知りたガール・博士ちゃんのサイエンス・ラボ

「アンペールちゃんが自主退学?
 急な人事異動だからなにかあったとは思ったけど、痴話ゲン…。」

 それまでは調子よくペラペラと喋っていた長身のオメガだが、上司であるボルタに下からキッと睨まれると白い首をすくめた。

「…カ、じゃなくて、ま、とにかくアンペールは博士ちゃんの助手を辞めたってことね。
 ざーんねん。」

 奇想天外スーパークリエイター特別研究室の研究員(仮)であるオメガは、ボルタの優秀な第二助手だ。
 彼は先日退学したアンペールに代わってボルタの第一助手になったばかりだが、ボルタとアンペールの友人で良き理解者でもある。

 歯に衣着せぬ発言で『皮肉屋』と陰で呼ばれているオメガは、ボルタに聞こえないようにつぶやいた。

「ま、アンペールちゃんも頭が冷えたらそのうち帰ってくるでしょ!」 

 ボルタは急に機嫌良く、不自然に背中に回していた手を天高く突き出した。

「そんなことより…ジャジャーン♪
 コレを見てくれ!」 

 ボルタの手に握られていたのは、一見するとどこにでもある銀色の食器用フォークだった。

「これは…!」

 しかしオメガはすぐに、それがこの研究所におけるトップシークレットだと気づく。

「『電気信号のみで味覚を感じられる箸』を更に改良した『不確かな現象を電気信号のみで再現できるフォーク』ね‼」

「ご名答!
 今のところ『大人の味』・『おふくろの味は実証済みなんだ。」

「それ…何の役に立つのかしら?」

 ズバリと核心を突く容赦なきオメガの皮肉をひらりと躱したボルタは、半眼になると低く唸った。

「だが、肝心の『他人の不幸は蜜の味』と『恋の味』だけはまだ解明できない。」

 ボルタはオメガにクルリと背を向けて宙に浮かんだ透明なクリアボードを指でタップした。
 すると、ブーンという機械が起動する音と共に『他人の不幸は蜜の味』と『恋の味』というキーワードが大きく検出され、その下の空欄に膨大なキーワードマッピングが次々と図式で生成される。

「不幸はともかく、恋愛自体については非言語での複数回の接触から『ドーパミン』の産生が亢進し、ヒトに快感を与えることで生成される。
 しかし、それを味覚にすると『甘い』のか『酸っぱい』のか…。」

 ボルタはレーザーポインターを味覚の図式の余白に合わせた。

「実に興味深いね!」

「恋って、複雑よね。特に片思いは…。」

 オメガはをクリアボードの向こうを見ながら頬に手を当てている。
 この言葉をきっかけに個人的な何かを思い出したようだが、すぐにそれを打ち消すように机をトントンと指で叩いた。

「確かに、舌への電気信号の刺激だけで『他人の不幸は蜜の味』と『恋の味』を読み取るのは難しそうね!」 

「何か対策を考えなくてはな。」

 頭をひねりながら研究室に飾っている科学省受賞の集合写真の前に来たオメガが

「そうだ!」

 と、ボルタを振り返った。

「とりあえず、いろんな不幸の収集と対証実験ね。」

「対証実験か…例えば?」

「博士ちゃんの好みの人物を見ながら舌に電気信号を送るのよ。
 恋が芽生えれば、その味が博士ちゃんに伝わるの。」

「それはナイスな提案だ!」

 ボルタの顏が晴れやかに輝いた。

「ちなみに好きなタイプは?」

「いない。」

「俳優とかアイドルとかは?」

「ボクの好み…考えたことも無かった。」

「あらぁ、オクテ?」

 ボルタの視線が急にピンクアフロ頭をロックオンし、オメガの顏が少しニヤけた。

「博士ちゃんがいいなら私…。」

 ボルタは急にオメガの視界から消えた。

「よし、久しぶりにフィールドワークだ!
 外出してみよう‼」
 
 呆然とするオメガの耳に、研究室の防音扉が閉まる音が響いた。

「アタシが好みじゃないなら、ハッキリ言って‼」