リヒトが目を見開く。
「……本当に……?」
頬を赤くした秋乃が頷くと、リヒトは秋乃の手を取った。
「アキノ。あちらの世界に帰らず、私と結婚してほしい」
「結っ婚!? でもそれはウチの身分が……」
「大丈夫だ。私に考えがある。それより、返事がほしいのだがーー。!?」
リヒトの言葉が驚きで途切れた。秋乃がリヒトの胸に飛び込んだのだ。
(どう返事していいかわからへんくてやってもうたけど、めっちゃ恥ずかしい……!)
「夢みたいだ……」
リヒトが秋乃の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
『リヒト、秋乃、おめでとう』
イシェーラの声を聞いて秋乃は我に返り、リヒトからバッと離れた。
それを見たイシェーラは、昔を思い出して自然と微笑む。
(不思議なものね……華乃はエルバートと惹かれ合っていたのに、ヴァルガのせいで結ばれなかったけれど、子孫がエルバートの血縁と結ばれるなんて……)
「あの! イシェーラさん!」
秋乃に話しかけられて、イシェーラは首をかしげて秋乃の方を見る。
「ひぃばあちゃんはバリバリ働いてて遅くに結婚して、優しいひぃじいちゃんと幸せそうやったって、ばあちゃんや母ちゃん言うてたで!」
秋乃の言葉に、女神イシェーラは一粒の涙をこぼした。
『ありがとう、秋乃。あなた達に女神の加護を授けます』
*****
地下にある女神の神殿から出たリヒトと秋乃が階段を登ると、クロード・シータ・そしてアルフレドが立っていた。
「アキノ様……!? 帰還の方法が判明したのでは……?」
「わかってんけど、ウチは帰らへんことにしてん……その、」
顔を赤らめる秋乃の手を握ったのはリヒトだった。
「アキノと私は婚約した」
「あぁーー……!」
リヒトが秋乃のことを好きだということは、秋乃以外の全員が気付いていたので、みな納得の声をあげた。
しかし、ひとつ大きな問題がある。
全員を代表してアルフレドが前に出た。
「お前の気持ちはわかるが、さすがに身分がーー」
「女神イシェーラが顕現し、全てを教えてくださったのです。勇者カノはソルタニアの民、そしてアキノは勇者の子孫だと」
「ええええ!?」
今まで見たことのない顔で驚くシータとクロード。
「リヒト、女神イシェーラが顕現した証拠は? リヒトがアキノと結婚したいがためのでっち上げだと宰相達に詰められるぞ」
「アキノ、アレを兄上に」
アルフレドの指摘を受け、リヒトは秋乃に話を振る。
秋乃は何か思い出したように自分のポケットを漁った。
「これはイシェーラさんからもろたんやけど、証拠にならへんかな?」
秋乃から手渡されたものを見て、アルフレドは声を上げた。
「これは【女神の加護】!」
「【女神の加護】ですって!?」
シータとクロードも目を見開き、アルフレドの手元を覗き込む。そこには、淡い虹色に色を変える美しい宝石が一粒。
「アレってそんな珍しいものなん? 確かに涙が宝石になったんは驚いたけど……」
「勇者カノがこちらの世界に転移した時、女神イシェーラが顕現し、流した涙が宝石になったと逸話が残っているのだ。それは王宮の宝物庫に厳重に保管されているほどだ」
リヒトが秋乃に説明をしていると、アルフレドは秋乃に【女神の加護】を返した。
「間違いなく本物だ。女神イシェーラの加護があるのならば、何の問題もない。それどころか全世界が祝福する。リヒト、アキノおめでとう!」
