知りたガール・博士ちゃんのサイエンス・ラボ

 晴れ渡る青空がやけに眩しく感じる午後。
 太陽が南の空に輝き、温められたコンクリートから放出された地熱が、足元から全身を焼くように包み込む。

 都会のオアシスである整備された公園に現れた白衣のボルタは、30℃を超える真夏の暑さに顏を歪めた。

「久しぶりに研究所以外の外に出たが…陰キャに直射日光はキビシーな…!」

 突き刺すような日の光をシャットアウトするように、ボルタは頭に乗せていた保護メガネをストンと目に下ろす。

「準備はオッケー!
 さぁ、実験をはじめよう!!」 

 ♢  

「なにあれ?」

「静かに。
 マジでヤバいから。」

 和やかな昼下がりの公園。
 のんびりと休憩を取ったり談笑しながら通りを歩ていた人たちが見たのは、ひとりだけガチ白衣であたりを藪にらみしながら歩く、異質なボルタの姿だった。

 しかし、ある意味では興味をそそられる存在でもあり、その保護眼鏡の奥の美少女ぶりとのギャップには男たちの好奇の視線が注がれる。
 そしてついに、噴水の前で獲物を狙うようにたむろしていた大学生風の男のひとりが動いた。
 
「可愛いカノジョ、そのコスプレ流行ってるの?」

 ボルタの視界を遮ったのは、一見、韓国アイドルのようなヘアメイクとファッションの男だ。
 男は甘い口調に白い歯を輝かせてボルタに急接近した。
 
「ナンパ上等!
 チャンス到来よ、博士ちゃん!!」

 通り沿いの植え込みの陰からピンク色の髪が見え隠れしている。
 文字どおりボルタを陰ながら見守っていたオメガは、思わずつぶやきながら双眼鏡を握りしめた。

♢

「『こすぷれ』とはなんだ?」

 硬い表情のまま首をかしげるボルタ。

「あ、キミって無自覚天然系女子? 」

「『むじかくてんねん』とはなんだ?」

 ボルタの素直な反応に驚きながらも、アイドル風の男は、悪い笑みを張りつけた。

「何も知らないんだね。
 そんなんじゃ、悪いやつらに連れていかれちゃうよ?
でも安心して。お兄さんがたっぷりと教えてあげるからね。」

「ほぅ、それは楽しみだ。」

「じゃ、行こうか。」

 アイドル風の男が馴れ馴れしくボルタの肩に手を回そうと近づいた瞬間、ボルタはピシッと男に指を突きつけた。

「キサマ、ヘビみたいに首が長いな。」

「は?」

 一瞬で真夏の気温を氷点下にしたボルタが、保護メガネを少し持ち上げて男を見上げた。

「ホルマリンにして骨格標本を作ったら、さぞかし映えるだろうな。」

「ハハ…標本とか、笑えねー! ヤベーやつ⁉」

 青ざめた男は自分を抱きしめるようにしてボルタの前から立ち去ろうとした。

「待て、まだ話は終わ…。」

 ナンパ仲間たちの元に戻ろうとした男を呼び止めようとしたボルタの肩を、誰かの手が引き留めた。

「お?」

「失礼。」

 振り向いたボルタの目線の先には、ピッタリとした細身のスーツに細い金のチェーンのネックレスと黒のサングラスを合わせたちょいワルオヤジ。
 ボルタは不信感をあらわにして眉をひそめた。

「誰だ?」

「よけいなお世話かもしれないけど、女を置いて逃げようとする軟弱ものは放っておけば?」

「ほう、一理あるな。」

「てことで、今から俺とお茶しない?」

「いいだろう。」

 植え込みの陰で双眼鏡を落としたオメガが、そばにあった低木の葉を噛みちぎった。

「アンタも結局、ナンパ野郎じゃない!」

 鈍いボルタはちょいワルオヤジの策略に気がついていないようだ。
 キッチンカ―でオヤジが注文したジャスミンティーをベンチで受け取ったボルタは、あらためてオヤジをジッと見つめた。

「なんだよ急に。照れるな。」

 オヤジもボルタをジッと見つめると、甘い言葉を囁いた。

「こういうと嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、キミとは初めて会った気がしないんだ。」

「ボクもだ。」

「これって運命じゃない? つき合おう…。」

 次の瞬間、テンションが上がってボルタの手を握ったちょいワルオヤジの笑顔が凍り付いた。

「しかし、キサマはカエルのように手がベタベタしているな。」

「あ、ゴメン。キミみたいな美少女を前にすると緊張で手汗が出ちゃって。」

「緊張か。
 例えば電流を流すとどのような生理現象が起こるかな。」

 ようやく自分の間違いに気がついたオヤジが、口を押さえた。

「電流って…キミ、え、なに? そんな趣味があるの?」

「興味がある。試してみたいぞ!」

「っと…悪いけど用事思い出した!
 さよーなら‼」

 ベンチから立ち上がったオヤジに、ボルトも立ちあがった。

「つき合うんじゃなかったのか?」

「冗談じゃない!」

 ボルタにはちょいワルオヤジがどうして怒ったのかが分からなかった。

「なんで?」

 ベンチに座りなおしたボルタは、ジャスミンティーの氷が溶けるまでオヤジについて考えていた。

 ♢

「こうなると思っていたのよ、博士ちゃん。」

 植木の陰から迷彩服姿で出てきたアンペールは、迷彩色のキャップを脱いでピンク頭をさらけ出した。

「近くで見張っていて、正解だったわ。」

 オメガの姿を認めた途端、目をキラキラに輝かせたボルタが叫んだ。

「アルミたわしは乾電池で火をつけたら、花火みたいになる!」

「誰の頭がアルミたわしじゃ!」

 オメガの鋭いツッコミに、ボルタの膜がかかったような視界が鮮明になった。

「ゴメン、オメガだったのか。」

「無自覚失礼もいいところよ、博士ちゃん。
 まずはヒトを研究対象としてみるのはおやめなさい。」
 恋の味以前の問題よ!」

「そんなつもりはない、のだが…。」

(ボクがヒトを研究対象としてしか見ていないだと?)

 思いがけないオメガの指摘にボルタは心の中で憤慨した。

(そんなの当たり前じゃないか!)

 オメガに反論しようとしたボルタだが、急にオメガが自分の向こうに気を取られたような顏をしたことに気がついた。

「どうした?」

「あらやだ、あれってアンペールじゃない?」

 ボルタが振り向いて目を凝らすと、噴水の水の向こう側に確かに良く見慣れた黒髪のアンペールが見えた。