知りたガール・博士ちゃんのサイエンス・ラボ

「ほよ?」

 ボルタはまだ夢の途中のような虚ろな表情でオメガを見た。
 しかしその焦点は定まっておらず、言われたことの理解も追い付いてはいない。

「いま、呼んだ?」

 オメガはそのか細い声を聞いた途端、大きな大きなため息を吐いた。

「もういいわ。」

 オメガはすっかりやる気の消えた上司のボルタを憐みの色で見ていた。

(かわいそうに。あれからすっかり元気がないみたいね。
 少しは人間らしい感情を知るきっかけになったかもしれないけど。)

「私は事務に書類を出してくるわ。」

「ぼんやりしていると火事のもとよ。移動するときはアルコールランプの火を消しておいてね。」

「オメガは心配性だな。」

 ボルタはやれやれといった様子で試験管の黒ずんだコゲ痕をふき取った。
 しかし、雑巾だと思っていた布がアンペールが置いていったハンカチだと気づき、慌てて水道水で手洗いした。

(何をやっているんだ。研究所を辞めた人間のハンカチなんか、雑巾にしてもいいじゃないか。)

 洗いながら、自分にツッコミを入れる。

 オメガが居ないせいだろうか。
 やけにこの研究所が広いと思ってしまうのは。

 それとも…。

 バチン!

 ボルタは自分の頬を勢い良く叩いて、自分自身に活を入れた。
 ジンジンとした頬の痛みはやがて麻痺していった。

 ケガをした時に痛いのは初めだけ。
 時間が経てば忘れてしまうものだー。

「さて、仕事仕事!」

 白衣の袖を腕まくりをしながら保存室に入ったボルタは、シャーレが培養された大きな保存庫の前に立った。

「先週に培養した菌の様子でも見てみようかな。」

 わざとらしい独り言を言いながら保存庫の強化ガラスを覗き込んだボルタは、次の瞬間、驚愕した。

「ッ!
 新しい菌を培養していたシャーレが無いだと!?」

動揺したボルタは、頭を抱えながら研究所内を落ち着きなくうろうろと歩き回った。

「この保存庫の鍵は、オメガにはまだ渡していない。
 鍵を持っているのはボクだけだとしたら…。」

 不意に立ち止まったボルは、ハッと顏を上げた。

「アンペールだ!」

 ケンカ別れのように研究所を出ていったあと、郵送でスペアキーの返却をするとメールが来たが、まだ現物は確認していない。

 公園で見たアンペールとレジストの仲睦まじいツーショットを思い出したボルタは、憎々し気に毒を吐き出した。

「今に見てろ、目にもの見せてくれる!」

 ♢


 夜 ボルタの研究室

 コツ 

 コツ 

 コツ

 革靴の足音が、よく磨かれた研究室の床に甲高く響く。

 黒い影が細く長く伸びる。

「ククク。」

 その瞬間、思いもよらない声がした。

「定説通り、犯人は現場に戻るんだな!」

 焦った黒い影が俊敏に体を翻すと、地響きのような警報が鳴り響き、部屋全体が震える。
 黒い影はその場に立ちすくむほかになかった。

「うごくな‼」
 
 ボルタの握る懐中電灯の一筋の光が、侵入者を照らし出す。
 まばゆい光に顔を歪めた男は、目を守るように両手を顔の前に掲げた。

 「ウッ…。」

 その顔を確認したボルタは悔しげに顔を歪めた。

「やはり、犯人はオマエかっ…!」