アルフレドは笑顔で拍手をする。
「アキノ様、おめでとうございます……! これからもお仕えできてうれしいです」
「シータ、ありがとうな。これからもよろしく頼むで!」
いつも冷静なシータが泣き出し、秋乃は慰めるように肩を軽く叩く。
「リヒト様、おめでとうございます。いつもアキノ様の話ばかりしていて、アキノ様が帰還したらどうなるのか心配でしたので、本当に良かったです」
「クロード! なぜ言う!?」
クロードにバラされてリヒトが顔を赤くして叫ぶ。
「そういえば、リヒトっていつからウチのことを好きなん? 別に好かれることしてへんのに」
「そっそれはだな……!」
リヒトはニヤニヤする兄アルフレドの視線を感じて言い淀んだ。
「アキノ様、リヒト様はあなたがオコノミヤキを差し出した時の笑顔に一目惚れしたそうですよ」
「えっあの時!?」
「クロードォ!!」
リヒトはクロードを諌めた後、秋乃の方を向く。
「アキノはいつから、私のどこを好きになってくれたんだ?」
「えっ!?」
急に自分に矛先が向いて焦る秋乃。
「は、話せば長くなるっちゅうか……!」
顔を真っ赤にして照れる秋乃を見て、リヒトはにっこりと微笑む。
「二人きりになったらじっくり教えてもらうとしよう。これからはたっぷり時間があるのだから」
(そうや、ずっとこの世界にずっとおるんや…リヒトと一緒に)
*****
「アキノ様。お菓子作りは結構ですが、今日の分のダンスの練習がまだ終わってませんよね?」
「……そうやけど、夜必ずやるから! ほらっシータも食べよ!」
秋乃はシータにロールケーキを一切れ差し出すと、シータはため息を吐いてから、
「約束ですよ!」
と言って、お茶の準備を始めた。
秋乃はリヒトの食事作りや元の世界の料理布教に加えて、王子の妻になるための勉強をしている。
ーーあの後。
リヒトは秋乃と共にソルタニア国王の元に行き、女神イシェーラ顕現から婚約まで報告したところ、国王は安堵したように承諾。
重鎮貴族の中には、リヒトの結婚相手に自分の娘を……と考えている者が何人かいたが、娘たち当人が祝福をしたため、何も言えなかった。
彼女たちは、ルティリアに密かにいじめられていた令嬢だ。
秋乃の誘拐騒動でルティリアの身辺を調べた結果、虐めが発覚。
ルティリアが相応の罰を受けていなくなったので、彼女たちは秋乃にとても感謝をしていることを秋乃は知らない。
「アキノ!今日のおやつは何だ?」
リヒトは今までのように、仕事の合間を縫って秋乃の部屋にやって来る。
リヒトの兄アルフレドがロズマの王女と婚姻を結ぶのが先ということで、今二人の関係は婚約者だ。
「今日はな、ロールケーキやで!」
「中にクリームがたっぷり入っていて美味しい! しつこくなくて沢山食べられる。紅茶にもとても合う」
にこにこしながら食べるリヒトを、秋乃は頬杖をついて眺める。
(リヒト、感情が素直に顔に出るからかわいいんよなぁ。犬に例えたら金髪やからゴールデンレトリバーやな)
紅茶を飲み終えたリヒトはティーカップを置き、秋乃の手を取った。
「御馳走様。アキノ、いつも美味しい料理をありがとう」
秋乃の手の甲に唇を寄せる。
「どわー!」
手の甲とは言え、キスをされた秋乃が恥ずかしさから声を上げた。
(こういう文化、まだ慣れへん!)
