意地っ張りな私が策士な王太子に囚われて

アウレリオが歩き出す背中を見つめながら、
ラジワは奇妙な違和感を覚えた。

(……何なの、この人)

引き止めない。
所有を主張しない。
命令もしない。

セリオとも、帝国の男たちとも、
まるで違う。
この男の真意が見えない。

そしてたどり着いたソラリス王宮の執務室は、
静まり返っていた。
高い天井。
磨き上げられた石床。
開け放たれた窓から光は差し込んでいるが、
どこか冷たい。

机の上に置かれているのは、
一枚の書類。
《婚姻証明書》
それは祝福でも、誓いでもない。
ただの契約書だった。

「ドラゴニア帝国皇女ラジワと、ソラリス王国王太子アウレリオの婚姻を、ここに正式なものとして記す」
形式的な文言を、
法務官が淡々と読み上げる。

ラジワは机の端に立ち、
視線を落としていた。
(……これで終わり?)
歌もない。
祈りもない。
誓いの言葉すら、ない。
あるのは、
国と国を縫い止めるための
冷たい文字だけ。

帝国から同行した使節が、
静かに言った。
「皇女殿下。ここにご署名を」

羽根ペンが差し出される。
その瞬間、
胸の奥で何かが、
かすかに音を立てて壊れた。
紙の上の空白を見つめる。
――ここに名前を書けば、
私は“王太子妃”になる。
同時に、恋も、未来も、
すべて過去になる。

ラジワは深く息を吸い、
迷いを押し殺してペンを取った。

Razwia

自分の名が、
黒いインクで刻まれる。

あまりにも事務的なそれは、
幼い頃に物語で憧れた
結婚の違いとは程遠いものだった。