知りたガール・博士ちゃんのサイエンス・ラボ

 ココは奇天烈学園。
 奇想天外な発想と情熱を持つ若手のスーパークリエイターたちを集めた中高一貫校です。

 その天才たちが居並ぶ中でも、特にサイエンス特別研究室には、昼夜を問わず世界平和のために身を削って研究に明け暮れる、飛び抜けた才能を持つ女子生徒が居るという噂がありました。

 しかし、その女子生徒と会話をした生徒は少なく、生徒たちは己の想像力をこじらせるばかり。
 なので、その女子生徒のあだ名は都市伝説としてまことしやかに語られることになりました。

 『ひみつの博士ちゃん』と。

 ♢

 白地の壁に落ち着いたモスグリーンの配色のクリーンな研究室。
 その中にはガラスで覆われた無菌室があり、 淡いスカイブルーの髪を左右に編み込んだ美少女と黒髪の長身の青年が防護メガネと白衣を身につけて向かい合っていた。

「いくよ、アンペール!」

 色白の美少女は銀色の箸を手にして生つばを飲み込み、アンペールと呼ばれた黒髪の細身の青年を見つめる。

「いつでもどうぞ、ボルタ博士!」

「じゃ、舌出して!」

「ベー。」

 アンペールが素直にピンク色の舌を突き出すと、ボルタが手に持っていた箸でその舌を挟み込んだ。

「ンンッ‼」

 バチバチバチッ!

 弾ける青白いスパークが部屋に瞬いたそのとき、アンペールがビクッと小さく体を震わせた。
 そして目を見開くと、ゆっくりとその口元がほころんだ。

「これは…口いっぱいにパンケーキのようなうま味と甘さを感じます‼」

 ボルタはパッと防護眼鏡を頭の上に追いやって、アンペールの満足そうな表情を確認した。

「じゃあっ…。」

「プロトタイプ・味覚倍増電気スプーンを改良した『電気信号で不確かな現象の味覚を発現する箸』は、大・大成功です‼」

 アンペールは言葉に詰まりながらも感動の涙を目に浮かべて、ボルタの反応をうかがう。

「やったー!」

 拳を天高く突き出して喜びをからだ全体で表現したボルタは、肩をプルプルと震わせた。

「こ、これでようやく念願の…。」

「ノーブル科学賞!」

 先読みしてアンペールが放った言葉に、ボルタが残念そうにツッコむ。

「じゃなくて…。」

「では、トップオブサイエンス賞ですか!?」

 口元に笑みを浮かべたボルタはアンペールを嘲笑うかのように、ゆっくりと首を横に振った。

「ふぅ。まだまだお子ちゃまだな、助手のアンペールくん。」

「はい? 」

 ボルタは小学校を卒業後、奇天烈学園に首席で合格。
 飛び級で高等学校の教育課程を全パスしたのちに、スーパークリエイターのために設置されていた特別研究所の所長に就任して、高等学校二学年であるアンペールの上司になった。

 そんなボルタの研究者としての才能をアンペールは尊敬はしているが、プライベートの口の悪さには辟易していた。

「上司とはいえ、三コ下の14才の小娘には言われたくないセリフですね。」

 アンペールは反抗心をグッとこらえて、アルコール清拭したボルタの箸を滅菌袋に入れた。

「では、何の賞を狙ってるんですか??」

「フフ。そんな世俗的な話ではない。
 ついに、ついにボクは…!」

 ゴクリと生唾を飲むアンペールに、ボルタは拳を天井高く突き上げてみせた。

「『恋の味』を知る時がキターーー‼」

 一瞬の間をおいて、アンペールの整った顔面が崩壊した。

「はぁー?」

♢

 無菌室から出たボルタとアンペールは、それぞれが戸棚から買い置きのインスタントラーメンを取り出した。
 そしておもむろに蒸留装置の気泡が出ているフラスコのお湯をプラカップに注ぎ、蓋の上に電子天秤を置いて三分待つ。