頬を赤くする秋乃を見て、リヒトは少し困ったように笑う。
(そろそろ慣れてほしいのだが、照れるアキノもかわいくて)
「アキノ様、もう少しスキンシップに慣れておいた方が良いんじゃないですか? アルフレド様とエレナ様の結婚式でダンスしますよね」
「今、リヒト様とダンスの練習をされたらいかがですか」
リヒトの側近クロードにシータも同調すると、リヒトの目が期待に輝く。
「恥ずかしければ我々は席を外しますので」
「その気遣いがすでに恥ずかしいねん!」
秋乃が吠えている間にシータとクロードは部屋を出た。
リヒトは笑顔で立ち上がり、秋乃に手を伸ばす。
秋乃は観念してその手を取った。
「体の力を抜いて、私に委ねて」
言われた通り、リヒトのリードに任せるとスムーズに踊れるようになった。
しかしステップはまだ難しく、間違えてリヒトの足を踏んでしまう。
「リヒトすまん!」
「大丈夫だ。本番はドレスで足元は見えないし、少しミスをしても……」
「いや、そんなわけに行かへん! ミスったら"王子の妻にふさわしくない"とか言われそうやから頑張るわ」
ルティリアのような意地悪な貴族がいないとも限らない。
リヒトに恥をかかせたくないし、何より隣に立つのにふさわしい女性になりたい。
慣れないダンスをリヒトのために一生懸命頑張る秋乃の姿に、リヒトはたまらなくなる。
(ああ本当にアキノのことが愛おしくて仕方がない)
努力の甲斐あって、ついに一曲全部ミスをせずに踊りきることができた。
「やったで!」
「アキノすごいぞ!」
「ぉわっ!?」
無事踊れたことに油断して、秋乃の足がもつれる。
バランスを崩し、リヒトの胸に飛び込んだ。
「リヒトごめんっ! えっ?」
秋乃はすぐ離れようとするが、リヒトは両腕を秋乃の背中に回しているので動けない。
「スキンシップに慣れとかないとな?」
「~~~~!」
リヒトは体格の良いアルフレドと並ぶと細身に見えるが、こうして抱き締められると、鍛えられていてほどよく筋肉がついていることがわかる。
(リヒトも男の人なんやな……めっちゃ恥ずい……! けど、うれしい)
秋乃がリヒトの腕の中で幸せを噛み締めていると、頭にキスをされた。
「アキノ、愛してる……」
リヒトの声が耳元で甘く響く。
「ウチも……」
秋乃が顔を上げると、リヒトの目が合った。
サラサラの金髪、海のように青い瞳、細く高い鼻、形の良い唇。
どこからどう見ても美形の顔が間近にある。
(こんなにかっこいい王子がウチのこと好きだなんて、未だに信じられへんな……)
ぼんやりと見つめていると、リヒトの顔が近づく。
秋乃は静かに瞼を閉じた。
二人の唇が重なる。
暫くしてリヒトの顔が離れると、秋乃が深く息を吐いた。
(リヒトとキスしてもうた……!)
秋乃の頬に熱が集まる。
顔を赤らめる秋乃を見て、リヒトが「もう一回……」と顔を寄せるーー
「リヒト様、マティス領主が緊急の相談があるそうです」
ドアの向こうからクロードの声がして、リヒトの動きが止まった。
「リヒト……仕事に戻らな!」
秋乃も目を開けて宥めるように
リヒトの背中を撫でた。
「うぅ……行って来る」
リヒトが呻きながら部屋から出て行くのと入れ違いに、シータが入って来た。
「アキノ様、ソルタニアとロズマの主要貴族達の名前と家柄一覧です。アルフレド様の結婚式までに全て頭に叩き込んでください」
ドサリと音がしそうな分厚い紙の束がテーブルに置かれ、甘い気分に浸っていた秋乃の顔が青くなる。
「~~わかったわ、ウチも頑張るで!」
白い布をハチマキのように頭に巻き、秋乃は紙の束を読み始めた。
(天国のひぃばあちゃん、ばあちゃん、父ちゃん母ちゃん。
異世界転移して王子と結婚することになってもうて、大変なこともあるけど、ウチめっちゃ幸せやで!)
おわり
〈あとがき〉
とりあえず終わりです。
またネタが思いついたら書くかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ブクマやメッセージなどとても励まされました♪
『100年以上前、私が気付いた時には魔王は聖魔法を使える人間をほとんど殺してしまっていました。
そこで私は、生まれたばかりで魔王が見逃した、最後の聖魔法持ちの赤子を……
ーー秋乃の世界に逃がしたのです』
「勇者カノは、ソルタニアの民だったのですか……?」
リヒトの問いにイシェーラは静かに頷いてから話を続ける。
『それから16年後、当時のソルタニア国王がこの神殿で世界平和の祈りを捧げた時。
元々ソルタニアの民である華乃は、ソルタニア国王の願いに引っ張られてこちらの世界に戻って来ました。
そこで私は華乃に、すべてを話しました。
あの子は取り乱してもおかしくない状況にも関わらず、理解して魔王と戦い、倒してくれました。
華乃はこちらの世界に残るつもりでいたのですが……ソルタニア第二王子の愚行のせいで、あちらの世界に帰らざるを得なかった』
イシェーラは悲しげに目を伏せる。
リヒトと秋乃は、衝撃の事実を受け止めきれず、混乱していた。
「あちらの世界に戻った勇者カノの子孫がアキノ……!?」
「ひぃばあちゃんは親がおらんかったって聞いとるけど……えっほんまに?」
秋乃は答えを求めるようにイシェーラを見た。
『本来、異世界転移は起きないのです。秋乃にはソルタニアの血が流れているので、ソルタニア王族であるリヒトが強く願ったことに共鳴し、こちらの世界に転移したのでしょう。
リヒト、秋乃が転移してくる直前、何を考えてましたか』
「わ、私は山で遭難していて、空腹から何か食べたいと考えておりました……」
「ウチは、ウチが作った料理を沢山の人に食べてほしいって考えとった!」
リヒトと秋乃は顔を見合わせる。
すぐにリヒトは申し訳なさそうに眉を下げた。
「つまり、私がアキノをこちらの世界に転移させてしまったのだな。すまない……」
「でもウチのお好み焼きがなかったら、リヒトやばかったんやろ? 呼んでくれて正解や! 帰り方はわかったんやし」
秋乃が明るく言うと、リヒトは真剣な表情で秋乃を見つめる。
「アキノ……帰還するなら、早くした方が良い」
「ちょっ、なんでそんなに焦るん?」
「……帰還の方法が判明したことが広まれば、他の勇者教信者がアキノを狙って来る可能性がある。今度はもっと過激な手段を取るかもしれない。……ヴァルガのような……」
「!」
ないとは言えなかった。
秋乃は誘拐されたり、ルティリアに生きたまま焼き殺されかけたり、危険な目に遭っている。
王宮には秋乃の想像もつかない悪意や欲望が存在し、容赦なく巻き込まれることを秋乃は知っていた。
「アキノ、今までありがとう。アキノの作るおいしい料理、明るさ、パワフルさ、優しさ全てに励まされて私は……」
「リヒト……」
リヒトは笑顔なのに、泣いていた。
「すまない……泣くつもりはなかったのに。二度とアキノに会えなくなると思ったら……」
涙をぬぐうリヒトを、秋乃はじっと見つめる。
「リヒトこそ、いつもウチの作った料理を美味しそうに食べてくれたり、料理を作ってほしいって言ってくれて、……めっちゃうれしかったんよ」
秋乃の脳裏に、リヒトとの思い出が次々と浮かぶ。
笑顔で秋乃の料理を食べるリヒト。
忙しいのに秋乃のドレス姿を見に来てくれたリヒト。
転移魔法で助けに現れた時のリヒト。
(ウチ、リヒトのことがーー好きや)
このタイミングで自覚するなんて。
いや、自分の気持ちに気付かないように、ずっと目を背けていただけ。
ソルタニア王国の王子であるリヒトは、近い将来ルティリアのような身分の高い令嬢と結婚することが定められているから。
(ウチがリヒトと結婚できるわけないし、リヒトが他の子と結婚したら耐えられへん……元の世界に帰った方が……)
『ーー秋乃、リヒト』
イシェーラが交互に二人を見つめる。
『本来、異なる世界に転移することは起こり得ないと言いましたが、私が華乃を転移できたのは、魔王が聖魔法持ちをほぼ皆殺しにするという【世界の均衡】を先に破ったから。
だから、創造神ーー私や魔王より上位の存在が見逃してくれたのです。
秋乃がこちらの世界に転移したのはソルタニアの血だけではなく、二人の気持ちが偶然かみ合ったからこそ起きた奇跡』
「奇跡……」
本来王子の仕事ではないが、困っている民のために山の調査に行き、遭難したリヒト。
沢山の人に美味しい料理を食べてもらうため、お好み焼きを作っていた秋乃。
そんな二人だから、世界を超えて出会えた。
「ーー好きだ」
「へ……?」
「私はアキノの事が好きだ。私のことを、ただのリヒトとして見てくれていた。アキノ以上に好きになれる人はいない。……二度と会えなくても」
(リヒトがウチのことを……?)