 ボルタの前にコンビニのお茶と割りばしを置いたアンペールは、横目でちらりと実験台(ベンチ)に並んで座っているボルタを見た。

「あのー、ボルタ博士。」

「なんだ?
 おっと、一分経過。」

 ボルタは液体状のバブルタイマーとにらめっこをしている。
 しかし、ジトッとしたアンペールの視線に気がつくと、すばやく目の前のプラカップを腕の中に引き寄せた。

「北海道限定のハスカップ麺ならボクのものだぞ!」

「狙っていません。」

「沖縄限定のヤンバルクイナ麺もボクのものだ!」

「どちらもどんな味かなのかはめちゃくちゃ気になるけれど、どちらも狙っていません!」

 軽く咳払いしたアンペールは、目の前のカップ麺を横にずらしてボルタと目線を合わせた。

「差し支えなければ…私が以前から思っていたことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「その前にアンペール、君は顏が良い上に頭脳明晰、清廉潔白で優秀なボクの右腕だ。」

「身に余るお言葉、痛み入ります。」

「しかし、唯一の残念なところは何だと思う?」

「えっ。」

 青ざめたアンペールは白衣の胸ポケットから俊敏にスマホを取り出すと、メモアプリを起動して情けない声を出した。

 「すみません、善処したいので教えてください!
 私の至らない点というのは何でしょうか?」

 ボルタは急に目をカッと見開いた。

「そのまわりくどい話し方だよ!」

 ボルタは鼻息も荒くアンペールの鼻先数センチまで詰め寄った。

「まるで歯にガムがくっついてるかのようで、非常に効率が悪い!
 三分でラーメンはできる。
 すなわち、三分で食さなければ麺が伸びてしまい美味くはない。
 すなわち話し方も同じだ。
 残念と思われる前に、できるだけ簡潔に話したまえ‼」

 みるみる顔を赤くさせたアンペールが、悔しそうに顔を歪ませた。

「それなら私も、単刀直入に言わせていただきますね!」

 アンペールはコホンと咳払いをし、ひと呼吸を置いてから切り出した。

「ボルタ博士が『恋の味』を知りたいのは、単に彼氏が欲しいだけなのでは?」

 今度は色白のボルタの顔が信号機のように赤くなったり青くなったりした。

「ちちち、ちが、違うよ!」

 激高したボルタはアンペールに唾を飛ばしながら、早口でまくし立てた。

「ボクはあくまでも、認知メカニズムの解明が人類滅亡を救う救世主になることを理念において、研究活動をしているんだ!」

「…あやしい。」

「ハァ?」

「博士は嘘をつく時に、必ず口の横から泡を吹きます。カニみたいに。」

 ボルタは泡が出ている口の端を白衣の袖で拭った。

「ば、バカを言うな。
 齢16年、そのままカノジョ居ない歴のウブなアンペール君とは、研究意欲が違うだけなのでは?」

「グッ、なぜそのことを?」

「君の頭の中なんて、fMRIを使わなくてもお見通しさ。 バーカバーカ!」

「クソ…人の気持ちも知らないで。」

 顔を真っ赤にして項垂れたアンペールは急に青ざめると、しばらくの間、机の下を見つめていた。
 そうして顔を上げた時には、決意の表情を浮かべていた。

「もう限界だ! ボルタ博士にはついて行けません!!」

「オマエが年下のボクの才能に惚れて勝手に研究室に入ってきたんだろう。
 ボクが頼んだ訳じゃない。」

「そこまで言うなら私にも考えがあります。」

「例えば?」

「実は私は隣街にあるライバル大学附属高校の特別研究室にスカウトされているんです。」

 アンペールの告白にポーカーフェイスを貫いていたボルタの表情が愕然とする。

「なっ、なんだと!?」

「短い間でしたが、今まで大変お世話なりました。」

 予想外の事態に、さすがのボルタも立ち上がった。

「ちょっとまて!」

「待てません。
 さよなら、ボルタ博士。」

 わざと足を踏み鳴らすようにしてボルタの前を通り過ぎたアンペアは、「バン」と勢いに任せて研究室のドアを閉めた。

「ウッ。」

 振動で揺れるドアの小窓に顔を押しつけたボルタは、遠ざかるアンペアの背中に向かって吠えた。

「裏切者ーーー!」