秋乃は信じられない気持ちで聞いていたが、リヒトの熱い眼差しを見て、胸がいっぱいになる。
「ウチも、リヒトのことが好きや……」
秋乃の口から零れた本音に、リヒトが目を見開く。
「……本当に……?」
頬を赤くした秋乃が頷くと、リヒトは秋乃の手を取った。
「アキノ。あちらの世界に帰らず、私と結婚してほしい」
「結っ婚!? でもそれはウチの身分が……」
「大丈夫だ。私に考えがある。それより、返事がほしいのだがーー。!?」
リヒトの言葉が驚きで途切れた。秋乃がリヒトの胸に飛び込んだのだ。
(どう返事していいかわからへんくてやってもうたけど、めっちゃ恥ずかしい……!)
「夢みたいだ……」
リヒトが秋乃の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
『リヒト、秋乃、おめでとう』
イシェーラの声を聞いて秋乃は我に返り、リヒトからバッと離れた。
それを見たイシェーラは、昔を思い出して自然と微笑む。
(不思議なものね……華乃はエルバートと惹かれ合っていたのに、ヴァルガのせいで結ばれなかったけれど、子孫がエルバートの血縁と結ばれるなんて……)
「あの! イシェーラさん!」
秋乃に話しかけられて、イシェーラは首をかしげて秋乃の方を見る。
「ひぃばあちゃんはバリバリ働いてて遅くに結婚して、優しいひぃじいちゃんと幸せそうやったって、ばあちゃんや母ちゃん言うてたで!」
秋乃の言葉に、女神イシェーラは一粒の涙をこぼした。
『ありがとう、秋乃。あなた達に女神の加護を授けます』
*****
地下にある女神の神殿から出たリヒトと秋乃が階段を登ると、クロード・シータ・そしてアルフレドが立っていた。
「アキノ様……!? 帰還の方法が判明したのでは……?」
「わかってんけど、ウチは帰らへんことにしてん……その、」
顔を赤らめる秋乃の手を握ったのはリヒトだった。
「アキノと私は婚約した」
「あぁーー……!」
リヒトが秋乃のことを好きだということは、秋乃以外の全員が気付いていたので、みな納得の声をあげた。
しかし、ひとつ大きな問題がある。
全員を代表してアルフレドが前に出た。
「お前の気持ちはわかるが、さすがに身分がーー」
「女神イシェーラが顕現し、全てを教えてくださったのです。勇者カノはソルタニアの民、そしてアキノは勇者の子孫だと」
「ええええ!?」
今まで見たことのない顔で驚くシータとクロード。
「リヒト、女神イシェーラが顕現した証拠は? リヒトがアキノと結婚したいがためのでっち上げだと宰相達に詰められるぞ」
「アキノ、アレを兄上に」
アルフレドの指摘を受け、リヒトは秋乃に話を振る。
秋乃は何か思い出したように自分のポケットを漁った。
「これはイシェーラさんからもろたんやけど、証拠にならへんかな?」
秋乃から手渡されたものを見て、アルフレドは声を上げた。
「これは【女神の加護】!」
「【女神の加護】ですって!?」
シータとクロードも目を見開き、アルフレドの手元を覗き込む。そこには、淡い虹色に色を変える美しい宝石が一粒。
「アレってそんな珍しいものなん? 確かに涙が宝石になったんは驚いたけど……」
「勇者カノがこちらの世界に転移した時、女神イシェーラが顕現し、流した涙が宝石になったと逸話が残っているのだ。それは王宮の宝物庫に厳重に保管されているほどだ」
リヒトが秋乃に説明をしていると、アルフレドは秋乃に【女神の加護】を返した。
「間違いなく本物だ。女神イシェーラの加護があるのならば、何の問題もない。それどころか全世界が祝福する。リヒト、アキノおめでとう!」
アルフレドは笑顔で拍手をする。
「アキノ様、おめでとうございます……! これからもお仕えできてうれしいです」
「シータ、ありがとうな。これからもよろしく頼むで!」
いつも冷静なシータが泣き出し、秋乃は慰めるように肩を軽く叩く。
「リヒト様、おめでとうございます。いつもアキノ様の話ばかりしていて、アキノ様が帰還したらどうなるのか心配でしたので、本当に良かったです」
「クロード! なぜ言う!?」
クロードにバラされてリヒトが顔を赤くして叫ぶ。
「そういえば、リヒトっていつからウチのことを好きなん? 別に好かれることしてへんのに」
「そっそれはだな……!」
リヒトはニヤニヤする兄アルフレドの視線を感じて言い淀んだ。
「アキノ様、リヒト様はあなたがオコノミヤキを差し出した時の笑顔に一目惚れしたそうですよ」
「えっあの時!?」
「クロードォ!!」
リヒトはクロードを諌めた後、秋乃の方を向く。
「アキノはいつから、私のどこを好きになってくれたんだ?」
「えっ!?」
急に自分に矛先が向いて焦る秋乃。
「は、話せば長くなるっちゅうか……!」
顔を真っ赤にして照れる秋乃を見て、リヒトはにっこりと微笑む。
「二人きりになったらじっくり教えてもらうとしよう。これからはたっぷり時間があるのだから」
(そうや、ずっとこの世界にずっとおるんや…リヒトと一緒に)
*****
「アキノ様。お菓子作りは結構ですが、今日の分のダンスの練習がまだ終わってませんよね?」
「……そうやけど、夜必ずやるから! ほらっシータも食べよ!」
秋乃はシータにロールケーキを一切れ差し出すと、シータはため息を吐いてから、
「約束ですよ!」
と言って、お茶の準備を始めた。
秋乃はリヒトの食事作りや元の世界の料理布教に加えて、王子の妻になるための勉強をしている。
ーーあの後。
リヒトは秋乃と共にソルタニア国王の元に行き、女神イシェーラ顕現から婚約まで報告したところ、国王は安堵したように承諾。
重鎮貴族の中には、リヒトの結婚相手に自分の娘を……と考えている者が何人かいたが、娘たち当人が祝福をしたため、何も言えなかった。
彼女たちは、ルティリアに密かにいじめられていた令嬢だ。
秋乃の誘拐騒動でルティリアの身辺を調べた結果、虐めが発覚。
ルティリアが相応の罰を受けていなくなったので、彼女たちは秋乃にとても感謝をしていることを秋乃は知らない。
「アキノ!今日のおやつは何だ?」
リヒトは今までのように、仕事の合間を縫って秋乃の部屋にやって来る。
リヒトの兄アルフレドがロズマの王女と婚姻を結ぶのが先ということで、今二人の関係は婚約者だ。
「今日はな、ロールケーキやで!」
「中にクリームがたっぷり入っていて美味しい! しつこくなくて沢山食べられる。紅茶にもとても合う」
にこにこしながら食べるリヒトを、秋乃は頬杖をついて眺める。
(リヒト、感情が素直に顔に出るからかわいいんよなぁ。犬に例えたら金髪やからゴールデンレトリバーやな)
紅茶を飲み終えたリヒトはティーカップを置き、秋乃の手を取った。
「御馳走様。アキノ、いつも美味しい料理をありがとう」
秋乃の手の甲に唇を寄せる。
「どわー!」
手の甲とは言え、キスをされた秋乃が恥ずかしさから声を上げた。
(こういう文化、まだ慣れへん!)
頬を赤くする秋乃を見て、リヒトは少し困ったように笑う。
(そろそろ慣れてほしいのだが、照れるアキノもかわいくて)
「アキノ様、もう少しスキンシップに慣れておいた方が良いんじゃないですか? アルフレド様とエレナ様の結婚式でダンスしますよね」
「今、リヒト様とダンスの練習をされたらいかがですか」
リヒトの側近クロードにシータも同調すると、リヒトの目が期待に輝く。
「恥ずかしければ我々は席を外しますので」
「その気遣いがすでに恥ずかしいねん!」
秋乃が吠えている間にシータとクロードは部屋を出た。
リヒトは笑顔で立ち上がり、秋乃に手を伸ばす。
秋乃は観念してその手を取った。
「体の力を抜いて、私に委ねて」
言われた通り、リヒトのリードに任せるとスムーズに踊れるようになった。
しかしステップはまだ難しく、間違えてリヒトの足を踏んでしまう。
「リヒトすまん!」
「大丈夫だ。本番はドレスで足元は見えないし、少しミスをしても……」
「いや、そんなわけに行かへん! ミスったら"王子の妻にふさわしくない"とか言われそうやから頑張るわ」
ルティリアのような意地悪な貴族がいないとも限らない。
リヒトに恥をかかせたくないし、何より隣に立つのにふさわしい女性になりたい。
慣れないダンスをリヒトのために一生懸命頑張る秋乃の姿に、リヒトはたまらなくなる。
(ああ本当にアキノのことが愛おしくて仕方がない)
努力の甲斐あって、ついに一曲全部ミスをせずに踊りきることができた。
「やったで!」
「アキノすごいぞ!」
「ぉわっ!?」
無事踊れたことに油断して、秋乃の足がもつれる。
バランスを崩し、リヒトの胸に飛び込んだ。
「リヒトごめんっ! えっ?」
秋乃はすぐ離れようとするが、リヒトは両腕を秋乃の背中に回しているので動けない。
「スキンシップに慣れとかないとな?」
「~~~~!」
リヒトは体格の良いアルフレドと並ぶと細身に見えるが、こうして抱き締められると、鍛えられていてほどよく筋肉がついていることがわかる。
(リヒトも男の人なんやな……めっちゃ恥ずい……! けど、うれしい)
秋乃がリヒトの腕の中で幸せを噛み締めていると、頭にキスをされた。
「アキノ、愛してる……」
リヒトの声が耳元で甘く響く。
「ウチも……」
秋乃が顔を上げると、リヒトの目が合った。
サラサラの金髪、海のように青い瞳、細く高い鼻、形の良い唇。
どこからどう見ても美形の顔が間近にある。
(こんなにかっこいい王子がウチのこと好きだなんて、未だに信じられへんな……)
ぼんやりと見つめていると、リヒトの顔が近づく。
秋乃は静かに瞼を閉じた。
二人の唇が重なる。
暫くしてリヒトの顔が離れると、秋乃が深く息を吐いた。
(リヒトとキスしてもうた……!)
秋乃の頬に熱が集まる。
顔を赤らめる秋乃を見て、リヒトが「もう一回……」と顔を寄せるーー
「リヒト様、マティス領主が緊急の相談があるそうです」
ドアの向こうからクロードの声がして、リヒトの動きが止まった。
「リヒト……仕事に戻らな!」
秋乃も目を開けて宥めるように
リヒトの背中を撫でた。
「うぅ……行って来る」
リヒトが呻きながら部屋から出て行くのと入れ違いに、シータが入って来た。
「アキノ様、ソルタニアとロズマの主要貴族達の名前と家柄一覧です。アルフレド様の結婚式までに全て頭に叩き込んでください」
ドサリと音がしそうな分厚い紙の束がテーブルに置かれ、甘い気分に浸っていた秋乃の顔が青くなる。
「~~わかったわ、ウチも頑張るで!」
白い布をハチマキのように頭に巻き、秋乃は紙の束を読み始めた。
(天国のひぃばあちゃん、ばあちゃん、父ちゃん母ちゃん。
異世界転移して王子と結婚することになってもうて、大変なこともあるけど、ウチめっちゃ幸せやで!)
おわり
〈あとがき〉
とりあえず終わりです。
またネタが思いついたら書くかもしれません。
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